ケテル部族街の茶葉専門店の外装は小洒落たログハウスみたいな造りになっていて、店の外壁に旧オセアニアの楕円形の大きなお面が目を引く。
店内は外装とは違い床や壁に使われている焦げ茶色の木材がオリエンタルな雰囲気を醸し出していた。
壁にはエキゾチックな模様のタペストリーがズラリと掛けられていて、独特の雰囲気で客の目を楽しませる。
商品のラインナップは幅広く緑茶と紅茶、烏龍茶等のメジャーなお茶は程々に、マテ茶、ルイボス、コカにグァバ等々……メジャーな茶葉から普通の食料品店では見かけないマイナー茶葉までカバーしており、それらが所狭しと陳列されていた。
初めて見る多種多様なお茶に、それなりに興味をそそられつつ店内を見て回っていると、そのうち店の奥からプリデールがスゥに歩み寄って来た。
茶葉しか売ってない店で何をどれだけ買ったのか、中くらいの買い物袋を片手に二つづつ持っている。
二人は一旦店の外に出てからキャスターに荷物を収納する事にした[※基本的に店中でのキャスターの使用は防犯的な観点から禁止されている]
「じゃあコレ、お願いするわ」
「あいよ」
スゥは二つ返事で承諾すると上着のポケットから手を出して、プリデールの持ってきた買い物袋に触れた。
すると買い物袋が一瞬淡い光に包まれて、キャスターの内包する亜空間に収納される。
「本当に便利ねぇ……助かるわ」
「職業柄色々と入用になる事が多くてね、まだまだ入るから安心してくれていいぜ」
「あら、頼もしい」
茶葉専門店を後にした二人は次の目的地へと移動を開始した。
「次はどこへ行くんだ?」
少し乗り気になってきたスゥが楽しそうにプリデールに問いかけた。
いつもはシニカルに構えているスゥの意外な表情に少し驚きつつも、プリデールは次の目的地の説明をした。
「次は『仏教街』よ、かつての日本や中国等の東洋系の文化圏の街ね。また街並みがガラリと変わるわね」
「仏教かあ、それだったら新月街でもたまに見かけるぜ?『ホトケサマ』ってのを拝むヤツだよな?」
「その通りと言えばそうなんだけど……ざっくりしすぎじゃない?」
「そうか?聞きかじりで覚えた事なんざ大体こんなもんだろ?」
適当な話で時間を潰していると丁度仏教街行きのバスが到着した。
ケテルは山に造られた都市である為、どうしても坂道が多いので、住民も観光客も移動にバスを用いる事がほとんどだ。
「……しかしマジで坂ばっかりだな、この街は。移動だけでも一苦労だぜ」
「その点では新月街も似てるんじゃないかしら?」
「確かにあそこも縦に長い街だけどさ、エレベーターとか階段とかそういうのがほとんどなんだよ。ここにみたい長ーい坂道なんてのは案外無いんだ」
「山岳の街と断崖の街、似てると思ったのだけど別物なのね……」
目的地に到着してバスから降りると、先程プリデールが言っていた通り、部族街とは全く別物の街並みが二人を出迎えた。
建物が木造なのは変わりないが、瓦屋根に土壁の建物が並んでいるここは、かつて東アジアと呼ばれた文化圏に属する街『仏教街』だ。
街の中を歩いていく内にスゥはある事に気が付いた。
「なあ、なんというか違和感と言うほどの事でも無いんだが……派手な建物と地味な建物が一緒くたになってないか?」
確かにスゥの言うとおり、よくよく街並みを観察してみると一見同じ文化圏に見える建物でもディテールの部分で明らかに異なっている部分がある。
派手な方は赤い壁や柱を持つ建物群で装飾もカラフル且つ華美、目が覚めるような印象を受ける一方、地味な方は木材そのままの色や木目をデザインの一部に取り入れた様な作りで、壁も木材の調和等を考えて白が多い。
プリデールは「ああ」と、その質問が来る事が分かっていた様な口ぶりで答えた。
「ここは昔中国と呼ばれていた国と日本と呼ばれていた国の文化が特に色濃く出ているのよ……簡単に言うと派手な方が中国風で、地味な方が日本風ね」
「へぇ、成程な……そういえば『中国風』の方は新月街と似てる部分があるな」
スゥが新月街の街並みを思い出してみると向こうは仏教街よりもっとゴミゴミしていて、もっとカオスというか……所狭しと建物が『詰め込まれている』様な印象が強い。
そんな事を考えているとプリデールが先程の説明を補足するように言った。
「新月街は旧中華系文化の影響力が強いと聞いた事があるわ、雰囲気が似てるのもきっとそのせいね……さて、次の目的地が見えてきたわよ」
プリデールが指差す方にスゥが目を向けると、周囲の建物とは一線を画す巨大な建物が目に入った。
先程の区分で言うと『地味な方』に入る建物だ。
「オイオイ、ありゃ城か!?」
「『神保城』……本屋ね」
「本屋ぁ?こりゃでけぇな!」
スゥは思わず素っ頓狂な声を上げ驚いた。
・・・
一通り買い物を終えた二人は、巨大な本屋『神保城』のフードコートで休憩していた。
「それにしても……マジでこのデカイ城丸ごと本屋とはな、恐れ入ったぜ」
本屋でありながら余りにも広すぎる神保城は、なんと中にフードコートがあるのだ。
ここのフードコートは本を読みながら軽食を楽しむ事に重点を置かれて作られている為、だから別に軽食をつまみながら本を読んでいるスゥの行儀が悪いという訳では無く、周囲の客も似たような感じで寛いでいる。
スゥが今読んでいるのは、怨霊の力を借りて闘うニンジャの漫画だ。
漫画ではあるが償いの日以前に書かれた物なので、現在の区分では『古典』に分類される。
暇潰しにと買った漫画本だったが思いの外面白い。
「古典の……こういう昔の漫画ってさ、全部純正の『人間』が書いてたんだよな?」
プリデールは小説を読んでいる姿勢のまま答えた。
「そうみたいね、昔はキメラとかモッドは存在しなかった……らしいわ、今の世の中からは想像も出来ないけど」
プリデールも大戦前の事はあんまり詳しくないので、どっかで聞いた通りの事をそのまま口にした。
「事実は小説より奇なり……って言うんだろ?こういうの」
「古典はあまり詳しくないけれど……古典で『超人的な』と表現されていても、今の世界では割と普通っていうのは結構見かけるわね」
「まあだから『古典』って言われてるんだろうな……この漫画の作者が未来の世界がこんな化け物だらけになるって知ったらどんな顔するのかね?」
プリデールが三色団子の二本目に手を伸ばし、そして団子を一つ口に入れてから言った。
「……喜ぶのかしら?」
プリデールは緑茶を啜るのと大体同じタイミングでスゥがちらりと時計を確認する。
「どうだろうな……おっと、そろそろいい時間だな、そろそろ戻るか?」
「えぇ……でもちょっと待って」
「ん?なんかあるのか?」
「……今面白い所なのよ」
「……それは構わねぇが、夢中になりすぎて日が暮れたってのは勘弁してくれよ?」