追跡者、メゾーレ・ジュラルバームは学校の制服であろうブレザーをしゃんと着こなす優等生といった印象を受ける少女だった。
桃色の髪をポニーテールに纏めていて、母親似の吊り気味の目からは如何にも気が強そうだ。
起き上がったメゾーレはビシィっとスゥを指差したまま問い詰める。
「ちょっと貴方っ!わかってるんですよ!ワザと足を引っかけて転ばせたでしょう!?」
「……さぁ、知らないな?きっと、足がひっかかったのもたまたまさ」
「あくまでとぼける気ね……でも無駄ですわ、さっきの泥棒も一緒にとっ捕まえた後、ゆっくりと留置所でインタビューすれば、きっと本当の事を話したくなりますわよ」
「おいおい、アタシを捕まえるって?アンタがか??」
「既に他の警備隊にも情報を共有しています……二人共逃げられるとは思わない事ね!!」
メゾーレが素早くスゥに肉迫すると、勢いそのままにミドルキックを放った。
しかしその攻撃は感情に任せたものでは無く、意外な程しっかりと熟練した鋭さを持っていた。
「大文化祭執行部の治安維持権限で貴方を拘束します!」
思った以上に戦い慣れしているメゾーレに驚いたスゥだったが、既に取り出していた警棒で蹴りを受け流す。
「へっ!オジョーサマのわりになかなか良い蹴りだぜ!相当ケツがでけぇんじゃねえか!?」
「……貴方も品性の欠片も無いチンピラの分際で随分とお強いんですね?」
二人の立場以上に何か……単に性格の相性が最悪なのか、お互いに煽りに遠慮が無い。
「だが時既に遅しってヤツだ、アタシはこのままトンズラさせてもらうぜ」
「それはどういうっ……!?」
自分とスゥの周囲に、いつの間にか爆弾の様なものが数十個転がっている事にメゾーレはこの時初めて気付いた。
その爆弾の赤いランプが一斉にチカチカと点滅を始める。
「いつの間に!?」
メゾーレは挑発されようとも冷静にスゥに挑んだつもりだったが、スゥの態度は挑発も含めてそもそもが時間稼ぎだったのだ。
その間に周囲にばら撒かれた爆弾をメゾーレは見落としてしまったのだ。
「貴女ッ……!!」
ハッとしてスゥの顔を見たメゾーレに、いつのまにかサングラスをかけていたスゥが気安い態度で軽く手を振っていた。
「……まあ、今回の事は犬に噛まれたとでも思って諦めるんだな」
次の瞬間、爆弾らしき物体が一斉に強い閃光を放ち、周囲一帯は真っ白な光に塗りつぶされた。
炸裂したスタングレネードの爆音で大混乱に陥った群集のどよめきもかき消され、メゾーレもたまらず反射的に身を屈めて防御姿勢をとる。
当然その隙をスゥが逃す筈も無く、電圧を最大にしたスタンロッドをメゾーレの脇腹にお見舞いした。
「くらいな!」
「きゃああああっ!」
大混乱になった群集のどよめきが戻ってくる頃、メゾーレは既に意識を失って倒れていた。
混乱に乗じて上手く逃げおおせたスゥは既に騒ぎのあった広場から離れて、今は静かな薄暗い路地裏に居た。
(どこの街にでも『こういう場所』ってのはあるもんだな……)
社会の裏側、はみ出し者達の掃き溜め……ここは馴染みのある新月街と似た空気感を持つ場所だとスゥは直感する。
世界最大の学園都市は言っても、そこに住むのは所詮ヒト……明るい場所が出来れば自然と影も出来るのものだ。
スゥはその路地裏が全く知らない場所であるにも関わらず、随分とリラックスした様子で歩き始めた。
(さてと、なんて言われるか予想も出来ねえが……ゴイライヌシサマに連絡を入れておくか)
スゥはそのまま歩きながら携帯電話と取り出しすとプリデールに電話を掛ける事にした。
いくらスラムの何でも屋とは言え、それが仕事である以上、こういった律義さは信頼を得るに必要である。
善人も悪人も、信用できない者には例え雑用だって任せたくないものだ。
スゥは確かに何でも屋で仕事内容は多岐に渡るが、仕事のやり方までは『何でも』という訳にはいかないものだという事を知っていた。
5回のコール音が鳴った後、プリデールが電話に出た。
「もしもし?どうかしたの?」
「もしもし……すまない、さっき通りで騒ぎを起こしちまった。アンタにも迷惑が掛かるかも知れないし、速めに街を出ようと思うんだが……」
スゥはとりあえず最初に謝った。
今回の事は私怨であるし、なにより仕事中の事だ。
油断して徹しきれなかった自分が悪いとスゥは反省していた。
「……一体何があったの?」
スゥは事の経緯をプリデールに説明する。
しかし何処の誰かもわからないスリに昔の自分を重ねてしまって……とは流石に言えないので、そういった部分は意図的に濁して学園祭執行部に絡まれて目を付けられトラブルになったという事にした。
「……ふーん、それくらいならまあ別にいいけど」
プリデールがスゥの失敗に対して、あまり気にして無い様な口ぶりだったのでスゥは若干拍子抜けした様な気持ちになった。
というのもプリデールが他人のミスに寛容であるような印象をスゥは一切持っていなかったからだ。
「わかったわ……でも私にも予定があるから、こういうのは今回限りにしてちょうだい」
「ああ、すまない。気を付けるよ」
通話を終えたスゥがふと目線を上げると、先程のスリの子供がパンの入った紙袋を抱えて足早に路地を横切るのが見えた。
スゥは一瞬立ち止まって少しだけ口元を緩めたが、再び何事も無かった様に歩き始めた。