南下する皇国艦隊は、敵魔力探知機の索敵範囲に入った。先んじて確保された橋を歩兵部隊が渡り、その上を赫灼騎兵が飛ぶ。黒鷲隊はその先鋒を担っていた。
「一番から各機へ。我々は敵航空戦力を徹底的に叩く。抜かるなよ!」
「了解!」
同時に上がった声。
「散開!」
黒鷲隊は二機一組に別れて、各々の敵を相手取った。
「五番から六番へ。エース部隊らしいところ、見せるわよ」
「背中は任せたよ」
四機の高機動型が編隊を組んで襲い来る。機関銃の弾丸を軽くいなし、芽吹は一気に距離を詰める。まず魔力を相手の砲に叩き込んで一機。その爆発で少し体勢を崩した敵を斬り裂く。背後を取られるものの、エリカがそれを消し飛ばす。残った一機は自棄になったのか正面から突撃してきた。引きつつ撃ち、撃墜。
「高機動型も、怖くないわね」
「油断すると足元を掬われるよ」
恐らくエース以外にも行き渡ったのだろう、と芽吹は推測する。マイやエスクのような性能をフルに引き出せるパイロットでなければ、機動力偏重の機体は扱いにくい。防御偏重だったラウーダから乗り換えたのならば、況や。
そこで、自分は一〇式を百パーセント活用できているか、と自問する。自答はしないが、兎に角前を向いた。
眼下の戦場。榴弾砲が帝国の歩兵を蹴散らし、ラウーダがそれを蒸発させる。そういうことが繰り返される。一方的に敵を殺せる兵士などいない。常に、殺されるリスクが存在する。一〇式という存在がそのリスクを多少なりとも軽減させることを願って、彼は前進を続けていた。
今回の上陸は、沿岸の都市の確保に焦点が当てられている。その前に展開した敵部隊の撃滅が、攻撃部隊の役割だ。翠南島と昇陽地方からの同時攻撃は敵を混乱させてはいたが、戦力が二分されているという意味では皇国も同じだ。速い方が勝つ、と冬弥は言っていた。
考えつつも魔力砲を回避し、また撃墜した。
「この調子だと、この任務楽勝なんじゃない?」
エリカが舐め腐ったことを口走る。
「油断は禁物だって言ったろ」
空は晴れ渡っている。だがどうにも気分は曇っている。約束をしたあの子のような存在が、敵にもいたのではないか。
(帝国は潰すんだ。そうだろ)
再確認をしている彼の耳朶を、悲痛な叫びが打つ。
「こちら白鳥二番──新型──増援──うわああ!」
断片的な通信だが、言わんとするところは理解できた。
「エリカ、聞いた?」
「ええ。座標は割り出したわ。向かいましょう」
一時の方向。魔力探知機に、一際大きな反応が映る。
「なんだ……?」
赫灼騎兵一機分の大きさがある前腕。角ばったベースに備え付けられている、人間で言えば胸部に当たる部分には、ラウーダの上半身が取り付けられている。その巨大な物体が、猛スピードでこちらに向かっているのだ。腕部を巧みに動かして正面の敵を片っ端から射撃──いや、砲撃している様子は、悪魔的だった。
エリカが射撃を行うも、敵機に当たる前に霧散する。
「障壁がある。接近戦を仕掛けるしかないわね」
「アレに近づく? 冗談じゃない」
「でも、九一式じゃもっと無理よ」
「……六番から一番へ。敵の新型を確認。そちらに注力したいです」
「わかった。そうしろ」
どうにか追い縋ろうと芽吹はスラスタを全開にするが、離されていくばかり。新型はその勢いで戦艦にクローを突き立て、密着状態から魔力砲を放った。爆発、撃沈。
「戦艦の装甲をああも簡単に貫くなんて……」
エリカの感嘆と恐怖の混ざった声が聞こえてくる。
「遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ! このハーマ・スグフのムットの実力は、この艦隊など簡単に打ち崩す!」
ゆっくりと浮上したムットは、中央ユニットの連装砲と、腕部に内蔵された砲を一斉に放つ。避け損ねた九一式が、その赤い光に飲み込まれて散った。
戦艦がその主砲の沈黙を破る。だが、通らなかった。それでも、接近する時間はあった。
「次はお前だ、黒鷲隊!」
振り下ろされたクローを、芽吹は受け止める。互角、いや、僅かにムットが優勢。戦艦クラスの大出力に支えられた魔力コーティングは、一〇式の太刀に少しずつ食い込んでいく。そして、折った。
素早くそれを投げ捨て、彼は徹甲榴弾のトリガーを引く。連装砲の片方を潰す。頭部機関砲。これは意味がなかった。ラウーダ譲りの装甲、ということだ。
一旦離脱を、と思った彼に、ムットは体当たりを仕掛ける。その加速は、一〇式のフレームが悲鳴を上げるほどだった。アラートがヘルメットの中で鳴り響く。どうにかこうにか推力を偏向させて抜け出せば、敵はそのまま過ぎ去っていった。
少し離れたところで、急停止からの百八十度回頭。鋭角すぎる動きだ。
「斥力発生装置……なのかな」
「多分そうね。力場の発生を確認してる」
ムットが迫る。が、横から入ってきた太い光線がその左腕を奪った。鳳凰級の奥の手、艦首大型魔力砲「赫耀」。船の動力の四十パーセントを一気に解き放つ、ある種の禁じ手だ。
「邪魔をしやがってえ!」
広域チャンネルで叫ぶハーマの声は、戦場の誰にも届いていた。乱射しながら突っ込み、残った腕で艦橋を破壊する。その上から更に砲撃を加え、完膚なきまでに叩きのめした。
「ハァ、ハァ、わかってらあ、俺は、俺はああ!」
ムットは不自然に震え始めた。
「仕掛ける!」
芽吹はそう言い残して飛んだ。至近距離からの射撃なら、あるいは──その希望的観測に基づいて、障壁の内側に飛び込む。
「近寄るなあ!」
振り抜かれた腕に弾き飛ばされるも、めげずに立ち向かう。右腕を奪ってやらんというタイミング。急接近する反応。すぐに衝撃。視界には、青。マイ・オッフ。
「メブキ、また会ったね」
「この……!」
「残念だが今日は君の相手はできない……次の戦場を楽しみにしているよ」
マイがムットに触れると、その振動が収まった。そして、一気に加速して飛び去った。芽吹は魔力砲を向けるものの、近づいてきた冬弥に制止された。
「刀を交換してこい。その状態で居座られても邪魔だ」
「……了解」
こうして、皇国艦隊は幾らかの損害を出しつつも橋頭堡の確保に成功したのだった。
◆
ムットのコア・ユニットは、ラウーダの上半身を転用している。そこから引きずり出されたハーマは、坊主頭の若い男だった。
「戦艦三隻。十分だね」
それを見たマイは穏やかに言った。
「耐Gの薬理強化は成功です。カムルの齎したデータのおかげですよ」
白衣の医者が言う。
「心は痛むけどね。ただ、精神に問題が出ているんだろう?」
「ええ、高揚しているようでした」
「落ち込むよりはいいさ」
ハーマは立つこともできず、担架に乗せられて運ばれていく。
「次に出撃できるのは?」
「最短で二日後です」
「それまではラウーダで新型を抑えないといけないのか……嫌になるね」
翠南島の陥落を受けて、大望地方には増援が派遣された。数だけなら、皇国と対等であるとマイ自身評価している。だが、敵の新型の存在が頭痛の種だった。
「ハーマ、長生きできそうかい?」
「保って後五年でしょうね」
冷徹とも言える態度だ。
「嫌だね、戦争は……」
早速ムットの修理が始まっている。金食い虫、というのがマイのムットに対する評価だ。戦艦を容易く沈める攻撃力、戦艦の主砲ですら射抜けない障壁による防御力、赫灼騎兵を寄せ付けない機動力。確かに性能は完璧だ。だが、パイロットの管理に、劣悪な整備性。それらがこの基地に重く伸し掛かる。
結果、赫灼騎兵十二機分の製造コストと六機分の整備コストを当然の顔をして喰らうこの怪物の有効な活用法を上に求めるのであった。
その返答は簡潔なものだ。単独での性能を活かし、一撃離脱を行え。それだけだ。だが、この世に完璧な兵器など存在しない。近接の間合いに持ち込まれた場合、特に背後に回り込まれた際の対処能力が著しく低い。針鼠のような対空砲火が可能であればまた変わってくるが、そういうわけでもない。
接近させない、という戦い方が主となる。彼はそう判断する。実際、先程の出撃はそうしていた。
一つ評価するべき点があるとすれば、革新的な技術は一切採用されていないという点だ。ただ既存の技術に大出力を掛け合わせただけ。つまり、試作兵器ではあるが信頼性は担保されている。
「隊長」
とエスクが背中から声を掛けた。
「講評の時間です」
「ああ、そうだった。あまり好きじゃないんだよ、揚げ足を取るようで」
「長たる者の義務でしょう」
「反論できないね、そう言われると」
戦果と損害を確認し、次の出撃に向けての反省会。それを講評と呼んでいた。
「こちらの新型は、配備計画が立ったのかい?」
廊下を歩きながらマイは問うた。
「いえ。噂も聞きません」
「あんなデカ物を作る余裕があるなら、ザヘルノアの新型くらい作れるものだろうに」
「隊長──」
「わかってるさ。これは僕と君との間だけの秘密だ」
扉を開くと、待っていた隊員たちが立ち上がって敬礼を送った。