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赫灼騎兵伝
赫灼騎兵伝
千王石ハクト
異世界ファンタジー戦記
2025年01月20日
公開日
6.4万字
連載中
 赫灼騎兵──それは、魔力によって稼働する、人型魔導兵器の総称である。

 そのパイロットである大原芽吹は、五年前、青い機体の攻撃によって目の前で家族を失った。復讐の道を選んだ彼の前に、幸か不幸か、その青い敵、マイ・オッフが現れる……。

 そうして始まる復讐と憎悪の輪廻。全ては、ヤツを殺すため。

初陣

 夜の街は火に沈んだ。上空から降り注ぐ焼夷弾。時折混ざる、赤い光。その中を少年は駆けていた。半ズボンから覗く膝には血が滲んでいた。


 木造家屋はよく燃える。その明かりが、彼の上を飛ぶ人型魔導兵器を照らしていた。緑で塗装されたそれは、左手の盾にあるランチャからロケット弾を放っていた。


 着弾した砲弾が、彼を吹き飛ばす。幸い死にはしなかったが、壁に叩き付けられて左腕が折れた。


 その目に、赤が映る。空を舐めるように高く上る、炎。あの中に母がいる。父がいる。妹がいる。フラッシュバック。手を繋いで逃げ出した一家は、しかし人の波に揉まれて少年だけが逸れた。十分ほど走ってようやく見つけた家族は、青い機体の砲撃により、目の前で弾け飛んだ。


「なんでだよ……」


 痛む腕を抱えながら立ち上がる。


「なんでだよ!」


 叫んだ。次いで、涙。泣き声とも言い難い、絞り出すような声。


「君!」


 青い制服の軍人が、彼の隣に駆け寄ってきた。心配を顔に浮かべるその人も、煤に汚れている。


「歩けるかい?」

「……大丈夫です」

「ならついてくるんだ。船が待ってる」


 折れていない方の手を引っ張られて、少年は無言のまま進む。爆撃は終わらない。彼は静かに奥歯を噛み締めた。その上を、青い機体が通り過ぎる。


「殺してやる……」


 呟いた。憎しみが産声を上げた、真夜中のことだった。





 今、爆発。緑の巨人の重い体躯が爆ぜたのだ。それを成したのは、ほっそりとした、また別の巨人。


 その十八メートルの巨人の名は、『九一式赫灼かくしゃく騎兵』。九一式と呼ばれる、灰色と赤のそれは、今しがた邀撃任務を終えたところである。背中には、未だ技術的に未成熟であることを意味する翼がある。


「よくやった」


 ヘルメットに包まれた操縦士の耳に、落ち着いた男声が届く。


「帰投するぞ」

「了解」


 応じた声は、若々しい男のもの。その表情は見えない。ヘルメットに搭載されたディスプレイと呼吸器がその顔を隠してしまっているのだ。明かりのないコックピットの中、彼は左右にある操縦桿を握り直した。


 右手には太刀。左手には大振りな魔力砲。それを保持してなお、九一式は飛び上がった。


「一機、か……」


 彼は呟いた。この初陣で撃破した敵機を数えていたのだ。彼は大原おおはら芽吹めぶき。十八の昼下がりの出来事である。


 彼がここにいるのは、東陽皇国に属する操縦士であるからだ。領空侵犯の迎撃──その任務を背負って空を駆け、三十分の短い戦闘に終止符を打った彼は、隊長機の背中を追っていた。


 操縦を機体に任せて少し休憩をしようか、というタイミング。小島の上から出て、眼下には海が広がっていた。


「接近する機影」


 先程と同じ、淡々とした声が聞こえた。意識をディスプレイに戻した操縦士は、画面の端の魔力探知機に二つの所属不明機が映っているのを見た。


「こちら東陽皇国の黒鷲隊。貴官の所属を問う」


 ヘルメットのスピーカーから隊長の声が聞こえてくる。


「三十秒以内に返答せよ」


 答えはない。


「こちら黒鷲一番。所属不明機を確認した。これより六番と共に迎撃行動に入る」


 コールサイン。黒鷲というのが部隊名で、数字は部隊内での席次を表す。


「了解。速やかに撃破せよ」


 その一言で、芽吹は解き放たれた猟犬のように動き出した。


 認めたシルエットは、緑。ラウーダと呼ばれる機種だ。


 右手の剣に、左手の盾。腹部には魔力砲が存在し、一機はそこから紅いエネルギーの奔流を放っていた。それを躱して、芽吹は敵に迫った。魔力砲で応射するも、外れる。自分の射撃の腕に舌打ちしながら接近し、彼は増速をかける。


 ラウーダは盾を突き出した。それを、彼は踏みつけることを選んだ。体勢を崩した敵機に、砲撃。シールドを吹き飛ばした後、刀を逆手に持って振り下ろした。


 魔力でコーティングされた刃が、肉厚な胸部装甲を裂く。そして、その向こうにあるエネルギー源──赫灼石かくしゃくせきを切断した。彼が敵機から離れると同時に、それは爆発を起こして機体を灰燼に帰す。


 破片がコツン、コツンと当たる音を聞きながら、彼は次の敵に目を向ける。ちょうど剣を上段に構えて突撃を敢行していた。受け止めると、押された。隊長にちらりと目を向けるも、密着状態では援護射撃もできないようだった。


 スラスタを全開に。それでも押し返せない。


(なんだ、こいつ!)


 ラウーダのカタログスペックは頭に入っている。スラスタのパワーは互角のはず。だが、目の前のこれは明らかなイレギュラーだ。


「逃げろ」


 隊長の声が聞こえる。


(逃げる?)


 それでいいのか。何のために軍に入ったのか。


「砲撃の邪魔だ。これは命令だぞ」

「……了解!」


 舌打ち混じりに機体の姿勢を変え、斬撃を受け流す。勢い余って躓くような姿勢を見せた敵機に紅い光が襲い掛かる。


「……今度こそ終わりだな」


 隊長が言う。芽吹はそれを信じた。


(なんだったんだ、あいつ)


 帰投ルートに乗った機体の中で、彼は思い返す。


(リミッタを外した特別仕様機? ああいうのがいるのか……)


 格納庫に入った九一式は翼を畳み、壁に設置されたハンガーに立った。その横からニュッと足場がスライドしてくる。胸部のコックピットからしゃがみながら出てきた芽吹は、熱と湿気を含んだ風に、その短い黒髪を揺らした。深緑の飛行服、右手にはヘルメット。夜の色をした瞳は、慌ただしく機体の周囲に集まってくる整備員達を見下ろしていた。


 が、それも程々に歩き出す。彼の容姿は概ね整っていると言っていい。後ろに流した髪。どこか憂げな雰囲気を持った瞳。そういう要素を乗せて、彼は待機所の扉を開いた。冷たい空気が流れ出てくる。


 そこでは隊長──東果ひがしはて冬弥とうやが待っていた。掻き上げた前髪は、しっかりと整髪剤で固めてある。黒い椅子の上で文章を追う赤みがかった黒の眼は、冷たい印象さえ与えるものだった。


「一機だな」


 彼は視線を芽吹に向けないまま言った。


「あと四機でエースだ。精進しろ」


 芽吹は、隊長が苦手だった。信頼に値する男だとは思っていたが、何事にも動じなさすぎる点が、まるで人間性のないように思えるのだ。


「……失礼します」


 そう言って彼は冬弥の前を通り過ぎた。


 故郷を焼かれてから五年。あの日全てを失った少年は、こうして防人となった。ロッカールームで飛行服を脱ぐ。そして、青を基調とした制服に着替えた。ヘルメットを置いて、深呼吸。今日、自分は殺人を果たした。その事実を黙って受け入れた。死んで当然だった、と思う。あのパイロットが爆撃に参加していたかはわからないが、敵は敵だ。


(殺すんだ)


 独白。


(あの青い機体を見つけ出すんだ)


 腰のホルスターには拳銃がある。コックピットから引きずり出して、脳天に銃弾を叩き込むためのもの。殺す前に、あの青い機体のパイロットの顔を見たかった。故郷に焼夷弾の雨を降らしたそのパイロットが、どんな人間なのか。惨めに命乞いをするのか、毅然とした態度で死を受け入れるのか。どちらでもよかった。どうせ死体を残すつもりはないのだから。


 ヘルメットを指にぶら下げて、ロッカーを乱暴に閉じる。


 皇歴二〇一〇年現在、東陽皇国は西の隣国ハーウ帝国との戦争状態にある。魔力を蓄積できる、赫灼石と呼ばれる資源の奪い合いだ。産出地である西部諸島を巡る紛争から端を発した戦争。既に三十年以上続いているこの戦争は、憎しみの連鎖ばかりを産み続けていた。


 故に、芽吹のような奪われた者は少なくない。だが、その感情を何かしらの形で結実させられる人間は限られている。言い換えれば、彼はパイロットになれた時点で何らかを持っていたのだ。


 彼の故郷は係争地である西部諸島だ。最も西にある碧海島という島である。現在はそこから遠く離れ、東部にある明曉島の防衛隊として勤務している。大昔に起こった魔導大戦によってこの大陸の気候は、気象学的見地から見て不自然であると言われている。そのため、碧海島より北にあるはずのこの地は、どうしてか気温が高いのだ。


 学校で習った歴史を思い返しながら、彼はロッカールームを出た。カツンカツンと、半長靴が硬質な音を立てる。金属製の外階段を降りていくと、その先に人影を認めた。


「よっ」


 そう言って手を上げたのは、宮瀬みやせ浩二こうじ。タンクトップにスキンヘッド。鋭い眼光。その鍛え上げられた肉体もあって一見すると厳つい男だが、そうではない。


「副隊長」

「飯でもどうだ? 勿論俺の奢り」

「……わかりました」

「無断外出の相談なら、もっと別のところでするべきだな」


 割って入ったのは、冬弥。見下ろしてくるその視線に、芽吹は怯んだ。


「じゃ、許可くれないか?」

「却下する。待機任務中だろう」

「へいへい。じゃあな、しっかり休めよ」


 浩二は芽吹の肩を叩いて階段を上っていった。


「芽吹、シミュレーションをやっておけ」

「了解」


 言われなくても、とは答えなかった。


 少し歩く。鬱陶しいほどの快晴。白い雲が足早に流れていく。陽光が激しいわけではない。だが、暑いものは暑い。


 白い壁の建物に入る。その三階にシミュレータ室はあった。並ぶ卵型のブースの一つに入って、股の間にあるパネルに手を置いた。


「魔力パターン認証。大原芽吹少尉、ようこそ」


 女のような声が聞こえる。それに何ら関心を見せずに、彼はヘルメットを被る。シートと、人間工学的に握りやすい位置にある火器管制グリップ。それだけで構成される皇国製コックピットは、ディスプレイを有さない。代わりに、ヘルメットのバイザーに当たる部分が画面となっており、機体のセンサが捉えた情報を魔導通信によってほぼラグなしで表示できる。加えて、基本的な操縦──火器の発射以外の操作を思考によって行えるため、左右のスティックは引鉄を引く以上の役割はない。


 閑話休題。彼の視界には無限の空が映っている。


「目標セット。ラウーダ三機」


 機械音声が繰り返す。すると、三機のラウーダが現れた。肩部連装砲から放たれた徹甲弾を躱し、距離を詰める。威力を抑えた魔力砲で動きを制限し、甘い回避を見せたところでスラスタを全開にする。盾にぶつかる──直前で軌道を変更。一瞬で背後に回り込み、推進機を撃ち抜いた。


 爆散を眺めることもなく、次の敵に向かう。振り翳された剣を弾き飛ばし、胸を穿つ。素早く離脱。


 向かってくるラウーダに、肩部のマルチランチャで牽制を行う。徹甲榴弾は盾に突き刺さり、内側から破壊する。爆炎の先に敵がいることを信じて、彼は刀を振り抜く。斬ったのは、脚。視界を右に左に、そして上に。逆手に握られた剣が、来る──。


 そこで、視界が暗転した。画面には「強制終了」の文字。


「飽きないの?」


 ヘルメットを外す彼に、その言葉が投げかけられた。顔を上げると、金髪碧眼。少女と大人の中間にある女がそこにいた。


「……別に。命令だからやってるだけですよ」

「そういうところ、つまらないって思う」


 話しているのは遠島とおしまエリカ。やたらと大きな乳房が、制服越しにその存在を主張していた。


「俺はコメディアンじゃないんで」


 芽吹は無愛想に立ち去ろうとする。その肩を、彼女は掴んだ。


「やろうよ。勝負」

「……いいですよ」


 そうして、試合が始まった。





「へえ、クォソが」


 赤髪の男が珈琲を飲みながら言う。


「悪いパイロットだとは思ってなかったが……やられるとはな」

「出られますか」


 銀髪の女が問う。


「そうだな。そろそろトウヤとも決着をつけなきゃならんしな」

「撃墜される直前、新しい魔力パターンが送信されました。新兵がいるのかと」

「いや、そいつはいい。モニターはしていたが、パッとしないからな。新型なら五分で片付けられる」


 そう言って彼が見上げたラウーダは青。青い、機体だ。そう、彼こそが、全てを奪った張本人。

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