曇天の中で、芽吹はムットを探していた。エリカと共に高度を上げ、的になるのも構わず索敵に注力する。
「速い反応が一。来たわ」
「了解、適宜援護を!」
言い残して飛び去る。次の出撃まで、と言葉が脳裏に浮かんでくる。首を振って消す。今は目の前の事態に対処するべきだ。
「お前がメブキだな!」
ハーマと名乗ったあのパイロットの、粗野な声が聞こえてくる。
「このムット、貴様など捻り潰してくれるわ!」
ムットは一瞬の内に機体を停止させ、真上を向く。反応が遅れた芽吹は、そのクローの間に挟みこまれた。
「これで、終いよ!」
腕部に内蔵された魔力砲が、その口を開く──その前に、彼は動き出した。クローの間から抜け出して、するりと背後に回る。剥き出しで脆弱なスラスタ。どうしたってそこは装甲化できない。
しかし、彼とてそれで勝ったと思ったわけではない。ムットは伸びきったゴムが縮むように姿勢を急激に変化させる。そこから、乱射しつつの突撃。過ぎ去った敵を見上げ、芽吹は急降下に移るのを待った。
来る。砲撃を最小限の動きで回避しつつ、ひたすら待つ。引き付ける。そして、反応不可能と思われる近距離まで接近したところで、スラスタを全開に。右腕を斬り裂いた。
「貴様はァ! 大人しく死んでいればいいんだよ!」
喚き散らす声を受け流しながら、芽吹は機体を反転させる。が、ムットの方が速かった。振り上げられた、左腕。肩のスラスタを使って機体を大きく回転させて、彼はどうにか避ける。
敵は慣性など存在しないような強引な動きで姿勢を立て直し、芽吹を腕の側面で殴る。グルングルンと回る機体の中で吐きそうになりながら、制御に集中する、芽吹。その魔力探知機は、更なる反応を捉えた。マイ・オッフ。
「また出てくる……!」
マスクの中で悪態をつく。魔力砲を三発。全て避けられる。わかりきったことではあったが、舌打ちは止められなかった。
高機動型の推力が乗った蹴りを喰らう。その反動で僅かに距離が空いた瞬間、それは剣を構えて斬りかかってきた。ある意味で、それは芽吹にとって好都合だったのかもしれない。ラウーダの剣であれば安心して受け止めることができる。ムットもフレンドリーファイアを考えて撃てないでいる。
「失敗だなあ、マイ・オッフ!」
言い返してみる。
「どうかな、それは!」
刺突を受け流し、斬り返す。左の剣を弾き飛ばした彼は、その勢いのままコックピットを狙う。だが、ムットが体当たりを仕掛けたことで、再び劣勢に立たされた。
ムットの加速をもろに受ければフレームにダメージがいく。それは前回の戦闘でよくわかっていたが、避けようがなかった。
鳴り響くアラート。後数十秒で機体はバラバラになる。しかし、フッと楽になる。どういうんだ──そう思ったのも束の間、次なる衝撃に襲われる。頭を動かせば、左腕を掴まれていた。
「吹き飛べ!」
その一声に応じるように、魔力砲から灼熱の赤光が放たれた。それでも、芽吹は諦めてはいなかった。元より刀で生き抜く他ない身だ。射撃には、頼らない。いや、頼れない。
解放された瞬間、芽吹機は反転。頭に刀を突き刺した。そこから一気に斬り落ろそうとすれば、マイの剣が飛んできて、頭部まであと数センチというところを過ぎていった。
それを無意識に目で追ってしまった。それがミステイクだった。一方で、幸運は彼を見放していなかった。目の良さが命取りになりかけた時、エリカの援護射撃がマイの動きを封じたのだ。
「優秀な仲間がいるじゃないか、ええ!? メブキ!」
マイは進路を変えて、高度を上げる。狙いは明白だ。
「エリカは、逃げて!」
「何よ!」
つい名前を呼んでしまった。戦闘中は呼出符号での会話を徹底しなければならないというのに。
そんなことは置いておいて、彼は戦場に集中する。ムットが突撃を──と思えばそのまま過ぎ去っていく。艦隊を狙うのか、撤退するのか。それを判断する時間はなく、彼はとりあえずそのスラスタに向かって徹甲榴弾を撃った。
命中は、した。だが四基あるスラスタの一つを無力化しても、一〇式では追いつけないスピードだ。
「こちら一番。後はこっちで引き受ける。お前はマイを止めろ」
「了解」
エリカは不得手な近接戦闘に四苦八苦しているようだった。だが、性能というアドヴァンテージもあって、四肢を奪われるようなことにはなっていなかった。
「来たかよ、メブキ!」
拡散魔力砲。掠ることもなく、回避した。機関銃とマルチランチャの引鉄を同時に引きつつ、急速に接近する。マイはその視線を既に芽吹に移しており、それらが有効打となることはなかった。
だが、こうして対峙する度に芽吹は相手の戦士としての実力差を感じさせられる。背後からの射撃すら予測しての降下だ。原理は理解できる。魔力探知機の感度を上げ(この際当然ながら索敵範囲は狭まる)、魔力砲のほんの僅かな予備動作を捉えて回避行動を起こすのだ。
そんなことをする余裕と自信は、芽吹にはない。決して死なないと思っているからこそ、いや、死ぬことすら受け入れているのかもしれない。その上で、己の限界に挑み続けている。マイは強い。一人、彼は静かに頷いた。
何度か打ち合う。コックピットを狙った刺突を半身で躱し、逆に伸びきった腕を斬り落とす。
「これで武器が減ったな!」
「やる!」
何故だろうか、芽吹はこの相手に好感を覚えていた。怒りと憎しみを忘れたわけではないが、一人の戦士として評価すると同時に刃を交えながら通じ合っているように思えるのだ。
「思い出したよ、碧海島」
肩部連装砲で弾幕を形成しながら、マイが言う。
「逃げる市民をこの武器で消し飛ばした! 数え切れないほどに!」
「貴様はァ!」
逃げようとするマイに、彼は追い縋る。徹甲榴弾が右翼を破壊する。
「君と僕は同じだ! 家族を奪われ、帰る場所を奪われ! 結果、戦場にしか身を置く場所がない存在!」
「一緒にするな!」
「一緒だろうよ、だからこそこうして理解し合える!」
「黙れ!」
口先では否定しながらも、図星だった。図星故に、認めたくない。
スティックを震える手で握っていると、更に接近する反応があった。エスクだ。
「お前もかよ、来るな!」
機関銃のトリガーを引くと、ちょろっと弾丸を吐き出した後に警告が発せられた。弾切れだ。
だが、エスクは積極的に攻撃をする意思を見せなかった。ならば、と芽吹は仕掛けるものの、相手はヒラヒラと舞って逃げるばかりだ。斬撃も盾で受け流され、逆にその裏にあるランチャの射撃を受けた。被弾こそしなかったが、あくまで撤退の支援だ、と言わんばかりの態度だった。
「残念だが、この機体ではお前を殺せん……震えて待つといい、我々はその機体を越えてみせる」
彼女はそう言い残して反転。マイを追った。
「五番から六番へ。補給に戻った方がいいんじゃないかしら」
「そうだね、そうするよ」
ひとまず、二人は戦場を後にした。
◆
「赫灼騎兵というのは、ある種のリミッタだ」
珈琲の注がれたカップを持ちながら、マイがエスクにそう言った。
「人の持つ魔力はばらつきがあるし、単独では生まれ持った魔導式に対応した魔術しか使えない。だが、赫灼騎兵のような、魔導式で構築された兵器を使えば、その力を同じレベルで均すことができる。一定の魔力があれば、誰でも同じ効果を得られるわけだ」
「しかし、それは才能ある個人を潰すことにもつながります」
彼女はそう言うと、水を一口飲んだ。
「人間の持つ魔力が赫灼騎兵レベルの魔導式に影響することはないさ」
「実体験ですか?」
「ああ。一度試したことがある。抽出器を起動しないで機体を動かそうとしたけど、一瞬で止まったよ。お蔭で死にかけて、こっぴどく叱られた」
「貴方は時折愚かな一面を見せますね」
「昔の話さ。あの頃は無茶をよくやった」
「ラウーダで新型に立ち向かうのも十分無茶と思いますが」
「聞かなかったことにしよう」
マイは珈琲を飲み干す。
「いいパイロットが何人も死んだ」
彼は少し遠い目をする。
「ムットのような兵器がそれを補えるかはわからないけれど、アレはパイロットを潰す兵器だ。主流になってほしくない」
「私も、それは聞かなかったことにします」
微かに笑う合う。
「さて、僕はカムルの様子を見てくるよ。君は?」
「あの子に用事はありませんから。ここで待っていますよ」
悪いね、と言ってマイは去った。残されたエスクは、紙コップに入った水を眺める。
(あの人がカムルに執心するのは理解できる。同情に値する境遇だもの)
水は重たい顔を映す。
(でも、帝国系とは言っても敵国の人間よ。信じる価値なんてない)
エスクの父は戦死した。それ故に彼女は皇国を憎んでいた。そんな人間は吐いて捨てるほどいる。無論、そうやって傷を癒し合える仲間と出会えたという点に於いて、ある種の幸運に恵まれてはいた。だが、増幅された憎悪は心の中心で蜷局を巻いて動こうとしない。
畢竟、それを正当化ばかりして己の心を自ら凍結させてしまっていた。
(もしあの人の心を惑わすなら──)
コップをテーブルに置いて、立ち上がる。腰には、拳銃があった。