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一〇式、出撃

 一〇式。黒鷲隊が受領した、新型機の名である。主翼を廃し、斥力発生装置のみによる飛行を可能としたのは、胸部に搭載された小型接続器である。惑星の魂から直接エネルギー供給を受けるこの機体は、実質的に稼働時間が無限となっている。


 彼らの乗る機体の右肩は黒く塗装され、部隊の正式な名称である一〇八飛行隊を表すマーキングが施されている。


「先行する部隊からの通信は途絶……エースがいる」


 戦場に向かう芽吹は、コックピットの中でそう呟いた。


「魔力パターン照合……マイ・オッフにエスク・カジャハッヂ! 今度は逃がさない」

「落ち着きなさい」


 その背後には、背中に二門の魔力砲を装備したエリカ機がついている。


「焦ると死ぬわよ」

「わかってる」


 機種転換訓練中、敵の魔力反応を検知した軍令部は、近い空域を飛行していた芽吹とエリカに邀撃を命じた。新機種に慣熟していないパイロットを向かわせるというのははっきり言って異常だが、それほどまでに事態は切迫していた。


 機体の魔力探知機は正確な機体の数を伝える。十二機。九一式なら絶望するところだが、一〇式ならあるいは──という見立てを彼はした。


「背中は任せなさい。それじゃ、また後で」


 遂に敵を視認した。芽吹は増速し、レバーを握る手に力を込めた。


(敵は全部高機動型か……)


 抽出器の出力は数字で知っている。敵のものも、自分のものも。その上で断言できる。一〇式のパワーは、高機動型の比ではない。


 事実、真向から斬り結んだラウーダはそのまま押し切られ、真っ二つになった。


「やらせないよ!」


 マイが迫る。


「お前はァ!」


 苛立ちと共に刀を振り抜けど、当たらない。沈み込むような動きをしたマイは、下から攻撃を仕掛けた。一方の芽吹もそれを見越して、逆噴射で後退した。


 マイは力比べを避けている、と彼は悟る。彼自身が高機動型との戦いで一撃離脱を選んだように、マイもまた、正面からの押し合いを択ばず味方の援護射撃の中で逃げ回るように動いていた。


 それなら、と彼は機体を上昇させる。上から一方的に撃ち込んでくるラウーダ。離れようと旋回しているところに急接近し、一刀の元に両断した。


(勝てる)


 確信。関節が思惟に追従しないあの感覚もない。全てが意のままだ。


(勝てる!)


 機体を潰すつもりで立ち向かわなければならなかった高機動型を、一方的に殺せる。その喜びは全能感となって彼を高揚させた。追いかけてくるマイも、グングン離れていく。エリカの行う三門一斉射が目の前の戦果を掻っ攫う。それでよかった。ただ、本当の翼を得たのだと実感できるだけでよかった。


 斬りかかってきた敵の右腕を切断し、蹴り飛ばす。フラフラと踊ったところに魔力砲。射撃も安定してきた。砲身が短くなったことで射程は落ちたようだが、彼の間合いでは問題にはならない。


 ラウーダたちは高度を上げようと動く。それを刈り取ろうとすると、通信が入った。


「追撃は無用だ」


 冬弥の声。


「なんでです! 今なら叩けます!」

「上からの指示だ」

「……了解! 帰投します」


 展開していた十二機の内、二人が撃墜したのは五。半分近い打撃を与えたことでどうにか納得しようと彼は努めた。


「変だと思わない?」


 帰路についたエリカが言った。


「あの建物が何なのかも教えられてない。何かまずいことに関わったのかもしれないわね」

「こんなところまで侵入してきたってことは、戦略的に価値のあることなのかもしれないけれど……そういう風にも見えないね」

「そうよ。ちっちゃな建物一つ、壊せばいいのにそれもしなかった。奇妙すぎるわ」

「重要なのはアレの中にあったものなのかも」

「例えば?」

「秘密の研究所、とか」

「冴えてるわね。つまり、あの艦隊は何かしらの研究成果を横取りするために送られたってこと?」

「うん。どんな研究なのかまではわからないけど」

「隊長に問い質さないと。何も知るな、じゃ我慢できないわ」


 しかし、彼らを出迎えたのは


「俺も知らん」


 という一言だった。


「そんな……」


 次の言葉を紡げない芽吹に、冬弥は更に付け加える。


「知ろうとするなら消されるだろうな」

「名前、施設の名前くらいは──」

「やめておけ。組織というのはそういうものだ」


 飛行服で立ちっ放しの二人を置いて、彼はどかりと座る。


「関連するかはわからないが、暫く前にあの施設と同じ座標から飛び立つ九一式の反応が確認されている。飛行計画に存在しないものだが、一切追跡は行われていない……命が惜しければこれ以上のことは追及するな。お前たちは訳のわからない敵を撤退させた。それで十分だ」


 承服しかねる、という視線を二人は送るが、彼はあまり気にしていない様子だった。


「今回の戦果で一〇式の性能が証明された。俺も安心して乗れるというものだ」


 明らかに話題をすり替えるそのセンテンスも、二人を不快にさせた。


「ゆっくり休むことだ。近く大望地方の奪還に入るからな」


 翠南島と昇陽地方からの同時攻撃によって、皇国は電撃的に大望地方を取り戻す腹積もりだ。


 冬弥は立ち上がる。


「我々は紅雀と合流し、南下。奪還作戦の先鋒を担う。心してかかれ」


 敬礼が為されたのなら、返さない道理はない。軍人として本能に刻み込まれたような行動だ。


 冬弥が出て行った部屋の中で、二人は言い難い沈黙を味わっていた。


「嫌ね」

「うん」


 隠し立てをされていい気分はしない。だが、冬弥の言い分も尤もだ。全てを明かすことが必ずしも組織を維持することに貢献するわけではない。結局自分は末端なのだ、と芽吹は自嘲気味に立つことしかできなかった。


 チャイムが鳴る。昼食の時間だ。


「行こう」


 小さく言って、回れ右をした。


「一〇式ってのはレスポンスがちげえんだよ」


 右手に箸を、左手に紙束を持った状態で浩二が言う。食堂での出来事だ。


「関節の摩擦が軽減されて、反応速度が大幅に向上してる。だから、九一式よりずっと俺たちの思考に従順だ。いや、敏感って言った方がいいか」


 言いながら、彼は箸をくるりと回す。


「振り回されんなよ」

「食事時は食事に集中しろ」


 窘める冬弥だが、そこにあまり重みはなかった。


「数値にすれば三十パーセント……大きいぜ、これは」


 今日の昼食は蕎麦。彼は黒い麺を啜る。


「んでよ、そこにスラスタのパワーが八十パーセント向上してるってことを考えると、高機動型と打ち合えば真正面から勝てるわけだ。ま、それはお前らが証明してくれたんだけどよ」


 芽吹とエリカに向けて口角を上げる。


「敵も新型を投入してくるでしょうか」


 芽吹が何気なく言う。


「来るな。そう遠くないうちに」


 浩二は限りなく確信に近い推測を以て答えた。


「だが、敵は一つ致命的な問題を抱えている」


 と冬弥。


「翠南島を占領した時点で既に攻勢限界に達していた。つまり、疲弊しきっているわけだ。そんな奴らにアジャイルな機体開発ができるとは思えん」

「高機動型なんてものを出すんだ、相当難航しているんだろうね」


 一足先に食べ終えた優子が付け加えた。


「そうだな。既存機体のバージョンアップで茶を濁さなければならない事情が、奴らにはある」

「九一式で勝てないんじゃ、茶を濁すなんて言葉じゃ足りませんよ」


 そう言う芽吹も食事を完了した。


「九一式は、順次スラスタを一〇式と同等のものに換装するらしい。接続器は起動できないパイロットが大半を占める以上搭載しないらしいが、そのスペースにサブの赫灼石を搭載して稼働時間を延長する、とも聞いた」

「つまり、高機動型並みのパワーを持った機体をハイペースで用意できるってわけだ。撃墜数争いが加速するな、こりゃ」


 浩二は箸を高く飛ばして、キャッチした。


「こうなりゃラウーダはカモだぜ。マイ・オッフだって長生きできるかわからねえな」

「マイは死にませんよ」


 芽吹は反射的に言っていた。


「すぐに対処法を考えて行動に移していました。アレは……強いですよ」

「へえ。楽しみだぜ」


 動きを制限しつつの一撃離脱戦法。マイは以前から一〇式のことを知っていたのではないか、と芽吹は思う。だとすれば、敵は新型を迅速に開発できる、ということにも思い至る。


「敵の新型がいつ出るか、賭けようぜ」

「俺のいないところでやるんだな」


 冬弥はそう言って席を立った。


「機体の調整をやっておけよ。死ねば後悔のしようもないからな」


 どうしてか、芽吹はその背中を見ていた。そして、追いかけた。


 廊下に出たところで、並んだ。


「なんだ」

「隊長のこと、何も知らないなって思いまして」

「……妻と、娘が二人、息子が一人いる」


 唐突な言葉に置いていかれそうになりながら、芽吹はどうにか食らいつく。


「おいくつでしたっけ」

「三十四だ」

「いつまで現役でやっていくおつもりですか?」

「どうだろうな。中佐になれば浩二に隊長を譲ることになるかもしれん」


 カツンカツンと歩き、少し笑いながら冬弥は言う。


「だが、飛びたいとは思っている。なるたけ長くな」


 そう言われて、芽吹は空への思いというものについて考えた。軍に入ったのは食っていくため。空を飛ぶのは復讐のため。では、それを果たしたら? 答えはまだ暗雲の中にあった。


「お前は何がしたい?」

「俺は……」


 窮した彼は、目を逸らした。


「若いからな、悩みもあるだろう。上手く生きろよ」


 上手く。上手くとは、何か。正面から受け止めるには少し重い言葉だが、彼は黙って流し込んだ。


「エリカとはどうだ」

「まあ、仲良くやれてるとは思います」

「ヴァーティゴになったと聞いた時は肝を冷やした……だが、お前の助けで生き延びたらしいじゃないか。ありがとう」

「隊長が感謝する理由なんて──」

「部下の死は俺の責任だからな。ならば、部下の生存も俺の責任だ」


 そんな簡単な原理原則に行き着かなかったことを、芽吹は若干恥じた。


「隊長は、マイ・オッフと因縁があるのですか」

「互いに部下を殺された関係だ。だが、どこの誰ともわからない奴に殺されるなら、それでもいいと思っている。いいか、芽吹、視野狭窄には陥るな。マイはお前を狙うかもしれないが、俺たちは兵士という戦闘単位に過ぎない。必要なのは任務の目的を達することだ。復讐を成し遂げることではない」


 それでも、と言いかけた彼を無視して、冬弥は進んでいく。寂しく思えて、拳を握った。

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