ケテルに到着した二人は早々にホテルにチェックインを済ませると、これまで通りスゥとプリデールで別々に部屋を取った。
長旅の疲れもあり、買い物は明日からと言う事になったので、その日は解散し、二人はそれぞれ別の部屋で休んでいた。
しかしながら、この時のスゥには疲れから来る眠気を押してでも調べなければならない事があった。
調べ物にあたってスゥが頼ったのは、新月街のイェン・フーファという馴染みの情報屋だった。
「あれ、ごぶさたじゃないか」
客が馴染みのスゥだと分かると電話の向こうのイェンも、警戒を解いてくだけた感じになった。
イェンは新月街でも結構古株の情報屋で新月街に階層が出来る前から活動しているらしい、過去に色々あったらしいが現在は儲かってない本業の古書店を営む傍ら副業で情報屋をやっている。
新月街の事なら上層から下層の事まで一通り詳しく、そして新月街に詳しいという事は、そのままセカイ全体の裏社会に詳しいのと同義となる。
「ステラ姐さんは元気?」
久しぶりに知り合いと話したからか、スゥも若干リラックスした気分になった。
「……ああ、年の割りにピンピンしてるよ。アンタが来なくて寂しがってたから、暇が出来た時にでも店に顔出してやってくれよ」
「それはよかった。最近外出て無かったからね、近い内に散歩がてらお邪魔するよ」
挨拶と世間話が一段落した所で、イェンが切り出した。
「……それで今日は仕事?」
「あぁ、ちょっと気になる事が出来たんでね。それで『インビジブル』っていう、多分コードネームか何かだと思うんだが……知ってるか?」
「ふむ、それなら何件か心当たりがあるよ。少し時間を貰えれば適当に見繕って心当たりを一通りデータでそっちに送るよ……今回はそんなに大した内容でもないし、10万ゴールドって所かな」
親しいと言ってもイェンにとってこれはビジネス。
情報屋イェン・フーファは相手が誰であれ、例外なく前払いでしか仕事をしない。
それは常識だと思われるかもしれないが、新月街において相手がマフィアの幹部だろうとその姿勢を崩さないという事は並大抵では無い。
仕事の料金は口頭でイェンから伝えられ、その時の社会情勢やイェンの気分とかで値段が上下する。
因みに顔馴染みでも絶対に値引き交渉には応じてくれない。
随分アコギな様に思えるが腕は確かなので、いつもは疑り深いスゥも安心して金を払える。
確かな情報には確かな価値がある。
「ああ、今そっちの口座に振り込んだ」
「……毎度、確認したよ。じゃまたあとで連絡するわ」
電話を切るとスゥはそのまま部屋のベッドに大の字で寝転がった。
(さて……鬼が出るか蛇が出るかって所だな……)
そしてそのまま静かに目を閉じるのだった。
山道の運転で溜まった疲労が、すんなりと夢の国へと導いてくれる。
・・・
世界中の国家が全て滅んだ大災害『償いの日』
地球規模の地殻変動で国家の概念が崩れ去り、人間とキメラを含めた多くの生物が大量死、地球という惑星は混乱状態に陥った。
それをきっかけにして、それまで常識だった現実のありとあらゆる決まり事が混沌化し、正に全世界が白紙になった。
要は世界のあらゆる法律が形骸化し、全世界が同時に無政府状態の無法地帯へとなったのだ。
その中で特に混沌を極めたのが、通信インフラによって創り出されるインターネットの世界だ。
世界大戦前から人々の生活に定着していたインターネットはその様々な機能を法律や規制で縛り付けていた国家という存在が無くなると、元の混沌とした状態へ回帰した。
それまで違法や非合法だという理由で規制されていたアンダーグラウンドのサイト達が、一斉に表に出てきたのだ。
世界大戦後のセカイでは。例えネット上でどんな違法行為が働かれていても取り締まる事が出来る機関はもうどこにも存在しない。
七大都市のあるネオパンゲア大陸においても法律の効力が及ぶ地域は大陸全体の約20%程度に留まると言われている。
『傭兵都市グラングレイ』を除いて、戦後まだ都市化されていない場所を護れる程、七大都市と言えどもまだ警察力に余裕は無いというのが実情だ。
そしてインターネットの犯罪は主に各都市の警察力が届かない場所を拠点に行なわれている為、七大都市といえど手出し出来ていない。
・・・
『BBS(バウンティ・ボード・システム)』
アングラサイトの一つで管理人が出した『賞金首』{※基本的に善悪は問わない}を殺せば金が支払われるという殺人の依頼を遂行するサイト。
掲示板形式のものが多いので二重の意味でBBSと呼ばれている。
勿論玉石混合で詐欺や嘘が非常に多いタイプだが、ほんの僅かだが本物も存在する。
『インビジブル』という名前は、いわゆるそのホンモノのBBSに於いて散見される賞金稼ぎ……つまり殺し屋のハンドルネームだ。
「なるほどな……アイツ、殺し屋かぁ……今回の依頼はその付き添いって訳か」
スゥはイェンから送られてきた情報に一通り目を通し終えた。
とりあえず情報の真偽はともかくとして、スゥは今やれる事は無さそうだ。
下手な藪を突かないのは長生きのコツだ。
(とりあえず寝るか)
そして携帯端末を机に置くと再びベッドに身を沈めて長く息を吐く。
明日はその殺し屋らしい奴の買い物に付き合う予定になっているからだ。