私は戦う為に生まれた。
これは精神的な話ではなく極めて物理的な話で、私という『ヒト』は戦争にて戦うという役割の為に人工的に作り上げられたのだ。
自分の役割や存在意義というものに対しては、特に何も感じた事はなかった。
私の境遇は世界中で人造人間(キメラ)を使って戦争をしている現在では珍しい事ではなかったし、元々そういう風に造られた所為なのか、現状に不満も無ければ他にやりたい事もなかったので、下される任務のままに戦っては敵を殺して過ごしていた。
敵も多分私と同じ境遇であろう超人的な能力を有しているであろうキメラだったが、今まで特に苦戦した事が無いので記憶に残っていない。
私が敵を倒せば倒す程、所属していた軍の偉いヒトや私を生み出した研究者達が喜んでいけど、私自身は戦って勝利して得られた何かに喜びを感じる事もなかった。
そうこうしている内に遂に『あの日』がやってきた。
世界中の人間とヒトが避けたがっていた、または待ち望んでいた『償いの日』が。
・・・
小柄で精悍な顔付きの女が短めの金髪と自前のネズミ耳を揺らして何者かと戦っていた。
軍でも将官が着るような詰襟のサーコートにズボンという、戦うには少々動きにくそうな出で立ちだったが、女はそれをものともせずに鮮やかな二刀流で敵の攻撃を捌いていた。
ネズミの女は見えない敵が距離を取って仕切り直したのを感じて、あろう事か敵に声を掛けた。
「……そろそろ姿を現したらどうだい?もう不可視である事に優位性が無い事はわかったろう?」
「…………強いのね、貴女」
問い掛けから少し間を置いてから、不可視だった敵が虚空から滲む様に空間を揺らしながら、その姿を現した。
透明化の特殊能力(アブノーマリティ)を解除して現れたのは、羊の様な巻いた角が特徴的な淡い金髪のくせっ毛の女だった。
自身の攻撃がまるで通じていない状況だというのに、まだ余力があるのか、それとも何か隠し玉でも持っているのか、くせっ毛の女の態度は冷静沈着そのもので余裕さえ感じられる程だ。
癖毛の女の声色は平坦だったが、その中に素直に感心しているというニュアンスが感じ取れる。
「一撃で仕留められない相手は久しぶりだわ」
ネズミの女は友達に話しかける様な気安さで巻き角の女に話しかけた。
「少し話をしないか?」
「……敵と話す事なんて無いわね」
取り付く島もない物言いのくせっ毛の女の態度にネズミ耳の女は苦笑しながら言った。
「まぁ、そう言わずに……周りを見てごらんよ?」
ネズミの女は既に剣先を下げて構えを解いていたが、巻き角の女は隙を見つけられなかった。
「……こんなに殺しあったんだ。少し位サボっても誰も文句は言わない……というか言えないしね?」
二人の立っている荒野の大地は一面キメラ兵の死体で埋め尽くされていた。
数え切れない程の蝿が死体の周囲を飛び回り、流れ出した血で乾いた地面がぬかるんでしまう程だった。
物言わぬ死体達は皆、この戦争の為に造られた人造人間、通称『キメラ』だ。
人間の遺伝子を持ってはいるものの生まれても誰の子供でも無から戦死者にカウントされず、死んで居なくなっても誰も悲しまない。
だから人間達にとってはとても都合の良い駒、取るに足らない戦争の道具。
「……物好きだわ」
巻き角の女も溜息を吐きながら構えを解いたが、それでもやっぱりお互いに付け入れる隙を見つける事が出来なかった。
お互いに相当な手練れなのだろうが……もっとも、もし隙を見つけてもどうこうする気は今の彼女達には無かった。
・・・
一般的にキメラには二つの種類がある。
人間が獣性細胞の投与によってキメラ化したものと、最初から研究所で造られるキメラだ。
彼女達は二人共、戦闘用に研究所で造られたキメラだ。
人造人間とは言うものの、その超人的な戦闘力を除けば、他は人間とそう変わらない。
予め戦闘行動や殺人に対して抵抗を抱きにくい様に遺伝子を弄られるものの、個性も感情も人間と同じ様に持っている。
そんなキメラ達は、その生まれのせいで戦争へと駆り出される訳だが、最初から自由意志が存在しない為、生存本能や戦う理由が希薄な者が多い。
考えてみれば当たり前の話で、工場で産み出され戦って死んでいくだけのキメラ兵達は自意識が育ってないのだ、取るに足らない消耗品だから、育つ前にどんどん死んでいく。
ある程度の意識への刷り込みが製造過程で行われるが、やりすぎても能力に問題が生じる為、あまり強くは行われない。
(※例えば戦闘への意欲を高めすぎると味方に襲い掛かったり、強すぎる洗脳状態は敵に利用されやすい為、効率が悪い)
だが刷り込みを強くしない事で、丁度今の様に何かの拍子で変な行動を起したりもする。
・・・
ネズミの女は言った。
「まず始めに自己紹介をしておこう。私はゴールドマン777……コードネームで申し訳ないが、あいにく名前の様なものは他に持って無くてね」
ゴールドマンというのはネズミの女を所有しているスポンサーの名前だ。
世界有数の証券会社で毎日金融の世界でとんでもない額の金を動かしているグローバル企業だ。
次にくせっ毛の女が自己紹介をする。
「随分おめでたそうな名前ね……私は『インビジブル』と呼ばれているわ」
ゴールドマンが陽気に笑いながら言った。
「いくらなんでもそのまんま過ぎないか?姿が消えるからインビジブル(不可視)……安直だなぁ」
ゴールドマンに笑われても興味が無いようで、インビジブルは素っ気なく言う。
「人間にとってみれば私達なんて戦争の道具だもの、それで十分なんでしょうね」
それから暫くの間、二人の会話は続いた。
基本的にゴールドマンが話題を提供してインビジブルがそれに答える形だ。
さっきまで殺しあっていたというのにゴールドマンは本当に楽しそうだったし、インビジブルもまた満更でも無さそうだった。
ある程度話し込んで会話が途切れた頃、今度はインビジブルがゴールドマンに問いかけた。
「……最後にどうして急に話そうなんて言ったのか、聞かせてもらえる?」
そこで初めてゴールドマンは言葉を濁した。
「あー……こんな事を言うと嫌味に聞こえるかも知れないんだけどさ、退屈だったんだよ」
「退屈?」
「うん……正直皆弱すぎて戦いにならなかったんだよね、流れ作業でもやってる様な気分さ……だから強い君と戦ってたら、なんだか無性に嬉しくなってね。一体キミがどんなヒトなのか、興味が湧いちゃったんだよね」
ゴールドマンの話を聞いたインビジブルは、意外な事に微笑みを浮かべていた。
「ふふふ……」
てっきり鉄面皮だと思い込んでいたインビジブルの案外可憐な笑顔に、ゴールドマンは驚きを覚えた。
「どうしたんだい?」
「私と貴方、全く違うタイプだと思っていたけど……案外、考えている事は一緒だったのね」
「ハハッ……君も退屈してたんだね」
インビジブルに釣られてゴールドマンも笑う……二人は本当に楽しそうだった……お互いにそこに嘘は無い。
二人はそのままお互いに納めていた武器を抜くと、いつのまにか臨戦態勢になっていた。
戦争の為に造られたキメラは戦う理由が希薄な者が多い……しかしその逆もまた然り、戦いを辞める理由もまた希薄なのだ。
しかし二人の戦いが決着する事はなかった……その前に世界が滅びてしまったから。