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作戦通達

 黒鷲隊の面々は、小さな会議室に集められていた。壁に埋め込まれたディスプレイに映されているのは、海図。


「諸君らには、私の指揮の下、独立部隊として翠南島奪還作戦の中核を担ってもらう」


 一同を見渡せる所に立っているのは、日向ひゅうが鷹好たかよしという、恰幅のいい男だ。青いジャケットは筋肉で膨れ、ボタンは今にも弾けそうだった。生え際の後退した頭には制帽が。


「新兵が二人もいるんですよ」


 冬弥が立ち上がって口を開く。


「まだ実戦経験も少ない。最前線への投入は時期尚早かと」

「足りんのだ」


 鷹好は言い放つ。


「西部諸島を抑えられ、赫灼石の産出量は大きく減った。つまり、赫灼騎兵の新規生産が難しいことを意味する。わかるだろう? 動ける機体は全て掻き集めて、奪還に向かわねばならない」


 冬弥は不服そうに、しかし納得せざるを得ない状況を受けて返答に窮した。


「俺は、行きます。行かせてください」


 芽吹が言った。


「私もです。友達の故郷ですから」


 エリカの賛同もあれば、冬弥は言うことがなかった。隊長として認めてやるべきなのだろうか、と逡巡はあれど、部下の望みは叶えてやりたかった。


「これは決定事項だ。冬弥くん、君の意見もわかるが、これは軍令部が決めたことなのだ」

「……了解。黒鷲隊はその任を全うします」


 彼は全身から力が抜けたように座る。


「本音を言えば、私も怖いのだ」


 鷹好は帽子の位置を直す。


「だが、やり遂げねばならない。皇国の軍人として、先祖から受け継いできた土地を取り返す。それが責務というもの。わかってくれ」

「それはいいけどさ、具体的な作戦の内容を教えてくれないかい?」


 そう言う優子は頬杖をついていた。


「我々を含む艦隊は明曉島から南下し、翠南島北東部の港から上陸する。赫灼騎兵には敵空中戦力の撃破と、地上への火力支援を頼みたい」

「やることが多いねえ。で? どれだけの戦力が集結するんだい」

「鳳凰級空中戦艦が十五隻。内赫灼騎兵を搭載したものが十隻だ」

「六十機……」


 浩二が声を漏らした。鳳凰級に搭載できる赫灼騎兵は六機、つまり一小隊。積むだけならばその倍は可能だが、整備や補給のことを考慮して六機に抑えられている。


「新型の配備が間に合わなかったことが残念だが……どうか、生きてくれ」


 鷹好の敬礼に、一同は返礼をした。


「これにて解散とする。明後日二一〇〇に三番桟橋に集合」


 鷹好が部屋を出たのを見て、詰まった息が一斉に吐き出された。


「新型、か」


 洋太が言った。


「隊長は聞いてました?」

「いや、初耳だ。九一式も配備からもうすぐ十年になるからな。マイナーアップでは限界があるんだろう」


 それを聞いて、浩二が口を開く。


「敵も高機動型なんてものを作ってるからな。こっちも対抗していかなきゃならない」

「その通りだ。だが、今投入されても機種転換訓練をしている余裕がないからな、仕方ないのかもしれん」


 真面目な顔──とは言っても冬弥の表情は動かないが──をしている四人を見ながら芽吹が新型について思いを馳せていると、エリカが顔を寄せてきた。


「ね、新型、どんなのだと思う?」

「さあ……でも、俺は九一式に不満はないですから、暫くはこのままでいいです」

「タメ」

「あ……ごめん」


 頭を小突かれる。その意図を掴み切れず、彼は黙って前を向いた。


「一つ言うとするなら、魔力砲の取り回しをよくしてほしいな。砲身が長くて使いづらい」

「前に出る人にとってはそうなんだ。私は後ろにいるから、収束率が高い方が嬉しいわ」

「色々あるんだな……」


 そう言った時、優子に見られていることに気づいた。


「いつの間に仲良くなったんだい」

「これからですよ」


 エリカはそれだけ言って、席を立った。


「そろそろお昼御飯だからさ、行きましょ」


 振り向いて微笑むかんばせが綺麗で、芽吹は一瞬動けなかった。


「そうだね。そうしよう」


 食堂に入って、まず受付にカードを見せる。そこに刻まれた情報を機械で読み取ると、口座から自動的に食事代が引かれる、という仕組みだ。


 昼食は所謂ビュッフェスタイルだ。士官も同じように、並べられた食事から好きなものを好きなだけ選ぶ。ただし、あまりがっつくのはマナー違反という不文律もある。


 芽吹が選んだのはチキンステーキにポテトサラダ、黄色いパン。林檎を三切れに、紅茶。それらをトレーに乗せて、奥の方にある士官用の席に向かう。


 領土を失って、食事のバリエーションは減った。昇陽地方と明曉島だけでもかなりの面積があるが、それでも鶏料理の多いことには苦笑いをするしかなかった。


「翠南島、取り戻せると思う?」


 向かいの席に着いたエリカが問う。


「やらなきゃならない。できるできないじゃない」

「そうね。その通りだわ」


 彼女の取ったものも、芽吹と大して変わらない。だが、果物がオレンジだった。


「でも、怖いわね」

「何が?」

「翠南島に戦力を割いたら、連邦が動き出すかもしれない」


 ドグラ連邦。北の大国である。不凍港を求めての南下政策を構想しているものの、皇国の軍事力を前に動けないでいる。


「連邦は連邦で帝国と睨み合ってる。この国を征服したら次は自分だって、それくらいのことはわかってるはずだ」

「つまり?」

「協力する方が利益が大きくなるんだから、むしろあっちから不可侵条約でも提案するんじゃないかな」

「それなら助かるのだけれど」


 そこまで話したところで、浩二が来た。


「おい、ニュースだ。連邦に明曉島の港の使用権を貸し出すらしい」


 それを聞いた芽吹とエリカは顔を見合わせた。


「ちょうど連邦と不可侵条約でも結ぶんじゃないかって話をしてたんです」

「へえ、そりゃ奇遇だな」


 エリカの言葉を受け流しながら、彼は座る。チキンステーキが二枚。


「でも、順番が逆ですよ」


 芽吹は怪訝そうな顔で言った。


「普通、その使用権の貸し出しが発表されてから作戦を発表するんじゃないですか?」

「色々あったんだろ。俺らの考えることじゃない」

「それはそうですけど……」

「加えて、この同意はまだ一般には公表されてない。おそらく、作戦開始と同時にマスコミ向けの会見を開くんだろう」

「そうすることで帝国の意表を突くことができる。そうですね?」


 エリカに向かって、浩二は親指を立てた。


「わかってるじゃねえか」

「俺らに聞かせていいんですか? そのこと」

「信じてるってことさ」


 彼はグイッと茶を飲み干す。


「芽吹、お前の九一式だが、修理が終わったみたいだから顔出しとけよ」

「了解」


 返事をしつつ、食事を進める芽吹。学校にいた頃は厳しい時間制限があったが、いざ任官されるとそういうものはなくなった。そんなものを設けたところで意味はない上、何より全員が同じ時間に食事をするのは組織として脆すぎるからだ。


 そうして少し時間が過ぎて、食べ終わった。


「なあ芽吹、お前は新型に何を求める? 機動力か? 装甲か?」

「強いて言うなら機動力です。速ければ速いほどいいですから」

「それについちゃ俺も同意見だ。ついでに翼も取っ払ってほしいぜ」

「斥力発生装置のみによる飛行、ということですか?」

「ああ。そうなりゃ空力的なあれそれを考えないで動けるからな」


 芽吹もそれには概ね同意できた。マイとの戦闘で、翼を失ったことによるバランスの悪化を経験した。学校ではそれに応じたシミュレーションをやったが、やはり現実となると思うように思考が回らなかった。


「それでは、俺はこれで」


 彼はそう言って立ち上がった。トレーごとベルトコンベヤに乗せて、それで終わりだ。後のことは厨房スタッフがやってくれる。


(新型、か)


 敵にしろ、味方にしろ、それは厄介な問題として彼の脳裏で暗雲を産み出していた。学校時代から乗り慣れた機体から離れるというのは、端的に言って怖い。今年中に配備されるのなら、その新型は一〇式と呼ばれることになる。


 皇歴二〇一〇年。反撃の鏑矢を放つのは、誰か。


 愛機のことを考えながら、格納庫に入る。機体を納めるハンガーが片側に七つ、計十四個並ぶ内、どこに自分の機体があるかはすぐにわかる。魔力パターンを登録した抽出機とパイロットは引かれ合うのだ。


「コックピット周辺は、移し終えてます」


 近くにいたボブカットの女整備員が言う。田畑たばた菱形ひしがた。機付長だ。


「ありがとう」


 その特性故に、予備機に乗る場合はコックピットごと換装しなければならない。無論、それを想定して特別厄介な構造はしてないが。


 そっとコックピットハッチを撫でる。気温と同じ温度。じっとりとした暑さ。


「マルチランチャは徹甲榴弾をセットしてます」

「うん、それでいい」


 これから激戦が待っている。機体にも無理をさせるだろう、と想いながら何度も撫でる。


「新型のこと、何か知らないか?」

「ああ、近く配備されるとは聞いています。ですが、それだけです」

「ならいい」

「少尉も気になりますか」

「まあね」

「自分は、名残惜しい気持ちです。もう九年間も見てきてますから」

「俺もそうだよ。候補生時代からずっと乗ってるこの機体を離れるのは……なんていうか嫌だ」

「何が変わると思います?」

「……浩二大尉と話した時は、翼がなくなるんじゃないかって」

「ありそうですね。後は魔力探知を掻い潜る装備でもあればいいんですが」


 そしたら万能兵器だな、と芽吹は思う。が、現実的に考えれば明日明後日に解決できることでもないだろう、ということもすぐに理解が及んだ。


「翠南島、母の故郷なんです」


 菱形が、そんな彼を眺めながら言う。


「絶対、取り戻してください。母に、死ぬ前に故郷の土を踏ませてやりたいんです」

「うん、任された」


 二人は拳をぶつけた。

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