「例の新型──ムットだったか。アレをどうにかしない限り艦隊に被害が出続ける」
ミーティングルームのディスプレイの前で、冬弥が言う。
「俺たち全員で当たるか?」
浩二が腕を組んだ姿勢で問う。
「一〇式が勿体ないよ」
と言うのは優子。
「アタシたちは相手の前線に穴を開けるのが役割だ。新型に割くのはワンペアが限度じゃないかい?」
「となると……芽吹とエリカか」
冬弥の重々しい一言は、隊員たちを頷かせた。一度相対した者が担当するべきだ、という認識は共有されていた。
「撤退に追い込めばいい。無理はするな」
「引き付けろ、ってことですか」
芽吹が真剣な目で質す。
「そうだな。これは俺の私見だが、アレは何らかのタイムリミットが存在する。そうでなければ、わざわざマイ・オッフが回収に来る理由がない」
「稼働時間が短い、ということですか?」
「いや、パイロットの限界だろう。戦闘データから解析した結果、アレの方向転換の際に二十五Gの負荷がかかっていることがわかった。常人には耐えられないそれをどうにか受け止めるために、どこかで無理をしなければならない。つまり──」
「パイロットの強化」
エリカが言った。
「そうだ。あの大きさで接続器を搭載しない理由もないからな。だが、あくまで俺個人の推測だ。あまり当てにしないでくれ」
「俺は信じるね。お前の言うことは外れねえからな」
浩二が堂々と言い切ったのを見て、冬弥は少しばかり頬を緩めたように、芽吹には見えた。
「ありがとう。……芽吹、エリカ、任せたぞ」
指名された二人は顔を見合わせて、覚悟を決めた。
「任されました」
「頼む。次だ。我々は──」
ミーティングが終わって、部屋を出た芽吹とエリカは図らずも並んだ。
「戦法、思いつく?」
エリカが前を向いたまま訊いた。
「弱いところ、例えば砲口とかに撃ち込めばダメージは与えられると思う。後は、流石に太刀の攻撃を完全に防ぐなんてことはできないんじゃないかな。無敵じゃないよ、アレは」
「だといいのだけれど」
「不安?」
「そうね。ああいうの、今まで見たことがないから」
建物の外に出る。風は冷たくなって、青い服の二人に向かってくる。自動販売機で缶珈琲を買って、ベンチに座る。
空を見上げる芽吹。そこにあるのは、爽やかな秋晴れ。取り戻した空。守るべき空。そして、無慈悲な空。
ヴァーティゴというものが自分にも襲い掛かるのではないか、と彼は恐れてみる。詳しい原理はまだ判明していない。故に、いつ牙を剥くかもわからない。
(死ぬなら……)
戦って死にたいか、訳の分からない現象に襲われて死にたいか。ラウーダの剣に斬り裂かれるか、魔力の奔流に飲み込まれるか。ムットに押しつぶされるか。答えは出ない。
死にたくない、というのは前提だ。目的がある。マイ・オッフを討ち取るまでは、どんな屈辱を味わってでも立ち向かい続ける所存だ。だが、少し弱気になってしまうこともあった。
思考の軸を変える。
ムットのような兵器を何と呼称するか、という話題もミーティングで出た。赫灼騎兵はその定義上人型であることを求められる。では、そこから逸脱したものはどうなのだろう。便宜上機動兵器という総称を与えたものの、公式なものではない。上のネーミングセンスが問われるな、と彼は思うのだった。
「深刻なこと?」
「いや……何でもないよ。下らないことだ」
エリカに問われて、彼はその場しのぎ的にそう答えた。
「その、謝りたいことがあるの」
「何かされたっけ」
「ヴァーティゴになった後、すぐありがとうって言わなかったこと」
「いいよ、気にしてない」
「ホントはね、降りた時に言いたかったの。でも……情けなくて。もう、飛べないんじゃないかって思って。それで、泣いちゃったの」
「それは知ってる。目が真っ赤だったから」
「素直じゃない女は、嫌い?」
「別に……そういう拘りはないよ」
チラリ、視線を横にやると頬を赤くしたエリカが俯いていた。
「大切なのは、時間をかけたかどうかじゃない。結果だよ。最終的に伝えられたなら、過程はさして重要じゃないと俺は考えてる」
「いいこと言うのね」
「今でっち上げただけだよ。いつもこういうことを考えて生きてるわけじゃない」
「でも、少し楽になったわ。ね、こっち見て」
それに従った芽吹は、唇に暖かい感触を覚えた。
「これって──」
「好きよ。一緒に生きましょう」
震える瞳を、彼は見た。
「……時間が欲しい」
逃げるように目を逸らしながら彼は言う。
「嫌いなわけじゃない。ただ、こういうの初めてだからさ」
エリカも、同じように顔をそっぽに向けて立ち上がった。
「次の出撃が終わるまで待つわ。もしそれでも何も言わないんだったら、背中から撃つ」
「冗談きついよ」
「本気よ」
返事を待たず、彼女は歩き出す。残されて、芽吹の行き場所は格納庫しかなかった。
足場の上、機体の前で手すりに凭れる。
「あ、大原少尉」
菱形が声を掛けてきた。
「お疲れ様です」
「うん、そっちもお疲れ」
「調整ですか?」
「そういうわけではないんだけど。ただ、見たくなっただけ」
菱形は小柄だ。芽吹と並ぶと、肩のあたりに頭が来る。
「遠島少尉とはどういう関係なんですか?」
突然すぎる質問と先程までの状況が、彼の心を揺さぶった。
「ただの同期だよ」
なるべく目を見ないよう、機体を見上げながら言う。
「じゃあ、私にもチャンスありますか?」
「チャンスって?」
「もう、わかってくださいよ」
恐る恐る視線を動かすと、はにかんだ菱形がいた。
「……好きにしなよ」
恋愛というものが、どうにも解せない芽吹。正確には怖いのかもしれない。守れる力があることを確認して、人と繋がる恐怖はいくらか薄まった。だが、愛するという行為だけは踏み出せないでいた。
「見ちゃったんです」
「見た?」
「キスしてるとこ。あそこ、格納庫の休憩室から見えるんです」
「恥ずかしいな」
「だから、付き合ってるのかなって」
「言ったろ。同期だよ、それ以上のことはまだない」
「”まだ”?」
その問い返しに彼は言及しないでおいた。
「機付長は俺のどこを見て、その……」
「多分、最初は憧れだったと思うんです。私、魔力が足りなくてパイロットになれなかったから」
「憧れ……」
「はい。年下に言うのも変ですけど。なんていうか……手を伸ばせば届くかもって思っちゃったんですよ」
安い、と言われているような気がして芽吹は目を伏せた。
「別に少尉が簡単に手に入る男だとは思っていませんよ。でも、夢くらい、見てもいいじゃないですか」
「俺は大した男じゃないよ」
「任官から一年でエースですよ、期待の星じゃないですか」
「そうかもね」
あまり否定するのも嫌味な気がして、彼はそれ以上のことを言わなかった。
「じゃ、私は脚の方のチェックをしてきます。調整するなら一声かけてくださいね」
梯子を下りていく菱形を見て、芽吹は面倒なことをするな、という感想を抱いた。魔術が使えるのなら、簡単に飛び降りてしまえるのに。
「頼むよ、一〇式」
何も言わない愛機を見上げて、そう呟いた。