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翠南島上陸作戦

「出撃地点に到達。各機、発進してください」


 コックピットの中で、芽吹はオペレーターの声を聞いた。


 三機が納まる格納庫の中から、カタパルトに向かって歩く。シャトルに足を乗せる。


「魔力チャージ中。後四十二秒」


 この時間はどうにももどかしい。遠くに既に出撃した機体の姿が見える。


「チャージ完了。射出タイミングをパイロットに譲渡」

「大原芽吹少尉、九一式、出ます!」


 機体の速度は数秒間で時速三百キロに達する。放り出されてから、翼を展開。早朝の青空に飛び立った。背後の鳳凰級が、ぐんぐんと離れていく。


 すぐに後ろからエリカ機が接近してきた。


「六番へ。援護につくわ」

「ありがとう」


 受け答えをしながら、芽吹は地図を見る。作戦通りに進行しているのであれば、先行する対地攻撃部隊によって対空砲は潰されているはずだ。後は上がってくるラウーダを叩けばいい。


(とはいえ、数があるからな……)


 西部諸島を抑えたことで赫灼石を大量に入手した帝国は、ラウーダを急ピッチで増産しているという。六十機の九一式でその軍勢に対抗し得るかは、今のところ神のみぞ知るといったところだ。


 魔力探知機の反応を窺う。多すぎて、一つの大きな塊になっている。苦笑。


 魔力砲の射程に敵を捉える。エリカ機が紅い光を放った。散開する敵機。太刀を握り、芽吹機は増速した。


 シールド内ランチャでの迎撃を高度を上げて躱し、急降下。盾を踏みつけ、その反動で再度上昇。すれ違い様に一機を斬り捨てる。その間にエリカが踏んづけられた敵機を墜とした。


「速いのがいるわ!」


 その声を聞いて、探知機を見る。なるほど、群れから飛び出したのが一機。


 緑の高機動型が、真っ直ぐ向かってくる。エリカからの援護射撃も意味を成さず、あっという間に近接の間合いになった。何度か斬り結ぶ。今の彼の任務は、上陸部隊が安全に接岸できるよう、航空戦力を削ぐこと。一機に執着している暇はない。とにかく数を減らさねばならないのだ。


 だが、高機動型はそれを許さない。芽吹は頭部機関砲で相手の魔力砲を狙うが、むしろそのために離れたことが周囲からの砲撃を招いてしまった。舌打ち。


 苦し紛れに蹴りを繰り出す。状況は好転しない。頭の上を通り過ぎただけ。伸びきった脚を危うく斬られるところだった。


(使うしか、ないか!)


 歩兵への火力支援のためにとっておきたかった、徹甲榴弾。だが、今墜とされては元も子もない。少しばかり距離を取って、トリガーを引いた。高速で飛翔するそれは高機動型の頭部に突き刺さり、爆ぜた。視界を喪失した僅かな間隙を突いて、胸を刺す。ようやく、勝てた。


 残り魔力量を見る。八十二パーセント。問題ない。一度深呼吸。


「六番から五番へ。前進する」

「了解。背中は任せて」


 時折行われる、艦砲射撃。それに飲み込まれたラウーダが哀れにも塵と化す。同情をしている余裕はない。一刻も早く、敵航空戦力を壊滅せしめなければ。


 三機のラウーダがフォーメーションを組んで襲い来る。一機の斬撃を受け流していると、別の一機が射撃を。残った一機は背後に回ってくる。


 包囲された時、選択は一つ。留まって対処するのではなく、突破を試みるべきだ。思い切りスラスタを吹かし、振り切る。敵が一方向にまとまったところで、エリカが援護。次いで、横からも砲撃が飛んだ。別の部隊の機体が援護してくれたようだった。


「こちら黒鷲六番。助かりました」


 短い謝辞を述べて、前に意識を戻す。敵はまだいる。


(マイ・オッフは……いないのか?)


 無意識に思考がそちらに傾く。青い機体は見当たらない。魔力探知機の反応も減ってきている。味方も、敵も。


「五番から六番へ。どうしたの?」

「いや、何でもない。行こう」


 追い抜く友軍機を見ながら、兎に角進む。紅い光が飛び交う中を彼は応射しながら駆ける。命中はしない。わかり切ったことだ。接近した敵機の、振り上げられた右腕を斬り落とす。そのまま蹴り飛ばし、止めはエリカに任せる。次に来た敵の魔力砲に徹甲榴弾を打ち込み、行動不能に陥らせた。


 個人のスコアにあまり興味はない。それ以上に、成すべきことを成したかった。


 二時間後。残存魔力量、四十五パーセント。そろそろ一旦戻った方がいいなと彼は思う。頭部機関砲も、マルチランチャも、残弾は多くない。


「六番から五番へ。補給に戻る」

「了解。こっちも弾切れが近いし、ちょうどいいわね」


 並んで飛ぶ。そんな彼らの背後を、守ってくれる機体があった。


「手早く済ませろ」


 冬弥だった。


「了解」


 重なった声。


 船の後方にある着艦デッキから、格納庫に入る。ハンガーに機体を入れて、降りる。すぐに兵が水を持ってきた。礼を言いながら、それを受け取った。


 大型の艦船には、接続器と呼ばれるものが存在する。惑星の持つ魂──つまり、無限に等しい魔力源と赫灼石を繋ぐものだ。そこから、機体の赫灼石に魔力を供給することで、この船は赫灼騎兵の母艦として機能する。


 少し機体から離れ、パイロットルームへ。赤いカーペットの上に黒い椅子が並ぶそこには、軽食が摂れる自動販売機が置いてある。芽吹はショートブレッドを買って、椅子に座った。サクサクとした食感。ほんのりと甘い。


「お疲れ様」


 隣にエリカが座る。


「今日だけでエースになっちゃったわ。あなたもだいぶスコアを出してみるたいだし、勲章ものじゃない?」

「別に……俺はそういうことに興味はないよ」

「じゃあ、あなたって何のために軍に入ったの?」

「殺したい奴がいる。それだけだ」

「物騒ね」

「パイロットなんてみんなそうだろ。志願制なんだから、人殺しをしたくない奴なんて……」

「そうね、間違ってないと思うわ。敵を殺したくなければ、こんな仕事を選んではいない。それはわかっているのだけれど、やっぱりそういう物言いは怖くなるわ」


 若干ながら不服を抱え、芽吹は俯く。


「実を言うと、私も復讐のためにこの道を選んだの」

「誰に?」

「この国に」

「……?」

「私の父は亡命してきた帝国の中将なの。だから、疑われたこともあるわ。その人たちに、私はやり返してやりたい」

「なら運がよかったね。相応の魔力量がなければ、不可能だった」

「ええ。血筋には恵まれたと思う」


 血筋。魔力量はある程度遺伝するとされる。同時に、突然変異的に高い魔力量を持った子供も産まれる。大原家は、平凡も平凡だった。赫灼騎兵を動かすことは、後者でなければ有り得なかった。幸運だった。


「もしかして、あなたが殺したいのってあのマイ・オッフ?」

「そうだよ。多分、あの青い機体が僕の家族を殺した」

「そう簡単にはいかないわよ」

「承知の上だ」


 話しながら、彼は初めてマイに遭遇した後の隊長とのやり取りを思い出していた。


「──気持ちはわかる」


 出迎えた第一声はそれだった。


「俺も部下を何人も奴に殺された。だが、一人で立ち向かうな。あいつは強い」

「……悔しくないんですか」

「悔しい?」

「仇を討つなら自分の力で成し遂げたくないんですか」

「そうだな。否定はしない。だが、俺たちはそれ以上に組織の一員なんだ。最も優先されるのは任務の達成。個人的な目的ではない」


 正論だ。そんなことは言われずともわかっている、と食ってかからないのは軍人だからだ。


「ラウーダには一つ弱点がある。訓練を思い出せ」


 そう言って、冬弥は芽吹の肩を叩き、通り過ぎた。



「無理はしないでね」


 エリカの一言が彼を引き戻す。


「死なれたら、嫌よ」

「……わかった」


 死。戦場に立つ以上、それは常に背後に付き纏っている。逃げ切れなくなった時が、終わりだ。


 如何ともし難い、重い空気が漂う。が、それを突き破るように


「敵艦隊接近!」


 という神経質な女声がした。


「赫灼騎兵は出撃してください!」


 駆け出す二人。格納庫に戻り、芽吹は菱形にこう問いかける。


「魔力チャージは⁉」

「な、七十六パーセントです」

「不安だが……やるしかないか!」


 ヘルメットを被る。


「敵の規模は!」

「ヴィアトレム級三隻です」

「多くて十八機……」


 三隻。以前と同じ。もしや。


(マイがいるなら……まずいかもしれない)


 今のままでは、同じことを繰り返すだけ。


「黒鷲隊にはこちらに回るよう伝えました。それまでどうにか耐えてください」

「耐える、って……」


 呆れた物言いだ。


「お願いします」

「……任された!」


 カタパルトから射出される。艦の周りに展開された障壁に、魔力の塊がぶつかり紫電を散らす。反撃も同じ結果に終わる。結局、赫灼騎兵が障壁の内側に侵入することが、最も手っ取り早い方法だ。


 敵機の様子を窺う。先行する青い機体。


(やっぱり出てくるか……!)


 魔力パターンは先日登録したものと同じ。間違いなく、マイ・オッフだ。だが、その横に高機動型がもう一機存在する。カラーリングは一般的な緑だが、マイに追従している。


「六番へ。執着したら駄目よ」

「……了解」


 障壁は内側からの砲撃や、一定以上の質量を持ったモノを通過させる。そうでなければ不便だからだ。だが、芽吹はそれに頼ってはいられなかった。自分の強みを押し付けなければ、活路はない。


 機関銃の弾幕を飛び越え、その向こうにいる通常型を襲う。単なるラウーダに対して、九一式は機動性と運動性で勝る。そして、唯一劣る防御力に対しても分厚く魔力でコーティングされた太刀の前では無力。スラスタの出力こそ互角だが、押し合いにならなければそれは考慮しなくていい。


 装甲ごとコックピットを斬り裂き、赫灼石を破壊する。爆発。乱戦になればマイは拡散魔力砲を撃てない──その読みに従って、芽吹は動き続ける。腕を切断した敵機を蹴り飛ばして、エリカに任せる。そういう戦い方をしていた。


「六番! こちら一番、加勢する」

「二番もいるぜえ」


 浩二が乱戦に加わる。エリカと冬弥による十字砲火が、動きの鈍い敵を墜としていく。だが、マイはそこから離れ、冬弥に迫った。


「一番へ。六番が援護に向かいます」

「いらん。お前は二番と動け」


 話しながらも、冬弥は激しい剣戟を繰り広げていた。一歩も譲らない、気迫溢れる死闘。それを認めた芽吹は、何も言わずに乱戦の中に戻ろうとした。


 が、その直後。高機動型が体当たりを掛けてきた。大きく揺れる機体。


「名乗れ」


 女の声がした。救難信号チャンネルを使った、強引な通信だ。


「なんだと……!」

「隊長の邪魔をしようとしたのだ。腕に覚えがあるのだろう」

「……大原芽吹!」

「そうか。メブキか。覚えておこう。私はエスク・カジャハッヂ。忘れるなよ、お前を殺す者の名だ」


 エスク機が盾を前面に出して突撃してくる。芽吹は敢えて正面から挑んだ。徹甲榴弾。外れ。頭部機関砲。これは防御された。そして近接。二、三度打ち合って互いに離れた。


 円を描くような軌道で旋回した両機は、真向から斬り結んだ。押すのはエスク。九一式の背面が、徐々に海面へと近づく。


「コード八〇八! スラスタのリミッタを解除!」

「承認。スラスタ出力を百五十パーセントまで解放」


 九一式が押し返す。異常を悟ったエスクはすぐさま離れ、拡散魔力砲を放った。が、芽吹の駆る機体はそれを悠々と回避し、攻勢に転じた。


 突進し、左腕を奪う。そのまま過ぎ去って、反転。過負荷で震える左腕で、魔力砲の狙いをつける。しかしそれは目を閉ざして撃っているようなものだった。当たるはずもない。


 再びの突撃。今度は右脚を斬り落とした。本当はコックピットを狙ったつもりだった。しかし、急激な機動力の増加にパイロットである芽吹がついていけないのだ。


「残存魔力急激に低下。帰還を推奨します」


 画面端のゲージは三十八パーセント。赤く表示されている。


「まだやれる!」


 兎に角、前進。逃げれば勝てない。頭も慣れてきた。次は外さない──だが、エスクは高度を上げて離脱していく。


「小僧、惜しいがこれでさらばだ。また会おう」


 追うか、否か。迷う彼に、冬弥が近づいてきた。


「戻れ。上陸には成功した」


 視線を海岸の方に向ける。皇国の、白地に赤の国旗が翻っていた。

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