周囲が殺気立つ中、しかしハッピィ・ゴールドマンは人懐っこい笑顔を崩す事はなかった。
にこやかな顔のまま両手を広げて、殺気立った周囲の者達を抑える様なジェスチャーをした。
ハッピィの意を汲んだのか、すぐに周囲の殺気は収まった。
「答える気が無いのならばそれもよかろう……ただ最近、ちぃっとばかり運動不足でのぅ……」
プリデールはハッピィの言葉から、なんとなく先の展開を察した。
「……回りくどいのは嫌いだわ」
既にやる事が決まっているのなら、こんな迂遠なやり取りなんて、まるで意味を成さない無駄そのものでしかない。
「悪いけど手短に済ませるわ……今すぐにでもシャワーを浴びたい気分なの」
「やれやれ……せっかちなヤツじゃのぅ……」
ハッピィは再び両手を広げた。
今度は肩を竦めて『やれやれ』というポーズだ。
「わしと一つ、ゲームでもしていかんかね?」
何か取引でも持ちかけられるかと思っていたプリデールは意外な提案に少し驚いたのか、思わず復唱した。
「……ゲーム?」
プリデールの反応に気を良くしたのか、ハッピィはニコニコ顔で続けた。
「ルールは簡単じゃ『わしに一撃当てる事』……それが出来ればお主の勝ちじゃ。わしに勝てたのなら、何でもお主の言う通りにしよう……どうじゃ?」
プリデールは黒い短剣を構えなおした。
「ふぅん、やっぱりそういう事……ただただ面倒だわ」
「じゃ、いっちょはじめるかの!」
言い終わるや否やハッピィの姿はその場から掻き消えた。
周囲を取り囲んでいたレッチェやバステト達は一瞬で主人の姿を見失った。
それと同時に甲高い金属音が周囲に響き小さな火花の明滅が見えた事で、ようやく彼等は『ゲーム』が始まった事を悟った。
ハッピィとプリデールの二人の戦いは精鋭部隊バステトから見てもまるで別次元の強さだ。
その場にいた誰もが、介入はおろか目まぐるしく繰り出される攻防を目で追えてすら居たのか怪しい。
バステトの一人がレッチェに問いかけた。
「あのドレスの女性は何者なんですか……?」
「……さあ、私も知らないヒトですね」
「……」
一番ハッピィと付き合いが古いレッチェすら知らないとなると益々敵の正体が気になるが、その答えを知っている当人達は忙しそうで答えてくれそうにない。
時間にして3秒位の短い間だったが、その間に二人は既に30合は打ち合った後だった。
鍔迫り合いの状態になって拮抗状態になってから、思い出した様にハッピィが言った。
「そういえば今の名前の自己紹介がまだだったのう……」
「……あら、ゴールドマン777じゃなくて?」
「そ~れは昔の名前じゃあ~」
「今のハッピィ・ゴールドマンと名乗っておる」
そして弾かれたようにお互いに距離を取る。
ハッピィの両手には闇夜でも煌く日本刀が左右一本づつ握られている。
「……この街の王様じゃ♪」