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かたつむりの観光客5

 仲間がスゥの摩擦係数の極めて低いアッパーカットで吹っ飛ばされるのを見た野盗達は、一瞬表情を強張らせたものの流石に荒事には慣れているらしく、すぐさまナイフやら斧やら各々武器を構えて臨戦態勢に移った。

スゥはその一瞬の間に野盗達から距離を取ると、この世界では一般的となった亜空間収納装置、通称『キャスター』から取り出した拳銃を両手で構えた。

キャスターは先程武器を取り出した野盗達も使っている、現代ではありふれた物だ。


「…………」


スゥと野盗達の間にしばしの沈黙が訪れ、緊張感のある睨みが続く……かに思えた。


「…………プッ!」


沈黙を破ったのは野盗の内の一人で、何故かそいつはスゥを指差して大笑いした。


「おい見ろよ!コイツきょうび銃なんか使ってやがるぜェ!ハハハハハハハ!」

「おめえさては『サバイバー』も知らない田舎モンだな!?」


 堰を切った様に野盗達が次々と笑い出すと、その内の一人がふざけながらおどけながら自分の額を指差した。

銃を構えた敵と相対しているというのに、何故か野盗は自信満々だった。


「ほぉら……ココだぜぇ?ちゃ~んと狙いな、お嬢ちゃん?」


・・・


『サバイバー』

空間の魔術師の異名で知られる天才科学者グラーフ・フェルディナント・ツェッペリン博士が開発した空間制御システム。

サバイバーを持つ兵士は核兵器の爆心地でも生存し放射能による被爆すらしないという。

現在この装置を打ち破る術はそう多くない。

確かにサバイバーを無効化する技術は存在するのだが、問題はその大きさで戦時中の人類の最先端技術をもってしても10ヘクタール以上の施設が必要で、いくら亜空間収納を可能にするキャスターが普及した世の中といえども、その大容量を収納して、かつ移動可能なものは『天空城ガルガリン』の他には確認されていない。

そういった理由から人類は現在、剣や斧といった白兵戦で戦うのが主流となっている。

銃は最早、前時代的な骨董品でマニアックなコレクション、使えたとしても低級のモッドの相手くらいにしか効果を発揮出来ない。


・・・


 スゥは無表情のまま銃の引き金を引く。

バァン!と火薬の爆ぜる音がして銃口から弾丸が発射された。

当たり前と言えば当たり前なのだが、命中した銃弾は野盗の頭を貫通し絶命させた。


「なっ!?なああああああ!?なんでだ!?なんでアンチサバイバーも無ぇのに弾が当たりやがった!?」


 例えば21世紀を生きる文明人の生活から突然電力を奪ったなら、人々は慌てふためき混乱状態に陥るだろう。

この時代に於いて『サバイバーが銃弾や爆発から身を守ってくれる』というのは最早そのレベルの常識なのだ。

なんせ科学技術が全盛を極めていた戦時中の世界でさえ、サバイバーの普及によって銃を使った戦闘という概念が根絶した程だ。

そんなものがまさかこうも呆気なく破られるなんて……やっている事は野蛮人そのものでも、曲がりなりにも文明人の端くれである野盗達も例に漏れず、動揺し混乱状態に陥った。

結局は寄せ集めの烏合の衆、数で勝っていても誰も自分の命を犠牲にしてまで仲間の為に戦おうなんて思っちゃいない。


「これだから銃ってのはやめられないんだよなぁ……」


 人間がキメラ化した結果生まれた現行人類『ヒト』は、人間より遥かに多くの銃弾に耐えられるし回避率も高くなっているが……だからといって銃弾の攻撃力とスピードが無効かと言われればそうはなっていない。

ほとんどのヒトは銃弾が当たれば肉を貫通するし、銃弾を見てから避けるなんて芸当は出来ない。

スゥは暗い笑みを浮かべると、逃げ惑う事しか出来ない烏合の衆と化した野盗達を銃弾の雨で蹂躙する。

それはこの時代に於いて奇妙な光景だった。


「ふぅ~……」


 野盗を皆殺しにしたスゥは銃をキャスターに収納すると、そのままプリデールの安否を確認する為にキャビンのドアへ向かう。


(ま……多分これでくたばるタマじゃねーだろうけどな……つーかここまで思わせぶりな態度で死んでたら笑っちまうぜ)


 スゥはプリデールが無事だろうと確信していた。

普段の身のこなしを見れば彼女がとんでもなく強いってのはなんとなくわかるし、それよりも車の周囲にはスゥが殺した覚えの無い野盗の死体がゴロゴロ転がってたからだ。

そのどれもが碌な抵抗すら出来なかった様子で、ただ棒立ちだったヒトが、その場から動く事すら敵わずに一方的に首を切断されて殺されている……という印象を受ける。


(あの女がやったのか?……不気味だねぇ、まるで底が見えやしねぇ)


 武器を取り出す事が出来なかった死体や、それどころか自分が死んだ事にすら気付けていない様な表情の死体もある。

どうやら鋭利な刃物を使って一撃で殺されたのだろうというのはスゥにもわかったが、ここにある野盗の死体十数人分が同じ様子なのは流石におかしい、タイムラグがあるはずだ。

最初に殺された野盗を見たら、周囲に居た野盗達は戦おうとするか、ビビって逃げようとする筈だが、この死体達にはそれが見られない。

これではまるで、ここに居た十数人がほぼ皆同時に即死したようにしか見えない。

一体どれほど能力に差があれば、こんな有様になるというのだろうか?


「よぉ、無事かい?アンタの言われた通り、アタシは自分の身の安全を優先させてもらったが……」


プリデールは襲撃の前と同じくソファに腰掛けて本の続きを読んでいた。


「……ええ、問題無いわ」


スゥが時計に目をやると、丁度昼の三時位だった。


「せっかくだ。私も一服していくか……アンタも何か飲むかい?茶の好みがわからなかったが……一通り揃えておいたぜ?」


そう言ってスゥはやかんで湯を沸かし始めた。


「……ジャスミンティーはある?」

「もちろんさ」


 お湯が沸くまでの間、スゥはプリデールの対面のソファにどっかりと腰掛けた。

意外な事に最初に口を開いたのはプリデールだった。


「今時銃なんて珍しいわね、サバイバーの無効化……一体どんなトリックなのかしら?」

「悪いが企業秘密ってヤツだよ……それにアタシのなんざアンタに比べたら大道芸みたいなもんさ……あの野盗達、一体どうやって殺したんだ?」

「あら、私の方こそ大した事はしてないわよ。ただ近づいて首を切って回っただけ」


 プリデールの動きにくそうなフリル満載の服は数十人の野盗に襲われ、それを撃退した後だというのに一切の乱れが無かった。

それに死体にもプリデールにも血の一滴すら付着していないのは大分不自然だ。


「……マジかよ、それであんな有り様になるっていうのか?只者じゃないとは思っていたが……やっぱりアンタ、とんでもなく強いな」

「そうみたいね」


スゥの問いかけにプリデールは曖昧に答えた。


「……そうみたい?謙遜か?」

「私、生まれた時からこうだったから……人と比べてどうとか言われても、あまり実感が無いのよね」

「ははっ!なんだよそりゃ!アンタずるいな、生まれつき強いってか!」

「そうかもね」


 プリデールというヒトは、とんでもなく強いのは確かなのに、それにしてもまるで覇気というものが無い。

それどころか妙に間の抜けた回答に可笑しさを感じてスゥは毒気を抜かれてしまい、不覚にもちょっと笑ってしまった。


「……アンタ面白いな。アタシ達、意外と気が合うかも知れないぜ?」

「そうだと嬉しいわね」


そして丁度、お湯が沸いた音がした。

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