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かたつむりの観光客26

 ケテルの中心地には山頂に聳え立つ『サン・ティファレト大聖堂』がある。

そこはケテルという街が創られ始めた起点という意味での中心であり、教皇ティファレト・タイタニアの御座す処という意味での中心でもある。

サン・ティファレトから長い石段を下ると『大文化広場』がある。

大文化広場は教皇猊下のお膝元、市井の者達にとってのケテルの中心地となる場所で、山岳都市だとという事を忘れる程に広大に均されており、公園や各種店舗、ロータリーとバス車庫等、多様な施設が立ち並んでいる。

道がロータリーになっている。

ここは戦後のセカイにおける文化の中心地であり、ここに店を持てるというのはアパレル関係者の特別なステータスになる。

街行く人々も皆それぞれお洒落であったり、または奇抜な格好をしていて眺めているだけでも飽きが来ない。


・・・


 さて、教区街に戻ってきたスゥとプリデールが次に向かったのは大文化広場に店舗を構える洋服店『グラン・シャリオ』だ。

グランシャリオは建物の造りこそ旧西洋風だが色使いが異質で、屋根が真っ赤で外壁が真っ黒という、奇抜な店が多い大文化広場の店の中でも特に異彩を放っていた。

スゥはチラリとプリデールを見る。


(やっぱりああいう服を売ってる店ってのは変わってるモンなんだな……)


一瞬見ただけだと言うのに、スゥの視線に気付いたプリデールが反応した。


「……何?」

「ああいや……こういう場所に慣れてなくてな……」

「別に普通のお店よ、何も気負う事もないわ」

「いや、別に気負ってるとかじゃないんだが……」


 プリデールはそう言いながら店へと歩を進めると、その後ろをスゥが付いて行く。

二人が入店しようとすると大勢の女性達と入れ違いになった。

店から出てきた女性達は皆一様に美しく、お洒落でスタイルが抜群だった。

女性達から少し遅れて極め付けに毒々しく派手な妙齢の女性が現れた。

特徴的なドームラインの紫色のドレスと花笠の様な帽子を被っている貴婦人は、派手で華やかな装いとは裏腹にその表情には明らかな疲労が見て取れ、精彩を欠いていた。


「はぁ~……」


 派手なドレスの貴婦人は大きな溜め息を吐きながら、二人の居る店の入り口の方へと歩いている。

スゥは内心ギョッとしたのを顔に出さない様に努めた。


(うわ、スゲェ色合いの恰好だなこのオバハン……ぜってぇ毒持ってるぜ。どんなヤツか気になるっちゃ気になるが……フツーに考えたら関わらねえのが安牌だろうな)


あろうことか、その貴婦人にプリデールが声を掛けた。


「こんにちは、ミツボシさん」


 挨拶に反応して貴婦人がプリデールを見る。

すると先程までの疲れた表情はどこへやら、急にテンションが高くなった。


「あら……?プリデールちゃん!?んまあッ!ご無沙汰じゃないの!」


スゥは何でも無い様な顔で平静を装ってたが、内心驚いていた。


(おいおい、よりによってコイツら知り合いかよ……)


二人がグランシャリオで遭遇した花笠の女性はプリデールの知り合いらしく、彼女にはしては珍しく親しげな雰囲気で話していた。


「そろそろ新作が入った頃だと思って見に来たの」

「まあまあ、いつも贔屓にしてくれてありがとうね!……でも残念ねぇ、今日は急ぎの仕事が入っててね。そっちを先に終わらせないといけないのよ……出来る事なら私がお店の案内したかったのだけど……はぁ、ごめんなさいね……」


溜め息交じりに話す花笠の女性を見て、プリデールはなんとなくピンと来た。


「……もしかして、さっき入れ違いになったヒト達と何か関係があるのかしら?」

「そうなのよぉ~!」


花笠の女性は待ってましたといった様子でまくし立てる。


「今度新作の発表をするんだけど……コレだ!ってクる娘が見つからないのよぉ~!衣装はもうカンペキに仕上げてあるの!でもモデルで妥協はしたくない!ってもう板ばさみになっちゃって!」


そこまで言って、初めて花笠の女性はプリデールの後ろにいるスゥに気が付いた。


「……あら?プリデールちゃん。もしかして今日はお友達を連れて来てくれたの?」

「ああ……彼女はスゥ、私の仕事の手伝いをしてもらっているわ」


 なんとなく二人の話を立ち聞きする状態になっていたスゥは、急な話の流れに面くらったものの簡単に自己紹介をする事にした。


「……なんでも屋のスゥ・サイドセルです、よろしく」


 スゥの自己紹介を受けて、花笠の女性は雰囲気が変わった。

よりビジネスライクというか……しかしそれにしてはなぜか妙に迫力があった。


「いやだわ私ったら、つい話に夢中になっちゃって……自己紹介が遅れちゃったわね。私、このお店『グラン・シャリオ』のオーナー兼デザイナーの『ミツボシ・シセイ』と申しますの。よろしくお願いしますね」


ミツボシは更に続けた。


「それで先程の話の通り、今モデルが見つからなくて困っておりまして……」

「……え?」


スゥは訝しんだ。


「突然で申し訳ないのですけど、その……スゥさんにモデルを是非お願いしたいと思いまして」

「…………は?」


 突然の申し出にスゥも思わず素が出た。

冗談かと思ったがミツボシの顔は真剣そのものだ。


「プリデールちゃん!ちょっとスゥさんお借りしてもいいかしら!?かしら!?」

「……それは本人に聞いてみてよ。じゃあ、私は適当にお店の中見て回るから」

「ちょっ!?」


呼び止める間も無く、プリデールはスタスタと歩いていってしまう。


「経験が無くても心配無用ですよ!ウチでは一流のスタッフが揃っていますから、バッチリしっかりサポート致しますので……あら、いけない!詳しい話は奥の方で……ちょっとー!誰か手伝ってー!」


ミツボシがフラメンコみたいな要領で手をパンパン!と鳴らすと、どこからか湧いてきたスタッフ達にスゥはあっという間に包囲されてしまった。

そのまま攫われる様な勢いでスタッフ達に連行されて行った……いや、あれは連行というか運搬だろう、どう見ても数人がかりで担がれて運ばれている。

一分の時間も惜しいのか、ミツボシは運搬中のスゥに交渉しながらスタッフ達と共に店の奥へと消えていった。


「……まあ、別に悪い様にはならないでしょ」


今まで見た事の無いミツボシのテンションとパワーに圧倒されつつも、プリデールは買い物に戻っていった。

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