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かたつむりの観光客11

 攻撃の効かない敵に動きを封じられて消耗戦を強いられる……そんな危機に瀕してもプリデールは全く動揺していなかった。

プリデールが今考えているのは『折角キレイにしたばかりなのに、またナイフが汚れるわね』……とか、そんな程度の事だ。

確かにプリデールは恐ろしく強いが、これは別に余裕とかジョークでそんな事を考えている訳では無い。

彼女は生まれつき、危機に鈍感になるように遺伝子を調整されている。

プリデールは生まれつき恐怖心や罪悪感が薄く、また戦いや殺人に喜びを感じやすい様に造られた、親の居ないフラスコ生まれのキメラだ。

つまりキメラ化した旧人類同士の性行為を経て、誰かの子供としてこの世に誕生したのでは無く、シャーレの上で受精卵になり、フラスコと培養槽の擬似羊水の中で育った純粋な人造人間。

胎児の状態の頃に睡眠学習で知識を脳に直接書き込まれ、生まれた時には『すでに成人した状態』だったヒト。

これは主に戦時中、キメラ兵を量産する為に確立された方法であり、現在は七大都市法で禁止されている。


(……それにしても大振りで雑な攻撃ね、これじゃ誰も殺せないんじゃないかしら?)


 傍目にはまるで嵐の様な狂人の猛攻を涼しげな顔で凌ぎつつ、プリデールは暢気に殺人鬼の心配をしていた。


「ヒャハハハ!ヒャッハァ!」


 そんなプリデールの心配等どこ吹く風で、狂人は心底楽しそうに鎌を振り回して襲い掛かる。

プリデールが「大振りで雑」と評した攻撃は、それでも威力・速度共に相当なもので、そんじょそこらのヒトでは一振りでバラバラになってしまうだろう。

その証拠に、いなされた斬撃は道路のアスファルトやコンクリート製の建物を容易く斬り裂いていた。

狂人の大鎌の隙間を縫う様な動きで、今度はプリデールの方から狂人に接近した。

バチィ!っと青白い光が弾けると、袈裟懸けに狂人の身体は両断された。


「ギャァ!」


 狂人が短い悲鳴を上げた。

しかしそれは今の斬撃が狂人にダメージを与えたという訳では無く、斬撃を受けると同時に衝撃みたいなものを感じて少しびっくりしただけだ。


「なぁにをしやがったぁぁぁ??アハァッ!」

「これも効かない……か」


プリデールは辟易した顔で呟いた。


「死んじまう!このままじゃあ死んじまうよおッ!アヒャヒャヒャ!」


 相変わらずの笑いっぱなし狂人だったが、今回は少し様子が違った。

ニタニタとにやつきはじめたのだ。


「じゃあ今度はお返しをしないとナァ?こういうのはどうかなァ……?」

「……っ!」


 プリデールが狂人の血液に巻き付かれて拘束された方の足に、チクリとした痛みを感じて顔をしかめる。

その直後、強烈な眩暈に襲われたプリデールの体が大きくふらつくが、そのまま転びそうになるのをなんとか踏ん張って耐える。


「ジャック~お手伝いするよ~♪」


 更にどこからともなく急に子供の声が聞こえてきた……が、プリデールが声のする方に目をやってもそこには血溜まりしかない。

その時、突然血溜まりが不自然な形状に膨れ上がったかと思うとヒトの上半身を象った。


「ここだよ、ここ~♪私はヨン、こっちはジャックって言うんだ!よろしくね、つよーいおねえちゃん!キャハハ!」


 血溜まりから姿を現したのは赤いスライムとしか形容できない存在だった。

話し方からして無邪気な子供の様に思えるが、一体何をもってしてスライムが子供か大人か判別するのか分からないので、こんなのはただの見た目の印象に過ぎない。

それはともかく、今プリデールを拘束しているのも体内に毒を打ち込んだのも全てヨンの仕業らしい。

行為の悪辣さとは裏腹にヨンはあざといポーズでプリデールにアピールしている。


「なるほど、そういうこと……」


 プリデールが呟く。

刃物による斬撃がジャックに効果が無かったのは、このスライムの能力なのだろう。

いくら鋭い刃物でも液体を切断しても効果が無いわけだ。


「効いてるようだなァ……気分はどうだい?ヒャヒャ!」


 ジャックは獲物をいたぶる肉食獣の様に勝ち誇り、遊び半分で大鎌を振り回して威嚇している。

プリデールがいくら強いと言っても、それは彼女の速度あっての話であって防御力は人並みだ。

ジャックの大鎌で一回でも切り裂かれれば呆気なく死ぬだろう。

しかしまともに身動きが取れない今、応戦するしか出来る事は無さそうだった。


・・・


 動きを封じて毒まで身体に打ち込んでも尚、相変わらずジャックの攻撃はプリデールに当らなかった。

大鎌の斬撃はプリデールが器用に操る二本の黒い短剣でいなされて届かないが、一方のプリデールもジリ貧だった。

幸い身体に打ち込まれた毒は強力なものでは無いらしく、精々体の動きが鈍くなる程度だが、それでも戦闘に影響が出ており、防戦を強いられている。

おまけにこの五月蝿い狂人達ときたら、スライムの力で斬っても刺してもまるで効果が無いときたもんだ。


「すごーい!まだそんなに動けるんだ~!ガンバレ♡ガンバレ♡」


 赤い液状の身体をぷるぷる震わせながらヨンが暢気に野次を飛ばしている。

あまりの言い草にプリデールもカチンと来たが、とても構ってる余裕は無い。

斬られ放題再生し放題のジャックとは違い、プリデールが大鎌の一撃を食らえば悪くて即死、良くても足か腕かを斬り飛ばされるだろう。

幸いジャックの攻撃は大振りで読みやすい為、最小限の動きでカウンターに徹すれば負ける事は無い。

しかし問題は勝つ見込みも無い事だ。


「はぁ、困ったわね……」

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