「空襲警報、空襲警報──」
夕暮れの龍昇基地に放送が鳴り響く中、芽吹は赫天に乗り込んだ。
「魔力充填百パーセント、出せますよ!」
「わかった、ありがとう」
菱形に礼を言いながらハッチを閉じる。
「大畑芽吹、赫天、出ます!」
上空の高機動型ラウーダが、その魔力砲から赤い光を放ってくる。それが基地を包む障壁に触れて、紫色の光を生み出した。次いで、シールドランチャから、そして肩の連装砲からも砲弾を落とす。対空砲が幾らか迎撃するが、二発ほど撃ち漏らした。
「一番から六番へ。すぐに追いつく。可能な限り敵を足止めしろ」
「安心してください、墜としとくので」
「軽口を叩くな」
魔力砲を背負ったエリカと共に、高度を上げていく。二人の射撃を受けて、ラウーダは慌てて逃げようとする。
「五番!」
「任せて!」
三門の一斉射が、推進器と翼を射抜く。フラフラと落ちていく機体に、芽吹も射撃。あっという間に一機が墜ちた。
が、そのバディであるもう一機が、命知らずなのか、真っ直ぐ赫天に向かって来ている。その度胸に見合った技量で、射撃を躱してくる。エースだ、と彼は判断する。刀の距離になった瞬間、彼は一気に加速をかけ、すれ違い様にコックピットを両断した。
「次!」
「八時の方向、速いわ、ブルガザルノかも」
その予測は当たった。ブルガザルノの小隊が、青い空にその緑の肩を煌めかせて飛んでいた。
「後続が上がるまでは?」
「十五分。耐えれる?」
「やるしかないんだろ」
やはり、ブルガザルノは機敏だ。エリカの砲撃は掠める程度。芽吹も吶喊はせず背部と腕部の魔力砲で弾幕を張った。それでも、距離はどんどんと縮んでいき、彼に剣戟を強要した。
剣を抜いたブルガザルノの一機と斬り結ぶ。スラスタのパワーで押し切って、一気に後退させる。そして剣を蹴り飛ばし、コックピットを刺した。爆発して、散ってしまう命と機体。
彼の背後から、別の機体が迫る。ほぼ密着状態からの射撃に対し、芽吹は斥力発生装置とスラスタの併用による高G機動で回避行動をとり、歯が砕けるのではないかという中で相手の銃を爆散させた。
その煙の中に飛び込み、芽吹は勢いのままに右腕を奪った。
「それで帰れよ!」
聞こえないとわかって叫ぶ。だが、現実はそう上手くいかない。隻腕となったブルガザルノは左腕で剣を抜き、再び立ち向かってきた。
「……なんで!」
腕部マルチランチャの斉射を半身ですり抜け、パイロットごと斬り捨てる。その慣性が残っているところに、銃口が向けられる。まずい、と思った彼を、エリカの砲撃が救った。
残った敵機は密集し、断続的に魔力を放ってくる。低いところを飛び回る芽吹は、強かに反撃の機会を窺っていた。
一方で、ブルガザルノの抱える時間切れという弱点も、彼は把握していた。無理に前にでる必要はない。生き残りさえすれば、それで勝てる。
そうして、十分ほど。冬弥と浩二が上がって、戦力はイーヴンとなる。そちらに意識が向いた隙を衝いて、芽吹は大きく上昇した。
腕部魔力砲で敵の携行武器を無力化し、接近。一機を踏みつけて後ろに回り、腰背部バインダを撃ち抜く。落下を始めた敵は僚機に任せ、もう一機。頭から真っ直ぐに胴体を裂き、蹴り飛ばす。
次いでコックピットを斬り裂いてやろう、となった時、目の前の敵が吹き飛んだ。
「突っ込みすぎだ」
冬弥だった。
「だが腕はいい。お前を部下にしてよかった」
撤退していく生き残りを見送りながら、芽吹はその言葉を受け止めた。
「帰るぞ」
格納庫に機体を入れた芽吹は、先んじて降りていた冬弥と出会った。
「敵の目的、何だったんでしょう。あんな少数で」
「情報部の話では、帝国は既に大望地方からの撤退を始めているとも聞く。そこから目を逸らすための陽動かもしれんな」
「陽動……」
味方のために散華するというのは、彼にしてみればあまりに想像しがたいものだった。
「俺はああいうやり方が嫌いだ。生還を前提にしない作戦など、愚も愚……士気を下げるだけだ」
「もしそんなことが命令されたら、隊長は止めてくれますか?」
「首が飛んででも拒否する。俺たちは戦闘単位に過ぎないが、それは使い捨てにしていい理由にはならない。いいか、芽吹、生きて帰るんだ。自殺は国に報いる手段ではない」
コツンコツンという足音を立てて歩きながら、彼は上司の顔を見上げる。真っ直ぐな目だ。
「真の報国とはな、長生きすることなんだ。国が金と時間をかけて養成したパイロットは、一秒でも長く戦うべきなんだ。なら、俺はそれが叶うように手助けをしてやらねばならない」
更衣室の扉を開く。
「覚えておけよ、徒花を咲かせるようなことだけは避けるんだ。お前にも、戦う理由があるだろう」
「そういう隊長は、どうして戦うんですか?」
「最初は純粋な愛国心だった。生まれ育ったこの国を、帝国に穢されることを阻止したかった。今は……家族のためだな。お前も結婚して、子供を持てばわかる」
結婚。エリカとは交際しているとも言い難い関係だ。思いを確かめ合って、進展はなし。抱き締めた温もりがまだ残っているような感覚がある。ただ、それだけだ。
「隊長は、人を好きになった時……怖くなかったですか」
「怖い? 何故だ?」
「喪うんじゃないかって」
「そうだな……お前はそうかもしれないな。その感情は間違っていない、と俺は思う。人は経験と歴史に学ぶものだ、そうやって不安になるのは仕方ない。だが、いつかそれを乗り越えなければならない時が来るだろう。もしそれで動けなくなったら、相談してくれ。いつでも歓迎だ」
「多分、越えることはできたと思います」
「何? 見つけたのか、相手を」
「恥ずかしながら」
「そうかそうか、抜かるなよ」
いつもの言葉も、少し暖かく覚えた。
「はい」
と微笑んで芽吹は答えた。
外に出て、冷たくなった空気を吸っていると、その少し先でエリカが待っていた。
「大暴れだったわね」
「赫天の性能のお蔭だよ」
隣に立って歩き出した彼女は、そっと手を重ねてきた。
「ねえ、今度の休暇、二人でどこか行かない?」
「どこかって、どこ?」
「それを決めるのも楽しみの一つじゃない。デートの」
「デートって……」
「違うの?」
「違わないけどさ……」
好き合う二人が一緒に出掛けるのなら、それは定義上デートだ。頭ではわかっても、そういう単語の対象になったという自覚はまだなかった。
「それとも、デートは嫌い?」
「そうじゃない。ただ、実感がないだけだ」
「フフ、私もよ。ね、こっち見て」
言われるがままにそうした彼は、不意打ちのキスを食らった。
「じゃあね、また明日」
赤く照らされた基地を往く背中に、彼は視線を向け続けた。命を預け合ったはずなのに、想いを託し合うことが恐ろしくなっている。いつ崩れるとも知れない関係。死別、離別。影はいつだって背中に張り付いている。追われ続ける以外に、生き方はない。
それでも、エリカはそれを信じようとしている。いや、現実に信じているのかもしれない。だが、芽吹は、その心により添い続けられるかどうか、というところで懊悩としていた。
同時に、他者を愛することで自分自身を救済できるのではないか、とも思っていた。具体的にどう救われたいのかは未だ形が見えないが、だとしても、心の浄化作用のようなものが働いてくれれば、その穴に溜まった泥水が吐き出されてやくれないかという願望の存在を認めているのは事実だ。
他方で、その泥水がなくなった瞬間マイへの執着も消え失せてしまうのではないか、と不安になる自分もいた。復讐のどす黒い炎が消えた時、自分はどうなるのか。本当の意味で燃え尽きてしまうよりも、そちらの方が厭だった。
ひとまず、歩く。季節は移り変わろうとしている。ならば自分も変わらねばならないのかと問うてみる。どうするにしても、生にしがみつく必要がある。
基地の損害状況を聞くのを忘れていたな、と思い出して司令部に入る。事務官は既に帰宅していて、受付の向こうは伽藍としていた。だが、天井の近くのディスプレイにはリアルタイムで更新される基地情報が表示されており、第二格納庫の天井にダメージが入っていることがわかる。
(運が良かったな)
黒鷲隊が使用する第三格納庫は無傷。冷酷な無関心を以て、彼はその場を去った。
降着した船に戻り、自室へ。パイロットは特別に個室が宛がわれている。そこそこ硬いベッドに横になり、天井を見つめた。