午前の日差しがまだ柔らかい頃、ハッピィとプリデールは屋敷の二階のテラスでティータイムを愉しんでいた。
銀の一本足と精緻なガラス細工のテーブルの傍には銀の椅子が二つ置かれている。
テーブルの上を彩るのは、白磁に花模様のティーセットと、タルトやマカロンなどの色とりどりのお茶請け達だ。
無論、全て最高級品。
「……美味しいわ、いい茶葉ね」
プリデールは初めて味わう最高級の味を素直に賞賛した。
その素直さに気を良くしたのか、ハッピィがにこやかに答える。
「ほっほっほ……ティンペニー・ロイヤルの最高級品じゃよ、口に合った様で何よりだわい」
得意げに語ったハッピィだったが、実の所そんなにお茶に詳しくは無い。
茶葉の銘柄だってレッチェの受け売りだがハッピィにとって重要なのはそれが最高級品である事で、単純に一番高いんだから一番良い物に違いないという認識だ。
しかし単なる成金嗜好というだけではなく、ビッグスカボロウの代表者として紙幣を発行している者ならではの、紙幣がもたらす物の『価値』というものを信じている矜持に基づいた考え方ともいえる。
それは兎も角、ハッピィの興味はもっぱら別の所にあった。
「ところで……お主にひとつ頼みがあるのじゃが……」
何故か妙に歯切れの悪いハッピィを不思議には思ったがプリデールは特に何も表情に浮かべる事は無く、ティーカップを静かに口に運んだ。
そしてティーカップに口を付けたまま、目線だけを少し上げてハッピィへ続きを促した。
「お主が昨晩使っていた黒い短剣……あれをちょっと見せて欲しいのじゃ」
「……どうして?」
「実はわし、コレクションしてしまう程に武器……特に刃物に目が無くてのぅ。昨晩闘いながらチラっと見てたんじゃが、お主の短剣がカッコ良くて正直めっちゃ気になってたんじゃよね」
プリデールは目線をハッピィの顔から斜め上の方に動かして少し考えている様子だったが、別に問題ないと判断して応じる事にした。
「呆れた……貴方、ヒトに喧嘩吹っかけて来ておいて、そんな事考えてたの?」
「すまん、しかしコレクターの性というやつでのう……無礼は承知でそこをなんとか……!!」
「……いいわよ、お眼鏡に適うモノかはわからないけどね」
プリデールはティーカップをソーサーの上に静かに置くと指輪型のキャスターに軽く触れた。
すると亜空間から二本の短剣が現れてプリデールの手に収まる。
それを二本揃えてテーブルの上にそっと置いてから差し出した。
あんまりにアッサリ承諾してくれた事に若干拍子抜けしたハッピィだったが、プリデールの木が変わらない内に済ませる事を優先した。
「……それじゃ失礼するぞい」
ハッピィは立ち上がるとズボンのポケットから薄手の白手袋を取り出して手にはめた。
そして昨晩の戦闘時よりも神妙な面持ちで短剣を手に取った。
「あら、なんか本格的ねぇ……」
「…………」
先ずこの短剣を見て目に付く点といえば、やはり色だろう。
刀身から柄まで黒一色で作られているが、こうやって明るい場所で詳しく観察してみると、ただのっぺりとした安っぽい黒では無く、深みのある美しい艶があるのがわかり、それが何とも言えない妖しい色気を放っているではないか。
黒色の印象も相まって重そうに見えるが、実際には真逆で戦闘用としては非常識な程軽く、まるでペーパーナイフみたいな重さだ。
刀身は目測で50cm位でナイフとしては長いが、脇差の刀よりも短く、鍔は無い。
樹脂に似た触感のグリップには、かつて欧州と呼ばれていた地域に多く見られた植物のツタの模様が浮き彫りになっている。
改めて刀身を見てみると、日本刀と似ているが微妙な違いが見られる。
反りは日本刀と同じ位なのだが、この短剣は先端に行くに連れて細くなっているのだ。
どちらかというとサーベルやドゥサックといった刃物に近い造りをしていた。
「嗚呼、イィ……!」
ハッピィは既に黒い刀身に魅せられ、コレクター特有の恍惚状態に入っていた。
そんなハッピィの様子をプリデールは若干引き気味に見ていた。
「そ、そう……?」