「マイ中佐、どうです、ハダナの乗り心地は」
ヘルメットのスピーカから聞こえてくる男の声に、マイはマスクの下で口角を上げる。ハダナ、というのは彼が乗っている青い機体のことだ。
「いい機体だよ。反応性がいい。このムールルもよく動くしね」
青いムールルが宙に浮かぶ標的を囲んで、撃ち抜く。
「それは百パーセントの出来ですから、障壁の展開もできるはずです。試してください」
「了解、やってみるよ」
マイは子機を周囲に展開し、念じる。不可視の障壁にどこからか飛来した魔力がぶつかって、紫電を散らした。
「気分がよくないな、ドッキリというのは」
「すみません。でも、これで信じていただける筈です」
「まあね。何秒まで展開できるんだっけ?」
「フルチャージで五秒です。扱いは難しいですが、中佐なら、きっと」
「期待が重いね」
「砲撃機能をオミットすればもう少し長い時間展開できるはずなのですが──」
「使いこなしてみせるさ、赤髪のエースとしてね」
マイはムールルを戻す。両肩に一基ずつ、前腕に一基ずつ。
「各種武装のテストに入ります。まず、胸部魔力砲から」
純粋魔力体が幾つか空中に浮かぶ。九一式の形だ。
「収束、拡散の両方をテストします。射撃はそちらのタイミングでどうぞ」
飛び出すように動いた機体は、収束砲で一つを撃破した後、すぐさま上昇、拡散砲で纏めて薙ぎ払った。
「完璧です。次は装着状態でムールルの魔力砲を使ってください」
現れた魔力体。腕から発せられた光がそれを破壊する。
「一斉射を」
四体の魔力体を、四つのムールルで同時に射抜く。すると、機体が緩やかに降下を始めた。
「パワーダウン!? そんな、計算上出力は問題ないはず……」
「データはどうでもいいから早く対処法を教えてくれないか」
「一時的なものの筈ですから、少し待てば解決する……と思います」
イマイチ自信のない言い方に失笑しながら、マイは待つ。やがて落下は止まる。
「以上で兵装のテストは完了です。後は好きなマヌーバを試してください」
「動く目標は出せるかい?」
「ええ、勿論」
九一式の形をした目標が複数生まれる。
「九一式じゃ駄目だ。新型で頼む」
「データが足りないんです。鹵獲できれば作れるんですが」
「なら仕方ないか……!」
演習用の低出力砲を撃ちながら、敵はマイに接近する。それを簡単に回避した彼は、一瞬の内に全てを斬り裂いた。
「メブキの乗ってたあの機体……これならやれるか?」
一つ、懸念事項がある。このハダナは接続器を搭載した、帝国製としては初めての実用的な赫灼騎兵だ。それは素直に評価できた。だが、その小型化は不十分であり、赫灼石を納めたユニットが背部から飛び出しているのだ。
「赫灼石への被弾は、何か対策があるのかい?」
「中佐の実力なら避けられるはずです」
「そりゃどうも」
苦笑しながら機体を振り回す。
(反応速度は申し分なし。推力も余裕がある。リミッタを外さなくとも、メブキの新型にも対抗できるはず)
次々に現れる魔力体を撃破しつつ考える。
「ああ、一つ試験を忘れていました。胸部の機関砲を試してください」
「了解」
魔力体の上をとり、胸部に内蔵された機関砲を放つ。赤い魔力弾は大きく散らばったが、それが却って多くの敵を巻き込むことになった。一方で撃破までには十秒ほどの連射が必要だった。
「当てにならない武器だね」
「近接戦闘で不意打ち的に使用することを想定しています」
「頭にも機関砲があったように思うけど?」
「ダミーです。本来は魔力砲を搭載する予定だったんですが、小型化が間に合わなくてですね。あ、でも、実際の戦闘に与える影響は少ないというシミュレーション結果が出ています」
「そのシミュレーションでは起こらないはずのパワーダウンが起きたんだけど?」
「それは……申し訳ありません。敵が来るまでに接続器の出力を上げておきます」
「頼むよ、死活問題だ」
マイは肩の力を抜く。
「帰投する。誘導を頼む」
「わかりました」
機体は近くの島に向かう。コンクリート製の集合住宅が立ち並び、薄汚れた顔の鉱夫たちがハダナを見上げる。ここは碧海島。木造建築を中心とした皇国古来の街並みは消え失せ、天子の像は引き倒された。広場だけが辛うじてその面影を残す。皇国人の墓地だった場所は、すっかり帝国風の、翼を広げた龍に象る十字架を立てただけの墓に置き換えられていた。
ハダナは基地に降り立つ。機体から降りたマイを、太った技術士官が出迎えた。
「一応聞いておくけど、リミッタの解除は音声認識でできるんだね?」
「ええ、勿論。この機体で必要あるとは思えませんが」
「わからないよ。メブキはかなりのパイロットに成長してる。多分、ハダナを持ち出して互角ってところだろうね」
「それほどですか」
「ああ、油断はできない」
マイは彼の肩を叩いて通り過ぎる。
「機体はこのチューンアップでいい。パワーダウンは三日で直してくれ。恐らく、その辺りに皇国は諸島に来る」
「了解!」
敬礼に対しては、手をひらひらと動かして答える。皇国の作戦開始まで、後四十八時間。
◆
皇国は紅潮島と多然島の奪還に成功した。残る碧海島と天炎島に対し、同時に上陸する作戦を実行に移した皇国は、二十五時間以内での作戦成功を謳っている。
芽吹を含む黒鷲隊は碧海島方面に配属され、帝国空軍との戦闘の最中にあった。
「五番から六番へ。マイ・オッフの反応を捕捉したわ」
「了解。援護任せた!」
エリカ機から送信されたデータを見るに、マイは真正面から前線を突破しようとしている。ブルガザルノ以上のスピードで。
それに付随する、小さな四つの反応。
「使い魔か……やっぱり扱い切る素養があったんだ」
どうすれば使い魔に対処できるか、というのを彼はずっと考えていた。その答えは、徹底した接近。自爆のリスクが高い間合いに詰め寄り、全神経を集中させなければならない近接戦闘を展開する。そうすれば、ムールルはその効力を発揮できないはず。
彼はそれに従った。赤い魔力が左腕の装甲を僅かに抉るが、気にしない。牽制の意味も含めて背部魔力砲を放つ。が、その直前にムールルが間に入り障壁を展開し、防いでしまった。
(あのサイズで障壁……)
驚くこともなく、彼は自分でも想定していないほどに冷静だった。
続く、ムールルからの射撃。ロールを繰り返して回避しつつ、前進する。飽和攻撃は不可能と悟ったマイによって、子機が機体に戻っていく。
「それでこそだ、メブキ!」
聞こえてくる声は無視。剣と刀が激しくぶつかり、火花を散らす。敵の一撃を刀で滑らせ、左の剣を絡めとる。コックピットを狙った刺突の姿勢に入った芽吹を、小さな魔力弾が襲う。
弾幕で距離を作り、マイはムールルで攻め立てる。しかし、赫天の機動性と運動性、そして何より芽吹の技量の前には、それもあまり意味がなかった。
射撃戦はあっという間に終わる。無数の凹みが出来た赫天が、猟犬のようにハダナを追いかける。ついに諦めたマイは、
「スラスタのリミッタを解除!」
と叫んだ。奇しくもそれと同時に芽吹も
「コード八〇八! スラスタのリミッタを第四段階へ移行!」
と声を張り上げていた。
斯くして、最新鋭機体同士の、限界性能を出し切る戦いが始まった。
先手を打ったのは、芽吹。得意の二刀流が封じられたマイを苛烈に攻める。カメラを潰そうと頭部機関砲を放つが、それは読まれていた。一方で、彼自身あまりそれを期待していなかった。左腕で顔を覆ったハダナを蹴り飛ばし、姿勢を崩す。
今度こそパイロットを断ち切ってやろうと刀を振り翳すも、マイがその程度の動きに対処できないはずもなかった。不安定な状態から、拡散魔力砲が飛び出す。その一瞬前に、芽吹は上昇に入っていた。減衰した魔力弾は、やはり装甲に凸凹を生じさせるのみだ。
「楽しいなあ、メブキ!」
一つ、芽吹に間違いがあるとすれば、離れたことだ。それはムールルによる包囲を招いてしまう。一斉に放たれた光。それをクルクル、ヒラリヒラリと躱そうとする彼の機体は、左脚を奪われた。
「六番! 下がって!」
エリカの声。そこからの狙撃がハダナの左腕を消し去る。
「やる!」
マイは素早くムールルを差し向け、エリカ機の四肢を破壊した。
「ムールルとは、こういうことなんだよ!」
「何が使い魔だ!」
届かない言葉を投げ合いながら、二人は斬り結ぶ。数度打ち合った後、芽吹の一文字斬りがハダナの胸部魔力砲、そして機関砲を裂く。同時に、帰還する先を喪ったムールル二基が自爆して、赫天の左腕を奪う。
「これで、終わり!」
芽吹機は大きく振りかぶって、ハダナの右肩を切断する。その体勢のまま頭部機関砲を乱射。相手のカメラを破壊した。
ピーッ。両機のコックピット内に、警報音が響く。限界だ。接続器が無限の動力を齎すのだとしても、最大出力での稼働には赫灼石に供給される魔力以上にエネルギーを消費する。
蒼と灰は、碧海島の広場に、組み合ったまま降着した。
飛び出す二人のパイロット。先に引鉄を引いたのは芽吹だ。鉛の弾丸がハダナの装甲に弾かれて、カツン、と硬質な音を立てる。そのまま、彼は機体の陰に隠れた。
「顔を見せておくれよ」
マイの声を聞いて、彼は拳銃を構えた状態で外に出た。夕焼けが染める以上に赤い髪の青年がそこにいた。
「君、幾つだい?」
「……十九」
「若いね。命を散らすにはもったいない年齢だ」
「死ぬのはそっちだろ」
そう言い放った直後、芽吹は斬られるところだった。身体強化魔術で接近してきたマイのサーベルが、鼻の先まで後一寸というところを過ぎる。
「いい反応だ!」
だが、身体強化を使えるのは芽吹も同じこと。大きく離れて、拳銃を一射。マイは追いついてくる。無駄弾は撃てない。残弾は十。予備のマガジンは一つ。
「君は何故戦う?」
「お前を……お前を殺すためだ」
「なんだ、僕が殺した中に家族がいたのかな?」
「そうだ。だから殺す。ここで、俺が!」
芽吹の放った弾丸を、マイは弾く。
「ここは手打ちにしないか?」
「……ふざけているのか?」
「本気だよ。君だって生きて帰りたいだろう?」
脳裏に過るエリカの顔。
「まあ、いい。君が君の成し遂げたいことを成し遂げるというのなら、僕も抗おう」
刹那。マイの顔が芽吹の顔に近づく。直後、脇腹に激痛。刺されたのだ。
だが、それで終わる芽吹ではない。相手の右腕を確と掴み、その蟀谷に銃を当てる。
「死ねええ!」
パァン。乾いた銃声。倒れ伏す赤髪。膝をついた芽吹の周りに、歩兵が集まった。手が震える。拳銃が落ちる。
「やった……」
はっきりとしない声で呟いた。
「やったんだ……!」
真っ赤に染まった空を見上げる。自然と笑いが出てきた。痛みも消えた。だが、虚無感が急速に彼の心を埋め尽くしていく。この瞬間のために戦ってきたというのに。
燃えるような光に照らされた街は、何も言わず戦士の帰還を受け入れた。そして、十年の時が過ぎた。
◆
西部諸島を奪還した皇国は、その勢いに任せ帝国東部海岸、ヤガ地方に上陸。そこに存在する要塞を陥落させた。その後、帝国側からの講和の打診があり、皇国はそれを承認した。ここに、第二次東覇戦争は終結したのであった。
皇国の出した条件は、ヤガ地方の割譲。西部諸島に攻め込むことを事前に阻止できる前哨基地を求めてのことだった。さもなくば帝国を滅ぼすまで戦争を続ける姿勢を示す皇国に対し、既に疲弊しきっていた帝国は同意。しかし、賠償金については難航し、皇国の提示した帝国の国家予算十年分は受け入れられず、結果、三倍程度に収まった。
事実上の敗北──帝国国民には、それは受け入れがたいものだった。だが、現実は現実だ。何より、首脳陣の目的は帝政の維持だった。七百年の歴史を持つ帝室を守るため、敢えて辛酸を嘗めた。
重く伸し掛かる賠償金を受け、帝国は大幅な軍縮を余儀なくされる。一方で共和国との緊張関係は続いており、そちらに割く兵力も保持しなければならない。
多くのエースパイロットを喪ったことも大きかった。そこに、運用できる赫灼騎兵に対する制限が加わる。空軍力は、最早見る影もなかった。
だが、それで平和が訪れた訳ではない。ヤガ地方返還を求める運動は過熱し、武装蜂起に至る。これが、ザハッドナの蜂起である。そしてそれは、芽吹が撒いた復讐の種が出した芽であった。