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第7話

 休み時間だ。にわかに賑やかになる教室で、椿は座ったまま、スマホを取り出す。

 片手で顔の前へ、構えるように持ち、ぴんと立てたもう片手の人差し指で、ぽつ、ぽつ、と画面をタップする。


「むむむ……」


 が――思うように操作が進まない。別段スマホが壊れているわけではなく。


「わ、わかりません……」


 椿は重度の機械オンチであった。通話はできるが、それ以外となるととんとダメなのだ。

 結局目的のページへ辿り着く事かなわず、諦めて仕舞い込み、席を立つ。

 向かった先は図書室である。

 入る前、椿は一瞬足を止めた。昨日の恐怖が、まだ身体の奥底に残っている。

 でも、知らなければ。クダヘビの正体も、工戸さんの謎も、全てを理解しなければ――。


「行きましょう」


 己へ言い聞かせるように呟き、そっとドアを開けた。

 木と紙の香りが混ざり合い、少し埃っぽい、落ち着いた空間。昼休みや放課後でもなければ訪れる者は少ないので、ひと気はわずかだ。

 カウンターにいる図書委員の女子が、椿に気づき、屈託なく声をかけてくる。


「こんにちは神廷さん。今日はどんな本を探してるの?」

「百年前。怪異。クダヘビ。です」

「そんな、検索ワードみたいな……」


 苦笑気味に、目的のコーナーへ案内してもらう。無能戦争や怪異に関する蔵書が並ぶ一角だ。

 それらしい題名の本を一冊取り、机で開く。昼休みはリンゴと話す予定だし、休み時間は短いため、あまり時間はかけられない。

 古い本の匂いが漂う書架の間。午前の陽射しは天窓から差し込み、舞い上がった埃が光の筋の中でゆっくりと漂っている。

 その静寂の中で、椿は息を殺すようにページを手繰った。

 斜め読みで進めていくと、クダヘビの記述がある、挿絵付きのページで手が止まる。


 ――クダヘビ。百年前の無能戦争にて、特に恐れられし大怪異にして、救世の英雄なり。

 その力、人を殺せば殺すほど強まり、まさに天変地異が如し。

 されどクダヘビ。ある能力者の女と出会い、恋に落ちる。愛を知り、これぞ結ばれけり。

 伴侶を守るため、怪異の側より離反せし事。

 人類の守護者として、我らともに悪へ立ち向かわん。

 戦争終わりし後、クダヘビと女、いずこかへ去りぬ。

 願わくば、かの者らの行く先に、とこしえなる幸福があらん事を――。


 時系列ごとに、怪異達と並ぶクダヘビや、逆に対峙するクダヘビらしき絵が、墨で描かれている。

 らしき、という但し書きがつくのは、クダヘビ自体の姿は、椿も見た、無数の管の集合体そのものの状態だからだ。

 いつしかその横には、一人の女性が立つようになった。ぱっと見る限り、人間のよう。


 ――されどクダヘビ。ある能力者の女と出会い、恋に落ちる――。


「な、なんて感動的な話なのでしょう……っ」


 胸を打たれる思いだ。敵対していた人ならざる者が、人と出会い、共存し。

 例えかつての仲間達が相手であろうと、大切な人を守るため、正義に目覚めて戦うとは。

 じんわりと目元が熱くなるが――比例して疑問も大きくなる。

 ならば、なぜ、クダヘビは――昨晩のような凶行を……?

 それに、共にいたはずの伴侶の女性はどうしたのだろう。二人の身に何があったのか。


「能力者……」


 クダヘビの伴侶は、能力者だったという。

 ついと記憶に、父との朝の会話の続きが思い出される――。


「――父さま。能力者について、教えて下さい」

「そうか……お前にはまだ、詳しく語ってはおらなんだな」


 無能戦争を引き起こしたのは、怪異だけではない。厳密には、『能力者と怪異』――そのペア達が、人類側へ仕掛けたのである。


「能力者は元人間であり、怪異と契約する事で力を借り受ける。その力は言わずもがな、絶大極まりしものだ。ただし、誰もが契約がかなうわけではない」

「条件が……必要なんですよね」

「その通り。その条件とは、人間側が、対象となる怪異から、その『一部』を受け取ること。髪、爪、肉……強大なる怪異の『一部』を受け入れ、生き延びられて初めて、能力者として覚醒できるのだ」


 この『一部』の内訳については、怪異側も自覚していないという。

 自衛本能めいたものなのか――認めた人間を前にしてのみ、思い出したみたいに、『一部』を渡そうとするという。


「纏めると、能力者となるためには、怪異の協力。そしてその『一部』を受け入れられるだけの素地。――すなわち運と実力の双方が必要となるわけだ」

「運と、実力……」

「ここまで語っておいてなんだが、色々と具体性に欠けるのは許せ。――何せ彼らが初めて確認されたのは戦争の直前。戦後はその数自体が減ってしまい、観察も研究も十全には進んでいないという。不明点が多いのも、無理からぬ話といえる」

「父さまは……能力者なのですか?」


 さよう、と父は頷く。椿はとっさに左右を見回した。

 父と契約している怪異を探しての、無意識に近い挙動である。


「探さずともいい。俺の契約怪異は、今は留守……クダヘビとの決戦前には戻って来よう」

「……わ、私も、クダヘビと戦いたいです。まだ力不足なのは承知の上です、ですが……っ」

「――許さん。お前はまだ覚醒すらできておらん。無駄死にするだけだ……」


 椿は、スカートの上で膝を握る。


「……契約方法や条件に関しては、追って到着する有能部の面々の方が詳しかろう。何せ彼らは、その全員が能力者と怪異のペア。現代に蘇りし、最高戦力なのだからな……」


 椿は――またしても頷くしかなかった。


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