それでも私は辛抱した。あくまで翔太から誘ってくるのを待つのだ。こちらから誘いをかけるのは拙速に過ぎる。
呆気なくも、その日はともに東京行きの電車に乗って、そのまま別れるはめになってしまった。
自宅マンションに帰ると、私は考え込まざるを得なかった。ソファに身を投げ出して、爪を噛む。
赤根翔太は私の調子を狂わせる。
そう、意味はまるで違うけれど、秋山芙美子のように。
これまではうまくいっていたことが、何か微妙に軌道を外し始めているような不安が心の底に生じた。苛立ってシガレットケースを取りだす。
事を成した後にしか吸わないようにしていたから、これは私にとっては珍しいことなのだ。
大きく紫煙を吐いて、沈んだような部屋を眺める。
私のワンルームは殺風景だ。幼いころから自分のスペース、孤独でいられる場所を持たなかった私は、ずっとそれを渇望していた。初めて持てた自分の部屋に私は「生活」を求めはしなかった。私の落ち着ける「場」、それだけだ。
地味なソファ。寝台にもなる。食事用のテーブルと勉強や思考のための机。書棚は大きく、たくさんの蔵書がある。読書だけは手放せない。唯一自分を解き放していい場所。黒いカーテン。壁には写真も絵画もない。数字だけの並んだカレンダーには自分の作った「言語」で予定を書き込んでいる。
吸殻を捨てる灰皿もない。ふだんは外で吸うからだ。私は小さなキッチンの水道水で火の後始末をして、排水口に投げ込む。いやな臭いが立ちあがる。
空間がある、自分のための空間があることの言いようもない落ち着き。個室もなかった修道院の生活。
私は今、恵まれている。
自分が勝ち取ったわけではない。たまたま運がよかっただけだ。あの芙美子はどんな部屋に住んでいるのだろうか。ふとそう思い、我ながら苦笑が漏れた。そんなことを考える自分はやはりどこかがおかしい。