大望地方奪還作戦は、遂に大詰めを迎えた。西の端に存在する青龍港基地の攻略に入ったのだ。針鼠のような対空砲火が、空に徒花を咲かせる。それを、芽吹は無関心に見ていた。
「五番から六番へ。敵は本気みたいね」
「そうだね……例のムットを探す。ついてきてほしい」
「了解。無理はしないで」
エリカの機体も赫天になった。だが、芽吹と違うのは左手に魔力砲を装備していること。
芽吹の魔力探知機が、小さな反応を捉える。
「使い魔が来た!」
緑色の飛翔物体に対し、彼は腕の魔力砲を連射することで対処する。狙いの甘い射撃を機敏に躱し、思い切ってムールルに接近、斬り捨てた。
踊るような機動だった。シミュレーションを幾度となく繰り返し、想定され得る攻撃パターンを網羅した。結果、彼はスラスタの出力を微調整しつつの高G機動を成し遂げたのだった。
が、それを続ける余裕はない。
(使い魔は定期的に母機に戻る必要がある)
ならば、それを追えばいい。単純な道理だ。引き下がるムールルのスピードは、確かに速い。だが赫天なら問題なかった。一〇式なら置いていかれていた。
「見つけた!」
魔力を垂れ流す、緑の巨体。それは芽吹を認めると緩やかに反転し、退避しようとする。
「逃がさない!」
一気に増速した芽吹機は、ムールルの集中砲火も何のその、あっという間に間合いを詰めた。が、青い肩のブルガザルノが間に入る。
「マイ・オッフ……!」
「また会ったね、メブキ」
相手からの射撃を避けて、避けて、避けて。破壊的な魔力の奔流が、地面を叩いて爆発を起こす。それを目晦ましにして、低空を飛び回る。自分の役割は、ムットの撃破。マイに構っていられる状況ではない。だが、逃げたくはない。
上昇をしようとした彼に、ムールルが向かう。それは大した問題にはならなかった。すぐに包囲網を突破し、ムットの下方に潜り込む。障壁の内側に入り、腕部魔力砲を浴びせながら上方に回り込む。回転する敵のコア・ユニットに向けて、背部魔力砲。コックピットが爆散した機体は鋭敏な動きで旋回を始めるも、その直後、エリカにスラスタを撃ち抜かれた。
「五番はマイに集中して!」
「了解!」
巨体に次々に魔力を撃ち込み始めたのを見て、芽吹は意識の中心をマイに向けた。
「楽しませてもらうよ!」
両の手に剣を握ったマイは、何の躊躇いもなく突っ込んでくる。流麗な連撃をいなし、斬り返せば彼はひらりと躱した。
「やはり成長している! 最初に会った時とは別人だ!」
「勝手に言え!」
機関砲のトリガーを、二人は同時に引いた。そして同時に避けた。
「もっとだ、もっと見せてみろ!」
ブルガザルノの腕から砲弾が飛び出す。当たることはない。虚空で炸裂して、それだけだ。そのお返しに、と芽吹もいつもの徹甲榴弾を放つ。それも当たらない。互いに手の内は見せ尽くした、ということだ。
「六番から一番へ。援護頼みます!」
「こちら一番。足止めを食っている。『踊る紫の死神』だ」
懸賞金がかけられているエースだ。その異名くらいは芽吹も知っていた。紫に染められた機体を駆るパイロット。
「五番と連携してマイを抑えろ。いいな」
「……了解!」
話しつつ、回避しつつ。だが、あることに気づく。エスクの反応がない。いつもならエリカに向かって行くはずだ。
「エスク・カジャハッヂは死んだのか!?」
「さあね、好きに考えるといい」
ひたすらに剣を振るい合った。だがどちらが優勢ということでもない。隙を探し合う時間が続く。差し込んだ刺突も、大振りな袈裟斬りも、結局は無意味に終わる。
そうして、時間ばかりが過ぎていった。それは、芽吹にとって喜ばしいことだ。放っておけば害を成すエース一人を拘束し続ければ、それだけ味方が楽になる。単純な計算だ。飽くまで一戦闘単位。復讐は二の次。
(それでいいのか?)
心で渦巻く獰猛な炎が言う。時間切れで退却させれば勝ちは勝ちだ。しかし、そこで満足すればこの先もずっとそのままだ。殺さねば。徹底的に。
思い切って前進。
「スラスタのリミッタを第三段階にセット!」
「承認」
一気に推力を増した赫天が、ブルガザルノを押していく。頭を掴み、コックピットに蹴りを入れる。二度、三度。勢いに任せ、投げ捨てる。宙に蹌踉とした相手に、魔力砲。右足を吹き飛ばした。
だが、それで終わる相手ではない。すぐさま体勢を立て直したマイは、フルスロットルで芽吹に迫る。
「刀身の魔力コーティングが減衰。交換を推奨」
OSのアドバイスに舌打ちし、芽吹は敵を迎え撃つ。魔力砲は外れたが、それで生じた僅かな姿勢のブレを、彼は見逃さなかった。増速、からの斬撃。右腕を奪い、反転。腕部魔力砲でスラスタユニットを狙う──されど、左腕を犠牲にマイは機動力の低下を防いだ。
「こちら一番。六番と五番は地上部隊の援護に回れ。航空優勢は確実だ」
目の前に狩れそうな獲物があるというのに無粋なことを言うものだな、と芽吹は思う。それは噛み殺し、
「了解」
とだけ言った。
◆
およそ八日間の攻防の末、基地は陥落し、皇国のものとなった。後は西部諸島を残すのみ。芽吹は、戦争の終わりを肌で感じながら夜風に当たっていた。
「あら、ここにいたの」
司令部の屋上に、二人目の影。
「エリカ」
「もうすぐあなたの故郷ね」
「うん。隊長にも優先して回してもらえるよう頼んだ」
「ようやくこの戦争も終わり、かしら」
「そう信じてるよ」
彼女は手すりに背中を預ける。
「でも、世論は帝国を滅ぼすほうに傾いてるわ」
「有利な条件で講和するためにも、多少本土を攻撃することはあると思う。全土を掌握するまでいかなくても、ヤガ要塞を陥とすくらいはあるんじゃないかな」
「嫌ね」
そう言った彼女の真意を、芽吹は探りかねた。
「嫌?」
「そう、嫌。戦争に生産性なんてない。生むのは憎しみと差別だけ……」
どこか遠い目をしている彼女の横顔が月明りに照らされていた。
「何、こっち見ちゃって」
「綺麗だなって」
「あなたもそういうこと言うのね」
その顔に穏やかな微笑みが浮かぶ。
「私、冬が好きなの」
「なんで?」
「雪が積もった深夜。何も音がしなくて、全部が吸い込まれたような時間が好き。あなたは?」
「夏が好きだった、かな。仕事の後に親父がアイスを買ってくれたから」
「今は?」
「よくわからない。でも、夏が嫌いになった訳じゃない」
流星が一つ。
「マイ・オッフ、勝てそう?」
「追い返すことはできた。だけど、もっと高性能な機体に乗ってきたら、勝てるって確証はないかな」
「あなたも難儀ね。よりにもよってマイと因縁があるなんて」
「多分、そういう人は数え切れないほどいると思う。俺は偶々直接対峙できるってだけだ」
話しながら、彼は昼の戦いのことを思い出す。地上を走る歩兵に榴散弾を浴びせた。無数の子弾に引き裂かれ斃れる兵士。周辺の市街地へも攻撃を加えた。
「あの人たちは、俺たちを恨むだろうか」
「考えたって仕方ないわ」
「かな」
「戦争だもの」
その割り切りが嫌だ、とは言えない芽吹だった。清廉潔白でいるのは無理だろうが、民間人を殺してしまえばそれはマイと同じだった。
「あなただって、楽しくてやったわけじゃないでしょう?」
「そうだけど……」
「本当のことを言うとね、町に魔力砲を撃ち込むのはいい気分じゃなかったわ。それでも、敵がいるからにはやらないといけないことだったわ」
「君の言うことは正しいよ、きっと」
二人は並んで夜空を見上げる。澄んだ黒檀に、小さな星々。横に流した芽吹の視線が、エリカのそれとぶつかる。少し見つめて空に目を戻すと、頬に暖かい感触が訪れた。
「そろそろ消灯よ。また明日」
そう言って離れていく彼女の背中を、彼はじっと、とにかくじっと眺めていた。