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第12話 写真

 よくよく考えてみると、本当に不思議でならない。


 ……なんで、あいつのことなんか好きになったんだろう?



 誰もいない放課後の教室。

 外からは運動部の掛け声、中からはブラスバンドの練習の音が聞こえてくる。


 時刻は16時。

スマホの画面には夕日の赤い光が反射する。


 私は立ち上がって、教室のカーテンを少しだけ閉めた。

 その陰になる席に座り、もう一度、スマホの画面を見た。


 写し出されているのは友達に送ってもらった、クラス全員で撮った写メ。

 学園祭のときのもので、クラスの中には仮装してたり、派手な衣装を着ている人も少なくない。


 私はそのときはクラスの展示物の案内係だったから、制服のままだ。


 ……そして。


 左端に写っている男の子のところを拡大する。


 古谷貴司。


 不機嫌そうに顔を横に向けている。

 古谷は会計係だったから、制服のままで写っていた。


 あいつはいつも地味な役割ばかりだったよね。


 学園祭はもちろん、体育祭でも目立たない役割を進んで選んでいた。

 部活もやっていないし、成績も真ん中くらい。

 スポーツもそこまでできるわけじゃない。


 なにより、性格も暗いというかぶっきらぼうで感じが悪い。


 多分、クラスであいつを良く思ってるのは私くらいだろう。

 ただ、嫌われてるというよりは印象に残らないと言った方が正しいと思う。

 私と同じく、3年間、あいつとクラスが一緒だった芽衣でさえ、あいつの名前を思い出せなかったくらいだ。


 ……ホント、不思議なんだよなぁ。


 写真を切り替える。


 もちろん、古谷が写っている写真だ。

 学校祭の準備をしているときに、撮ったもの。

 教室の端で、一人作業しているあいつが写りこんでいる。


 またあいつのところを拡大してみた。

 さっきと同じく、あいつは横を向いている。


 次の写真に切り替える。

 やっぱり、その写真でもあいつは横を見ていた。


 横顔ばっかだよね。


 ジッと、あいつの横顔を見てみる。


 ……多分、私はこの横顔に惚れたんだと思う。

 いや、っていうより、思い出してみてもあいつの横顔しか思い出せない。

 だって、あいつ、私と話すときはいつも横を向いてたから。


 今考えると失礼極まりないよね。

 好きになるどころか、普通なら嫌いになってもおかしくない。


 でも、私は好きになってしまった。


 ……なにがきっかけだったんだろ?


 私はスマホを机に置き、何気なく天井を見上げる。


 たぶん、あれかな。


 私は昔から考える前に口に出してしまうタイプだった。

 ズケズケと、普通なら言いづらいこともスパッと言ってしまう。


 中にはそんな私を、裏表がないって言ってくれる人もいる。

 だけど、たぶん、ほとんどの人は、私のことは口うるさいやつ、と思ってるだろう。


 正直、私はそんな私のことが嫌いだった。

 馬鹿正直で、傷つくってわかってても突っ込んでいくこの性格が嫌だった。


 何度も直そうと思って頑張ってみたけど、失敗してばかり。

 こんな私だけど、やっぱり凹んだ。

 普段は仲が良い男子でも、何かのきっかけですぐ口喧嘩してしまう。


「お前、ウザいんだよ!」


 喧嘩の時、よく言われる言葉だ。

 言った相手は売り言葉に買い言葉で、咄嗟に言ったことだと思う。

 仲直りした時に、謝ってくれるし、私も「気にしてないよ」と言っている。


 でも、やっぱり傷ついていたんだと思う。


「そのままでいいんじゃないか? お前のことを好きな奴と付き合えばいいだろ」


 あいつが言った言葉だ。

 親友の芽衣でさえ、「その性格、直した方がいいよ」と言われてたのに。

 あいつは私のままでいいって言ってくれた。


 あいつは気まぐれに言ったんだと思う。

 たぶん、あいつは私にこんなことを言ったことも覚えてないだろう。


 でも、私にとっては救いの言葉だった。

 私は私でいい。

 そう言ってくれたことが嬉しかった。


 気づいたら、あいつのことばかり見るようになってた。

 あの、ぶっきらぼうな、あいつの横顔ばかりを。


 で、よせばいいのに、私は何かとあいつに話しかけるようになった。

 いつもあいつは迷惑そうに横を向いていたけど。


 でも、あいつ自身が言ったんだよ。

 そのままの私でいいって。

 だから、話しかけた。

 何度も、何度も。

 嫌がられてるってわかってても。


 たとえ、覚えてなかったとしても、自分で言ったことなんだから、責任は持ってもらわないと。


 チャイムが鳴った。


 その音で、ハッとする。

 外はもう暗くなり始めていた。


 帰らないと。


 私は立ち上がり自分の席のカバンを手に持つ。

 そして、チラリとあいつの席を見る。


 ……もうすぐ、卒業か。


 当たり前だけど、卒業したらもうあいつとは会えなくなる。




 そして、卒業式の日は、あっさりとやってきた。

 周りは感極まって泣いている人も多い。


 そんな中であいつは興味なさそうにソッポを向いている。

 見ていると、あいつは隙をみて帰ろうとした。


 やっぱり。


 私はあいつが一人になったところを見計らって、話しかけた。


「もう、帰るの?」

「……ああ」

「卒業、だね」

「……そうだな」


 あいつはこんなときでも横を向いたままだ。


 やっぱり、迷惑なんだろうか。

 最後の最後まで、この女は、なんて思ってるかもしれない。


 でも、私はそれでも踏み込む。

 ズケズケと言う。


 それでいいって、あいつが言ったんだから。


「私、古谷のこと、好きなんだけど」


 あいつは驚いたように目を開いて、こっちを見た。

 もしかしたら、あいつの正面の顔を初めて見たかもしれない。


 数秒の沈黙。

 でも、私には物凄い長く感じた。


 そして、あいつは言った。


「……ごめん」


 やっぱり。

 そりゃそうだよね。

 好きでもない、嫌いな相手から告白されても困るよね。


 わかっていても、さすがにこたえる。

 目に涙が浮かんできて、それを見られないように俯く。


「……お前に言わせて」

「え?」


 私は顔を上げる。


 あいつは顔を真っ赤にしながらも、真っすぐ私を見ていた。


「こういうのは俺から言うべきだよな」

「……どういう……こと?」

「好きだ。付き合ってほしい」


 好きな相手から告白されて、私が出した言葉は……。


「……は?」


 だった。




 あいつと並んで帰る。

 初めて一緒に下校するのが、卒業式なんて、なんとも皮肉だ。


「……私のこと、嫌いじゃなかったの?」


 隣を歩くあいつに問いかけてみる。


「ずっと好きだったよ」

「……いや、私が話しかけても、いっつも不機嫌そうに顔、背けてたじゃん」

「……あー、いや。あれは……」

「なに?」

「……恥ずかしかっただけ」

「はあああ!?」


 思わず、そんな声が出てしまった。


「いや、だってさ。好きな人から話掛かられたら……恥ずかしいだろ」

「……」


 ビックリした。

 衝撃的な告白に。


 古谷がいつも横を向いていたのは単に恥ずかしいだけだった。

 写真も、やっぱり恥ずかしかったらしい。


「もう。二年以上、損した気分」

「……ごめん」

「ま、いっか」


 私は古谷の手を握る。


「ちょ、ちょっと!」

「恥ずかしがらない! ……付き合ってるんだからさ」

「あ、ああ……」


 古谷が私の手を握り返してくる。

 でも、顔は恥ずかしそうに横を向いている。


 道のりは長いかも。


 そう考えながら、私は古谷と手を繋ぎ、歩き続けた。


 終わり。

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