償いの日以降、アスファルトで舗装された道路というものは七大都市の極一部でしか見られない珍しいものになっていた。
それまでに人類がコツコツ舗装した道という道はすべて償いの日を境に綺麗さっぱり無くなっており、今ある舗装済みの道路は全て償いの日以降にまた凝りもせずコツコツ舗装としていったものだけだ。
なので当然その面積は戦争前の世界よりずっと小さい。
・・・
スゥは奥歯にモノが挟まった時の様な顔のまま、ビックスカボロウの都会では少々野暮ったく見えるS・カーゴを運転しながら、きょうび珍しい綺麗に舗装された道路を走っていた。
すれ違う車は皆、金持ち御用達の街の外を碌に走れなさそうな、ちょうすごく格好いい、所謂スーパーカーばかりだ。
スゥはそれが気に入らない。
「あ~あ!走れる道路なんざもうねーってのに、よくもまあ見栄の為にだけスポーツカーなんて買おうと思えるもんだぜ!クソッタレ!」
スゥはその車達を立ち読みした雑誌の写真でしか知らない。
新月街のスラム育ちのスゥはどうにも場所の空気に馴染めず、若干落ち着かない様子だった。
思えばジュラルバームでもそうだった……ジュラルバームとビッグスカボロウ、どっちがマシなのかは今のスゥには判断出来なかった。
どっちもどっちに思えたから。
「……まったく、いけすかねぇ街だぜ」
運転する車の中で一通り大声で毒づいた後、落ち着きたくてキャスターから煙草を一本取り出して咥えると慣れた様子でそれに火を点けた。
今スゥが居るのは『ローズマリー地区』ビッグスカボロウの住人の中でも選ばれた富裕層しか住む事を許されない超高級住宅街だ。
今朝プリデールから連絡があって、知り合いの家に居るから迎えに来て欲しいと頼まれたのもんで車を出してみれば、朝っぱらからこんな所に来る羽目になったという訳だ。
(……まあ、ジュラルバームでの負い目もあるからなあ、仕方ねぇか)
ローズマリー地区の居心地の悪さに耐えながら、それを煙草の煙で無理矢理誤魔化しつつナビゲーションシステム通りに車を進めていると、ようやくナビの合成音声が目的地への到着を知らせた。
着いたのは超高級住宅地ローズマリー地区のど真ん中、おまけに周囲のどの家とも格が明らかに違う大豪邸だ。
スゥは今その豪邸のデカイ正門前に居るのだが、運転席から左右を見ても視界の先まで続く白い塀の切れ目は見えなかった。
そうこうしている内に正門がゆっくりと、静かに開き始めた。
「入って来いってか……?」
スゥは短くなった煙草を強めに灰皿に押し付けた。
「くぁー!これだから金持ちってのは嫌なんだよ!」
イライラしたスゥがハンドルにドン!と手を叩きつけると、それをあざ笑うかの様にS・カーゴのクラクションがプッ!と短く鳴った。
「お前までアタシをバカにすんのかよ!」
スゥを出迎えたのは眼鏡の猫耳メイド、レッチェだった。
用件は屋敷の方にも伝わっているらしくスゥは仏頂面のまま、黙ってレッチェに案内されるままに屋敷の中を歩く。
(家がこんだけ広かったら、トイレ行くのめんどくさくならねーか??)
なんの足しにもならなそうなテキトーな疑問について考えながら歩を進める。
広大な敷地ながらも綺麗に整備された庭園や、豪邸にありがちな安直なプールなんかを横目に眺めながら10分位歩いた所でレッチェはようやく足を止めた。
「こちらです」
短くスゥに告げた後、レッチェは上品にドアをノックした後、静かにそれを開くと中からの返答を待たずに、そのままスゥに部屋に入る様にと促した。
スゥは相変わらずやりにくさみたいなものを感じつつも、言われた通り大人しく部屋に入った。