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第23話

 それでも私は辛抱した。あくまで翔太から誘ってくるのを待つのだ。こちらから誘いをかけるのは拙速に過ぎる。

 呆気なくも、その日はともに東京行きの電車に乗って、そのまま別れるはめになってしまった。

 自宅マンションに帰ると、私は考え込まざるを得なかった。ソファに身を投げ出して、爪を噛む。

 赤根翔太は私の調子を狂わせる。

 そう、意味はまるで違うけれど、秋山芙美子のように。

 これまではうまくいっていたことが、何か微妙に軌道を外し始めているような不安が心の底に生じた。苛立ってシガレットケースを取りだす。

 事を成した後にしか吸わないようにしていたから、これは私にとっては珍しいことなのだ。

 大きく紫煙を吐いて、沈んだような部屋を眺める。

 私のワンルームは殺風景だ。幼いころから自分のスペース、孤独でいられる場所を持たなかった私は、ずっとそれを渇望していた。初めて持てた自分の部屋に私は「生活」を求めはしなかった。私の落ち着ける「場」、それだけだ。

 地味なソファ。寝台にもなる。食事用のテーブルと勉強や思考のための机。書棚は大きく、たくさんの蔵書がある。読書だけは手放せない。唯一自分を解き放していい場所。黒いカーテン。壁には写真も絵画もない。数字だけの並んだカレンダーには自分の作った「言語」で予定を書き込んでいる。

 吸殻を捨てる灰皿もない。ふだんは外で吸うからだ。私は小さなキッチンの水道水で火の後始末をして、排水口に投げ込む。いやな臭いが立ちあがる。

 空間がある、自分のための空間があることの言いようもない落ち着き。個室もなかった修道院の生活。

 私は今、恵まれている。

 自分が勝ち取ったわけではない。たまたま運がよかっただけだ。あの芙美子はどんな部屋に住んでいるのだろうか。ふとそう思い、我ながら苦笑が漏れた。そんなことを考える自分はやはりどこかがおかしい。

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