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かたつむりの観光客6

『学園都市ジュラルバーム』

世界大戦後の混乱期に乗じて頭角を表したマリィ・ジュラルバームが周辺地域を武力で制圧し、恐怖政治によって都市を治めていた。

しかしある日突然、当主のマリィ・ジュラルバームは引退と同時に結婚を発表、マリィの後継者には結婚相手であるクロード・ジュラルバームが就任した。

辺境の地方都市に過ぎなかったジュラルバームは、新当主クロードが推し進めた誘致政策によって数々の教育・研究機関を招き、それらが核となり現在の世界最大にして唯一の学園都市ジュラルバームは誕生した。

※ 新世界観光ガイドより抜粋


・・・


 スゥとプリデールの二人は七大都市のひとつ、ジュラルバームに到着した。

今回の旅の目的は七大都市を一通り回るという事なので、新月街から出発した二人にとっては六つある目的地の内の一つめに到着という事になる。

プリデールは街に着くなり彼女の言う『仕事』に取り掛かる為、スゥとは別行動になった。

最初の二日くらいは、旅の疲れもあったのでホテルから出ずに部屋でダラダラと過ごしていたスゥだったが、それが三日目ともなると流石に退屈になって、のこのこ外に散歩に出てきた。

そしてスゥ自身もわかっていた事だったが、やはり苦虫を噛み潰した様な顔をして街を歩く事になる。


(あーあー……どこもかしこも学生様ばっかりじゃねえか……面白くねぇ……)


 スゥは学生が嫌いだ。

物心付いた頃から新月街の下層に居たスゥはマフィアが支配する危険なあの街で、まさしく生き抜いてきたのだ。

そんなスゥの目に映る学生達というのは、暢気で、世間知らずで、五月蝿くて、餓鬼っぽく、そして何より楽しそうに見えた……楽しそうに見えているという事実は、絶対にスゥ本人は認めようとしないだろうが。

しかもスゥにとって最悪な事に今日は『大学園祭』の真っ最中だった。

大学園祭はジュラルバームで一年に一度行なわれる大きい祭りで、その名の通りジュラルバームに存在するありとあらゆる学校の生徒会が合同で大執行部を組織し、その全てを運営している。

その規模は街全域に及び、祭りの三日間はジュラルバームのどこに行っても大体なんらかの屋台やら催し物が見られたりする。

学生主体のアマチュアなイベントと侮るなかれ、経済規模、集客率、共にそんじょそこらのイベントでは比べ物にならない。

現在の世界でこれを上回るイベントといえば、芸術都市ケテルの教皇『ティファレト・タイタニア』が大文化広場で主催する新年祭くらいのものだ。

つまりこれがどういう事かというと、スゥの嫌いな学生達が普段よりもさらに張り切り、浮かれまくっている姿で街中が溢れているのだ。

ただただ青春を謳歌している学生達に罪もなければ悪気も無いが、スゥにしてみればたまったものではない。

退屈に耐えかねて散歩に出て来たスゥだったが、30分も見て回らない内にもう嫌になってしまっていた。

そろそろホテルに帰って不貞寝でもしようかと思い始めた頃、何事かあったらしく周囲の人間がざわつき始めた。


「スリだー!誰かソイツを捕まえてくれー!」


 スゥが声のした方に目をやると、息を切らした身なりと恰幅のいい中年の男が如何にも貧乏そうな痩せた子供を指差して走りながら叫んでいた。

中年の男は体力が切れたらしく遂に立ち止まってしまい、両膝に手をついて肩で息をしている。

一方スリの子供は身のこなしが軽やかで、人の波を避けてスイスイと中年から走り去っていく。

周囲の人間に少年を捕まえようとする者は無く、皆ただただ傍観しているだけだった。

スゥもまた自分から関わろうとはしなかった。

こんなのはどこでだって起こり得る、ごくありふれた事だ。

恐らく、このままではスリの子供が逃げおおせるだろう。

無意識の内にスリの子供に新月街で同じようにスリをしていた過去の自分を重ねたのか、スゥは被害に遭った中年を鼻で笑った。


(ざまあみやがれよ、間抜けにはいい薬さ……)


 その時、被害者の中年の後方から何者かの足音が聞こえて来た。

並外れた速度の追跡者はあっという間に中年を追い越すと、そのままスリの子供に迫っていた。


・・・


 なぜそんな事をしたのかと実際にスゥに問えば、彼女は「虫の居所が悪かった」とか「なんとなく」という様な曖昧な答えを返すだろう。

金を持ってそうな中年の男が気に食わなかったとか、みすぼらしいスリの子供が昔の自分に重なったとか……もっともらしい理由を付ける事は難しくないだろう。

その時のスゥの行動に客観的な視点から如何にも納得の出来そう理由を付けてみたとしても、そのどれもがその時のスゥ行動の答えにはならない気がする。

だからスゥ自身も「つい」としか言い様が無かったのだ。

スゥは追跡者とすれ違う瞬間に、おもむろに片足を突き出して追跡者の足を引っ掛けた。


「なっ!?」


予想外の方向からの妨害に追跡者は全く対処出来ず、凄まじい速度のまま顔から派手に転倒した。


「きゃああああああああああ!」


 追跡者は屋台の横の材料置き場に衝突して、果物の入った木箱に頭から突っ込んでパンツ丸見えの醜態を晒す事になった。

追跡者は三秒位そのままの体勢だったが直ぐに飛び起きて、怒りの形相でスゥを睨み付けるとビシィっと指を差した。


「貴方ッ!よくも……!よくもやってくれましたわねッ!」


 スゥはその怒りを不敵な笑みを作って受け止めたが、しかし内心では滅茶苦茶後悔していた。

というのもなんとスゥが転ばせた相手というのが、学園都市ジュラルバームを支配するジュラルバーム家の一人娘、メゾーレ・ジュラルバームだったからだ。

昔に比べたらそりゃ多少は丸くなったが、ジュラルバーム家と言えば反逆者を捉えて拷問にかける事すら厭わないという、この街に於ける恐怖の象徴だ。

その一人娘にケンカを売った命知らずが居るという事で浮かれていた周囲の空気は一変して凍り付いていた。


(やっちまったぜ……)

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