「六番から五番へ。遅くなった」
その言葉の主は、芽吹。
「後は任せて」
スラスタを吹かす。駆る機体の名は『
「やる!」
エスクはそう言いながら相手の動きを追った。速い。疾風のよう。旋回し、グッと加速してくる。斬り結べば、押された。
「今度こそ墜とす!」
芽吹は相手の剣を弾き飛ばし、腕部に搭載された魔力砲で左肩を破壊する。そして刀を逆手に持ち換え、コックピットを狙う。が、ムールルが体当たりをして妨害してきた。
ひとまず、目標を変える。
「五番、あの小さいのは?」
「わからないわ。でも、遠隔操作されてる砲台だと思う」
「なるほど……」
スラスタユニットが持ち上がり、内蔵された魔力砲が火を吹く。一基破壊した。するとムールルたちはあっという間に引き下がる。
追撃はせず、エスクに向かう。魔力砲を撃ってくるが、避けることは容易かった。
あっという間に距離は詰まって、芽吹は相手の銃を斬り裂いた。その勢いのまま、蹴撃。頭に入った一撃は、エスク機の体勢を大きく崩した。回転を活かし、斬りつける。右腕が飛んだ。
彼女は頭部の機関砲で牽制しながら逃げようとする。が、ブルガザルノでは赫天からは逃げられなかった。太刀の先端が、敵のコックピットハッチを引っ掻く。露出したパイロットに腕の魔力砲を──というところで、再び四基のムールルが飛んでくる。
「また出てくる……!」
感情に従って言葉を発し、射撃。人には不可能な機動で回避される。そこから、魔力が放たれる。避けることは難しくなかった。それどころか、接近する余裕さえあった。
逃避しようとするムールル、に一射。スラスタを撃ち抜かれたそれは、火を吹いて爆ぜた。
最早戦闘不能となったエスクは置いて、彼は引いていくムールルを追跡する。すると、巨大な機影が見えた。
「ムット……?」
疑問符を浮かべている間に、砲撃が行われた。当たりはしなかったが、何機か巻き込まれていた。
「やるしかない、ってことか」
増速。すれ違い様にラウーダを斬り裂く。魔力砲を撃ち抜く。ブルガザルノが一機来るものの、数度打ち合った果にコックピットが穿たれた。
さあムットを、という間合いに持ち込んだ。念のため背中の魔力砲を撃ってみれば、当たる前に霧散する。やはり障壁がある。ムットは応射しつつゆっくりと後退し始める。
(突っ込んでこない?)
ムールルを展開して弾幕を形成、飽くまで火力を押し付けようという魂胆であることはすぐに見抜けた。だが、そうすることが不可解だった。
(何か事情があるのか? まあ、何でもいいか)
装甲表面を掠める魔力の流れ。それを無視して一気に近づく。だが、踏みつけられた。
「そいつはやらせねえぜ」
「マイ・オッフ……!」
青いカラーのマイ・オッフ。その剣筋は、性能で勝るはずの芽吹をムットから引き離す。だが、一方的ではない。互いの装甲に僅かな切傷が刻まれていく。
逃げてしまえばいい、と冷静な思考が顔を出す。冬弥に任せればムットに集中することはできるだろう。しかし、しかし、だ。それをしてしまえばこの先一生、あの燃え盛る街で死んでいった人々に報いることができないような気もしていた。
結果、彼は真向から勝負を受けてしまった。時折発射されるロケット弾を機関銃で撃墜すると、それが産み出した爆炎の中を突き抜けて、マイが剣を振り下ろしてくる。どうにか弾いた、と思うと今度はもう片方の剣が胸を狙って上がってくるのだ。
芽吹は一気に後退し、一撃離脱に徹しようとする。然るに、マイの機体はリミッタが外されているのか、赫天に追随してくる。
(でも根競べならこっちが勝つはずだ)
接続器という存在。聞いた話によれば、帝国はまだ小型接続器の開発に成功していない。従って、時間切れという峻厳たる壁にぶち当たるはずだ。限界に近い性能を発揮させているのなら、猶更。
それでいいのか?──と復讐の獣が騒ぐ。正面から戦って勝ちたい。その欲求はある。奥歯を噛み締めて反転、相手の右腕を断った。そこからもう一度ターンして、腰背部のユニットに向けて腕部魔力砲を数連射。右側のスラスタを損壊させた。
それで諦めたのか、マイはムットに合流して、その背に乗る。
「メブキ、いい機体だ。だがこれまでだ。また会おう」
「この……!」
背部の砲を使おうとする。しかし、冬弥が諫めた。
「九一式に限界が来ている。基地も制圧した。帰投するぞ」
冬弥の機体は酷く損壊していた。右腕は前腕部の中程で切断され、左脚には穴が空いている。それ以外にも細微な傷が無数にあった。
「なんで、いつもそうやって止めるんですか」
「お前一人で先行して、帰ってこれると思うのか」
芽吹は答えなかった。
「冷静になれ。俺たちの目的は──」
「任務の達成。わかっています」
割り切れない。
「生き急ぐな。執着は後悔を生むぞ」
噛み切れない言葉を咀嚼しながら、芽吹は帰路についた。
格納庫で機体から降りた彼を、エリカが待っていた。
「新型はどう?」
「いい感じだよ。赫天なんて大仰な名前を貰った時はびっくりしたけど」
赫の字は、皇国を象徴するものとされる。国旗にも使われている赤は、永遠に続く栄光を意味し、国にとって特別に価値のあるものに対しては赫が与えられる。いわば、ある種の称号だ。
「いいじゃない、それだけ期待されてるってことよ」
「重いかな。僕は上の思うようなパイロットじゃない」
「マイ・オッフを撤退させたのに?」
「そうだね、それはそうだ」
隣を通り過ぎようとする彼の肩を、エリカが叩いた。
「ほら、ハイタッチ」
高く手を掲げる。それに、叩き合わせた。
◆
「面白い奴だったよ」
エスクに向かって、マイが言う。
「いやあ、このスピードで新型を出したんだ、どこか不調が出るんじゃないかと思ったが……メブキは運がいい」
「理解しかねます」
「君もこっぴどくやられたんだろう? わかるはずだ、あの機体はかなりのポテンシャルがある。そしてメブキはそれを引き出せる。最高じゃないか」
「メブキが優秀なパイロットであることについては同意します。アレは強い」
「ああ、トウヤにも並ぶよ。顔を見てみたいね」
パイロットルームの革椅子の上、彼は珈琲を飲む。
「かなり若いと思われます」
「うん。この戦争を生き残ったら一緒に飲むのも悪くない」
「相手が貴方のような狂人でない限り、そんなことは有り得ませんよ」
「そうかな? 戦争が終われば僕らは唯の個人だ。無用な喧嘩をする愚かしさは、彼にはないと思うね」
エスクは敢えて返答しなかった。訳の分からないことをまた言っているな、程度の感想しか抱かない。そんな慣れが、愛おしい。
「どうしたんだい?」
「少し、昔のことを思い出していました」
エスクは異教徒の産まれである。家族が軍属となれば公式には迫害を受けないとされるが、現場でそのような配慮が為されることはなく、軍学校に入った彼女はハーウ教徒からの陰湿な嫌がらせを受けた。その状況を変えたのが、マイだ。卒業を控え、エースになること確実と目された彼をバックにつけた彼女に、危害を加える者はいなかった。
「なぜ、私を救ってくれたのです」
「顔が好みだったんだ」
「いつもそうやって冗談を言いますよね。今度こそは真面目に答えてください」
「本気だよ。君のような美人が苦しんでいるのを放っておくわけにはいかなかった。それだけさ」
溜息を一つ吐きだして、彼女は立ち上がる。
「カムルのこと、どうなされるおつもりですか」
「言ったろう。養子にする」
「貴方一人で育てられないでしょう」
「なら、君が母になる?」
珈琲をもう一杯、という手がそこで止まる。
「僕と結婚すれば、君の家族も安泰だ。違うかい?」
「貴方は、本当にそれでいいのですか」
「聞き返す意味はないだろう?」
珈琲はまだ入らない。
「それに、君が戦場から遠ざかるというのなら、君の家族も嬉しいはずだ」
「嫌と言っているわけではありません。ですが……」
「わかった。ちゃんと言おう」
マイは立ち上がって、彼女を後ろから抱いた。
「結婚しよう」
「命令ですか」
「命令なら結婚してくれるのかい?」
「……喜んで」