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ドクドク
ドクドク
牧屋
現代ファンタジー都市ファンタジー
2025年01月19日
公開日
5万字
連載中
「え、毒を集めるのが趣味!?」
高校生の椿が出会ったのは、毒を操る謎めいた美少女・リンゴだった。怪異狩りの名門に生まれながら未熟な椿と、正体不明の謎の少女。怪異狩りの血統に生まれながら未熟な椿と、正体不明の少女。引き裂かれる現実の中、二人の歪な友情が、闇を切り裂く――。現代日本を舞台に、狂気と覚醒のバディストーリー、開幕!

第1話

「キマるぅ……」


 陶然とした声が、夜に響いた。

 漏らしたのは廃ビルの三階の中心でうずくまる、金髪碧眼の少女である。


「頭ん中、どろどろしてぇ……アー……あえええ……」


 どろんとした眼差しを左斜め上の虚空。蜘蛛の巣の張った隅へさまよわせ――手の中に握った、零れ落ちんばかりの錠剤を、白く細い指先でひとつまみ。


「あむぅ……」


 水も飲まずに含み、嚥下する。ごくり。食道から胃へ。胃粘膜が錠剤を優しく捉え、くるみ込む。

 ふぅー……と鼻先から、うっとりとした息が押し出される。脳髄に伝わる刺激感。

 体中を苛む、むずがゆさ。たまらない。ぞくぞくとした悦びで、勝手に肩が跳ねた。


「だめ、もうほんのちょっとしかないのに……とまんない……」


 ろれつの回らない独り言を紡ぎつつ、傍らに置いた迷彩柄のバッグ――閉じられたそのチャック部分をなぞる。

 今日の分はもう全部食べてしまった。これ以上手をつけたら、明日どうなるか分からない。

 ただ――すでにまともな思考能力すらとろけてしまった少女は。


「……いいや。たべちゃえ」


 押されるように、こらえきれずバッグを開く。

 中から顔を見せたのは、色とりどりの液体が詰め込まれた、大量の注射器であった。


「えへぇ……」


 まるで宝の山でも検めるみたいに、少女がしまりのない笑みを浮かべた矢先。

 ――どこかから悲鳴が聞こえた。


「……んん?」




「あの……泣いてる女の子って、どこですか……?」


 枯沼市郊外の廃ビル。すすけた空気と、ヒビだらけの壁。散乱した細かな残骸。

 地面に転がる、いくつかのライトの照明。そして窓から差し込む月明かりの他、光源は何もない、荒廃しきった空間――その二階で、一人の少女が男達に取り囲まれていた。

 紺のブレザーに赤リボン。プリーツスカートは丈正しく膝下まで。前髪は少し長めのぱっつん。

 身長はやや小柄ながら、すっきりと伸びた姿勢と、こわばった表情ながら凛と前を向いた目つきから、妙にその小ささを感じさせない雰囲気を放っている。


「おい……なんかこいつ、あんまりびびってなくねぇか?」

「気にすんな。最近のガキは無菌室育ちだから、大人の恐ろしさを知らねぇんだ」


 男達は皆体格がよく、揃って黒服を身に着けていた。とはいえ汚れ一つない少女とは対照的に、服装には汚れやほつれが目立ち、ガラの悪さが見え隠れしている。


「お前……神廷椿かみていつばきで間違いないな? 神廷家の娘さんの」


 リーダーらしき男が、顎を引きながら問うた。大抵のガキはこれですくみあがる――そんな確信が込められた風な、威圧するための動作と声音。


「はい……そうです」


 少女――椿は一つ頷き、踵をずらしながらあたりを見回す。すかさず男達が、回り込むように左右へ移動したが、椿の視線は、しげしげと誰かを探すようなもので。


「えっと……女の子はどこですか? 悲しい思いをしているのなら、早く――」

「バーカ。こんなとこにいるわきゃねぇだろ!」


 一人が、こらえきれないとばかりに吹き出す。つられてもう一人の男も、くつくつと背を丸めて笑い出した。


「まさかここまで疑う事を知らねぇとは思わなかったぜ! ちょっと声かけるだけで、簡単についてくるんだもんなぁ、ハハッ!」

「だが俺らにとっちゃ好都合だ。こいつを人質にすりゃ、たんまり身代金がもらえる」


 交わされる不穏な会話に、流石の椿の顔色も、次第に青ざめていった。


「え……えっ? 私、騙されたんですか!?」

「この世の大人はな、みんな嘘つきなんだよ! イイ教訓になったじゃねぇか、ああ?」

「そんな……人助けと嘘をついて誘い込むなんて、卑怯ですよ! け、警察に通報します!」


 自分の鞄へ手を突っ込む椿の腕を、横の男が鷲掴みにする。


「勝手な真似すんじゃねぇ!」

「勝手な真似をしているのはあなた達です!」

「な、なんだこいつ……恐怖を感じてねぇのか?」


 別の男が、少し気味悪そうに半歩後ずさる。だがリーダーの男は逆に踏み出し。


「ふんっ!」


 壁に立てかけていた金属バットを手に取るや、椿の側頭部めがけてフルスイング。


「ぐぎぇっ!?」


 目を飛び出させ、血を噴いてブッ飛ぶ椿。取っ組み合っていた男が、ひぇっと呻き。


「お、おい、やりすぎじゃねぇのか……?」

「植物人間になろうが、命があるだけで儲けもんだよ、俺達にとっては」

「誰が上手い事言えってんだよ!」


 どっと笑いが起きる中――椿は朦朧とした動きで、打ちっぱなしの床を手で掻き――生まれたての小鹿よりも頼りない遅さで、何とか身を起こそうとしていた。


「ゆ、ゆるせ、ない……こんな……」


 口から血と共に洩れるのは、命乞いよりも、恨み言よりも――相手の卑劣を責める言葉。


「とにかく、これでやっと大人しくなったろ。おい、さっそく神廷家に電話を――」

 リーダーが肩をすくめ、そう言いかけた矢先であった。


『神廷家』


 ぞくりと。部屋中に響き渡るような重苦しい声が、彼らへ覆いかぶさる。

 同時に、やっと暖かくなり始めた春先にも関わらず――部屋の温度が急激に低下したかの如く、身震いするほどの寒気が襲う。


「な、なんだ? 今誰か――」


 リーダーがバットを構え、あたりを見回す。


『神廷家。二度聞こえたぞ』

「ほ、ほら! 二回も聞こえた! 誰か他にいるぞ……!」

「マジかよ、目撃者か……!?」


 他の男達も緊張感をたたえ、それぞれナイフや拳銃を取り出し、警戒へ務めた。

 探り合うような、ほんのしばしの沈黙――は、数秒も経たず破られた。


『神廷家。……おお、忌まわしき怪異狩りの、神廷家ェッ!』


 今度はビル中に響かんばかりの、怨嗟を含んだ大音声で。

 ふらついていた椿も、びくりと身を震わせ、なんとか壁へすがりながら立ち上がる。


「だ、誰ですか……?」

『殺す』


 椿の問いに応じたというより、ただの事実確認よろしく、その一言が告げられ。

 ライトが照らす物陰の奥から、ずるりと。

 白く細長い、筒めいた何かが、這うように――彼らの前へ現れたのである。


「な、なんだありゃ、ホースか……?」

「にしちゃ、太いぜ。それに妙に長い。一体なにガッ!?」


 男の一人の声が、不自然に途切れた。ほんの一瞬の出来事であった。

 それまでのたくるかのような動作を続けていたその白い管が、突如高速で伸びるや――男めがけ、その腹部を先端で穿ったのである。


「ごぼ、ばっ……!?」


 男は得物を取り落とし、半ば反射的に腹に刺さっている管を引き抜こうとするも、吹き出す血で手が滑り、まともにおぼつかない。

 そうして、次の瞬間には、その動きもぴたりと止まった。白目をむくと同時に、脳天から管の先端が突き出したのだ。


「な、なな、なんだよこれ……!」


 もう一人の男が拳銃を構えた。男の死体はいまだ支配されたみたいに、手足をだらんとさせ、管の動きに合わせて左右へ揺れている。

 冒涜的すぎる光景に、引き金が指を叩くのは早かった。

 乾いた音が何度か連続する。ぱん、ぱん、と死体の胴体がいくらか弾けたが、それだけであった。


「ちくしょう、なんだよ、なんなんだよこいつ!」

「お、おい、後ろだ!」


 リーダーが飛ばした警告は遅かった。

 忍び寄っていたのか。対峙しているものとまったく同じ管がもう一本現れるや、拳銃を乱射していた男の首元を、無造作に薙いだのである。

 頭部が、重い音を立てて、埃だらけの地面へ転がった。

 残されたリーダーは、もはや手に負えない状況と悟ったのか、バットを放り捨て、階段へ走る。だが。


「うわあぁぁっ!?」


 階段の前には、先ほどの管が今度はびっしりと、何十本も蠢き、くねり、通せんぼをしていたのだ。

 ならばと開けっ放しの窓へ走るが、近づいた途端、下側から同じように大量の管が伸びて来るではないか。


「あ、ああ……ぎゃあああぁっ!」


 仲間達と似たような運命を辿った。大量の管に襲われ、八つ裂きにされたのだ。


「そん、な……」


 一人残された椿は、喘鳴交じりに後ずさっていた。

 ――先ほどより意識はハッキリしていたものの、状況は遥かに悪くなっている事に、膝を震えさせる。


『神廷の血族は……根絶やしにする……ゥ……!』


 空間を塗りこめんばかりの憎悪を宿した声。呼応するかの如く、床下から、壁から、天井から――ヒビを広げながら、無数の管が這い出て、寄り迫る。

 とっさに振った腕をしたたか切り裂かれ、椿は転倒。

 すぐ目の前に、鋭利な先端を月明かりに光らせる管がかざされる。


「う、うあぁ……」

『死ね――ェ!』

「父さま……!」


 目をつむった刹那であった。

 ぴしばしと。異音が鳴る。ぱらぱらと小石が頭の上へ降って来る。

 その冷たい感触に、椿は思わずまぶたを開け、とっさに上方へ視線を投げた。

 三階とを隔てる天井。ただでさえボロかったそこを、たくさんの管が這い進んで来たものだから――これまたいつの間に亀裂が放射状に広がって、今にも崩れ落ちそうに。

 崩れた。大小に爆ぜた瓦礫が、椿の頭上で容赦なくぶちまけられる。


「ひゃあああああ!?」


 すっとんきょうに響いた声は、椿のものではなかった。

 少女が一人、瓦礫と一緒くたに落ちて来た。


「ごふぇっ!」


 腹部へ直撃。少女を受け止める格好となった椿は見事に身体をくの字に折り、今度こそ意識が飛びかける。


『何事だ……? この気配は……』


 痛み。耳鳴り。吐き気。ありとあらゆる苦痛的症状が椿を襲う中、謎の声がわずかに困惑を交えた言葉を呟くのが聞こえた。

 集まっていた管たちも下がり、周囲で様子を窺うようにしている――。


「いったーい」


 殺到する無数の奇怪な管。三人の男の死体。飛び散った鮮血。

 真冬の如く冷え込んだ空気。惨劇の満ちる廃ビルの二階。何より椿の身体の上で。

 能天気極まりない声を、その少女は発したのである。

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