「んあ…っ」
寝言の途中か、いびきをかいていたのか、自分の間の抜けた声で目が覚めた。
胸の上に載せたままのスマホを手に取ると、時刻は午後9時過ぎ。
せっかくの休みをだらだらして潰した罪悪感をほんの少し覚えつつ、ベッドからのっそり起き上がる。ずれた眼鏡を押し上げながら、落ちかけているシュシュを外して髪をほどいた。歩きながらそれをローテーブルに投げて浴室へと向かう。
(ん~、お腹が空いたなあ)
すぐに食べられるもののストックがないことを思い出し、お風呂より先に買い出しに行けばよかったと後悔する。乾かして外に出るのは面倒だなと思いながら、しっかり髪まで洗って浴室を出た。
(目の下、クマ飼ってるし)
体を拭きながら鏡に近寄って目をすがめると、冴えない顔色にふさわしいおでこと顎にできたニキビが正月休み中の不摂生さを如実に表していた。着古したルームウェアを着て、がーっとドライヤーで髪を乾かすと、もこもこの靴下を履いて眼鏡を装着。1Kの居間に戻り、モッズコートを羽織ると、財布をポケットに突っ込み、鍵を手にする。
歩いて5分のコンビニに行くのに、おしゃれなんて必要ない。マスクをして、ニット帽を被ればOK。女を捨てているかも、という自覚はある。しかし、見られていなければいいのだ。コンビニ店員にしても、いつもの『完全防寒女』が来たーと思うだけだろう。
(知り合いに会うわけでもないし、モブ女で上等!)
いつものようにノーブラだけど、冬は厚着だから気にしないとばかりにサンダルをつっかけ外に出た。ちなみに薄着の時期はちょっとはマシになる。ブラジャーはちゃんとつけるし。普段の買い出しはバイトや大学の帰りに済ませて帰るから、ノーブラ外出はしない。
「さむっ」
暖房のきいている部屋から出ると、湯冷め待ったなしの冷気が身を震わせる。
「ないわ~、この寒さっ、ないわ~」
冷え性の理央は、乾かしっぱなしでぼさぼさの髪をひとまとめにすると、ファーのついたフードに押し込んでニット帽の上から被せた。マスクに当たった息で眼鏡が曇るのに辟易しながら、階段へと歩く。
最寄りの駅から徒歩三十分という三階建てのアパートは、家賃の安さとコンビニの近さで決めたものだ。東南の端で日当たりも良く、一人暮らしの城としてそこそこ気に入っている。近所に顔見知りはいないため、スッピンでコンビニ通いはもはや日常茶飯事で、コンビニは使い勝手の良いマイ貯蔵庫という認識でいる。キッチンスペースが狭いという理由で、自炊は滅多にしない。
(こんな寒い日は胃袋からあっためたい! やっぱ、おでんかなあ。ああ、肉まんも捨てがたいっ)
同意するようにぐぅ、と返事をしたお腹を押さえて、申し訳程度の灯りの下、ひょいひょいと軽快に階段を下りる。
(ちゃっと行って、ちゃっと帰ってゲームの続きをす、る、ぞっと)
あともう少しで攻略できそうなキャラを、肉まんを食べながら今夜中に落とすのだ。
黒髪で獣人のイケメンキャラを思い浮かべながら、最後の一段を思いっきり踏み込み、右足を出した先に──。
(ん?)
コンクリートの上に、『黒くて丸いもの』がある、のは認識できた。マンホールほどの大きさで、なに?と考えていたら、足先が飲まれたことで『穴』だとわかった。
(は?)
踏み出した勢いそのままに、ひゅっと穴に落ちた。