「ねんがんの ブラックロータスをてにいれたぞ!」
ハッピィが嬉しさのあまり二本のブラックロータスを両手に持って、天に掲げるポーズで喜びを表現している時、ドアがノックされた。
部屋に入ってきたレッチェとスゥはハッピィの珍妙なポーズを見て固まったが、有頂天状態のハッピィは未だに二人に気が付かない。
プリデールはやれやれといった風で水色のマカロンを一つ摘まんでいた。
周囲の微妙な雰囲気に耐えかねてツッコミを入れたのはレッチェだった。
「……一体何をなすってるんです?」
「……ハッ!?」
ここでハッピィはようやく二人の存在に気付いた様子だった。
そしてレッチェの『てめぇ客の前でなにしてやがる、私まで恥かくじゃろがい!』的な非難の目線にも場の微妙な雰囲気を取り繕うように言う。
「ああ、すまんすまん。珍しい物を譲ってもらった喜びでつい、な……ほっほっほ」
それまで何も言わなかったプリデールが口を開いた。
「プリデールよ……今はそう名乗っているわ」
「ほっほっほ……そうかそうか、それじゃプリデールよ、改めてよろしくじゃのぅ」
スゥはハッピィ達の居る部屋に入ってから見たり聞いたりした出来事を一貫してスルーする事に決めた。
具体的には現在世界中で使用されている基軸通貨の実質の発行権を握っている人物が、剣二本を天に掲げて妙なポーズで固まってたり……プリデールの事を『インビジブル』と呼んでいたりしていた事だ。
前者にも後者にも関わっても厄介事にしかならない確信めいた予感がしたからだ。
そんなこんなでスゥとプリデールの二人はハッピィの屋敷からお暇する事になった。
「それじゃあプリデール、達者での!」
ハッピィは人好きのする笑顔でプリデールへと別れを告げると、その笑顔に思わず釣られてプリデールも小さく微笑みを返して手を振った。
「……貴女も元気でね、ハッピィ・ゴールドマンさん」
そうしてプリデールとスゥの二人は部屋を後にした。
二人の客が帰ってからしばらくして、ハッピィの居る部屋のドアが再びノックされた。
ハッピィの返事を待たずにスッと部屋に入ってきたのはメイドのレッチェだった……因みにハッピィに対してこんな事が出来るのは数がゴールドマン財団員の中でも一番の古株である彼女だけだ。
「お客様の送迎、完了しました」
「うむうむ、ご苦労様じゃの」
ハッピィは手に入れたブラックロータスを未だにご機嫌な様子で眺めている。
レッチェは感情がいまいち読めない平坦な声でハッピィに問いかけた。
「……よろしかったのですか?」
それに対してハッピィもまた普段通りのとぼけた調子で答えた。
「んー?何がじゃ?」
「彼女、インビジブルの事ですよ。彼女の戦闘力も彼女の行動目的も街によって危険なものと判断しますが……」
「ほっほっほ……危険だから良いのじゃ、わしが二刀で闘える敵なぞ、そう居るものではないからのう」
ハッピィは普段閉じてるか開いているか分からない目を珍しく薄く開いて笑っていた。
一種の危うさを孕んでいる様にも見えるそれは、強者の余裕というものだろうか。
「せっかくの敵じゃからのぅ……大事にしないとなぁ。次は味方になるのか、それともまた敵として立ちはだかってくれるのか……愉しみで仕方ないわ」
それを聞いたレッチェは大仰に溜め息を吐いた。
「全く……そう言うと思ってましたよ。そうやってすぐ敵を見逃す癖、なんとかならないんですか?大体いっつも後処理だの何だのと増えた余計な仕事を片付けるのは貴方では無く私なんですからね?」
「あーもーうっさいヤツじゃのぅ……ホントにヤバイ奴はわしも見逃す気は無いわ!……ほら、昨日の『人食いジャッカル』とか……」
「結局ヤツにも逃げられちゃったじゃないですか!……もう、次はちゃんとして下さいよ?」
「ほっほっほ……まかせとけい!」
「はぁ……」
・・・
ハッピィの屋敷を出発したスゥとプリデールの二人は、そのままビックスカボロウを出て次の目的地である『芸術都市ケテル』へと車を走らせた。
ビッグスカボロウからケテルへの道のりは遠く、しかもケテルがネオパンゲア大陸の中心部に位置する山中にある為、険しい山道を通らねばならず、車でもゆうに三日以上掛かる。
二人はたまに山賊や野生化した生物兵器(モッド)に襲撃されたりしながらも、順調に旅を続けていた。
そして大体明日の昼にはケテルの街へ到着できるかなといった頃合いに、スゥがようやっとビッグスカボロウでの事を世間話で出した。
「しかしアンタがあのハッピィ・ゴールドマンと知り合いだったとはな、正直驚いたぜ」
スゥもハッピィゴールドマンの顔は紙幣に印刷されたものを何回も見ているが、まさかこの仕事で本人にお目にかかる事になるとは思いもしなかった。
キャビンで漫画を読んでいたプリデールは、しおりを挟むと一旦本をテーブルに置いた。
「そうね、実は私も最初は気付かなかったのだけど……」
「どういうことだ?」
「あのヒト、昔はもっとキリっとして……精悍な将校みたいなイメージだったんだけど……」
スゥはハッピィの顔を思い出してみたが、どう考えても精悍という単語には遠い印象しか無い。
「その事を言ったら、私も格好もお互い様とか言われたわ」
そうってプリデールは自分のスカートを軽く摘んで、持ち上げた。
「ハッハ!アンタも昔からそういう服着てた訳じゃないんだな。今の格好を見慣れてると、なんだか想像出来ねぇや」
「……ヒトの事なんだと思ってるのよ」
「いや、別に悪気は無いんだが……アンタのその服、第一印象が強烈だったもんでな。特に新月街じゃ絶対に見かけない格好だ」
実はスゥはプリデールと初対面から今まで気を使って服装に対して言及するのを我慢していたのだが、多少話すようになってきたというのもあって今日は思い切って話題に出してみた。
「そうかしら?こういう服って可愛いじゃない?貴女も着てみればいいのに」
「……あーアタシはパス。その服を着てる自分に耐えられなくて、全身の毛穴から血が噴き出そうだ」
「流石にそれは言い過ぎでしょ……でも勿体無いわ、貴女、せっかく可愛い顔してるのに」
「悪かった、頼むから止めてくれ」
他愛の無い会話を肴に、二人の旅はまだ続く。