プリデールが目を覚ますと、いつの間にか見覚えの無い街のスクランブル交差点の真ん中に置いてある椅子に座った状態だった。
交差点を行き来する人々はプリデールに興味が無いのか、そもそも見えていないのか……誰一人として足を止めるヒトは居らず、只々振り向きもせず通り過ぎるだけだ。
プリデールも周囲の通行人には興味がなかったので、それは別に気にならなかったが、ふと顔を上げるとテーブルを挟んだ対面に誰かいる事に気が付いた。
対面にいる人物は何故かプリデールが着ているものと同じデザインで色違いの黒い生地のドレスを着ていた。
そしてどうやら、プリデールの事をじっと見ている……らしい。
らしい、というのは漆黒のドレスの誰かは服と同じく黒いヴェールで顔を隠していて、視線や表情どころかどういう顔なのかすらわからない。
プリデールと漆黒の誰かは、しばらく無言のまま向かい合ったままだったが……その内、黒い誰かがブツブツと何かを呟き始めた。
雑踏の騒音にかき消されそうなか細いその声は、確かにプリデールの声と瓜二つだ。
プリデールが漆黒の誰かの声を聞こうと耳を澄ませると、いつの間にか煩雑な周囲の音は消え、無音になった所に今度は漆黒の誰かの声がいやにハッキリと聞こえるようになった。
「貴方には何もない」
プリデールが言葉を認識したと同時に、再び周囲の雑踏の音が戻ってきた。
先程まで通り過ぎるだけだった先程とは打って変わって、通行人達は皆プリデールと漆黒の誰かをテーブルを中心に取り囲んで見ていた。
通行人達の顔の部分にはポッカリと真っ暗な穴が開いていて、それがヒトかどうかすらわからない。
だというのに、見られているという確信だけはある。
ふわりとした温いそよ風と頬を撫でると同時に、再び対面座っている漆黒の誰かが何かを言った。
「いくら外見を派手に飾っても、中身は空っぽ」
風でヴェールが捲れてそのまま飛んで行くと、漆黒の誰かの顔面にも真っ暗な穴が開いていた。
「……だから、なんだというの」
プリデールの呟きに反応する事なく誰かの言葉は続く。
「生きる目的も理由もないクセに、空っぽの貴女がまだ生きているのはどうして?」
「何も無い……だって貴女は戦う為に造られた、ただの道具だもの」
いつの間にか、ただの雑踏だと思っていた周囲の顔の無いヒト達もプリデールを追い詰める。
プリデールは直感的に、ここに自分の味方は居ない事を悟った。
そんなプリデールの内心を顔の無いヒト達は見透かして、嘲る。
「主人も目的も持たないただの道具が、ヒトを殺して続けてまで生きている理由は何?」
「うるさい……」
プリデールは目の前と周囲の誰かの言葉を否定したくて呟いたが、今度はプリデールの声が誰か達の声にかき消された。
「答えてよ」「答えてよ」「答えてよ」「答えてよ」「答えてよ」「答えてよ」
追い詰められたプリデールの心は遂に限界を迎えた。
なりふり構わず誰か達を黙らせる……その為に一番手っ取り早く、一番手慣れた方法をプリデールは無意識の内に選択した。
「うるさい!!!」
プリデールの両手のナイフが煌めき、対面に座る漆黒の誰かとテーブルを取り囲む誰か達の首を切断した。
首を斬られた者達からは血も悲鳴も噴き上がらなかったが、代わりに違うものが吹き出た。
「「「「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」」」」
まるでマネキンの様に地面にゴロゴロと転がった首達が一斉に笑い出したのだ。
「ほらやっぱり!結局貴女はそれしか出来ないのよ!!!」
どうする事も出来なくなったプリデールは耳を塞ぐ事しか出来なかった。
ナイフを持ったまま、両手で耳を塞いでぎゅっと目と口を閉ざして、ただひたすら過ぎ去るのを待しか出来ない。
そうしている内に声はどんどん遠ざかって…………
・・・
「……ハァッ!ハァッ!」
「おはようございます、インビジブル様」
プリデールが目を覚ますと知らない部屋のベッドに寝かされていた。
ついでに言えば声の主にも覚えがない。
「……ここは?」
「ここはハッピィ・ゴールドマン様のお屋敷でございます」
そういえばハッピィにゲームを持ちかけられて……とプリデールは昨晩の事を思い出したが、ゲームの結果がどうなったのかは知らなかった。
「……私をどうするつもり?」
「特にどうにも……貴女様はハッピィ様とのゲームに勝利致しましたので、昨夜の事は不問にするとの事です……それよりもモーニング・ティーは如何でしょうか?目が覚めますよ」
プリデールは起き抜けの頭で少し考えたが、他に良い考えが浮かばなかったので素直にメイドの申し出を受ける事にした。