「ごめん。雫とは友達でいたいんだ」
もう何度目になるだろう。
人を好きになり、仲良くなる努力をして、告白して、フラれる。
まるでテンプレートのように辿る一連の流れ。
いい加減止めればいいのに。
何度も何度も、自分に言い聞かせた。
それなのに、自分の意思とは無関係に私の心は恋をする。
フラれるために、傷つくために、私は恋をするのだ。
美夜からは「ドMなの?」と笑われたこともあった。
そのときはムッとしたものだが、改めて考えてみれば、なんとも言いえて妙だ。
でも、私は傷つきたいと思っているわけじゃない。
ただ、単に傷つくという結果になるだけだ。
傘を持っていないときに雨に降られるのと同じだ。
決して濡れたいわけじゃない。
けど、どうやったって濡れてしまうのだ。
そして、天気は私の意思じゃ変えられない。
受け入れるしかない。
私の恋はまさにそんな感じだ。
「告白しなきゃいいのに」
昼休み。
机を向かい合わせにしながら、いつも通りに美夜とお弁当を食べる。
「……それって意味ある?」
「少なくてもフラれないよ」
私のお弁当からタコさんウィンナーを摘まんで、口に入れる美夜。
「それだと友達で終わるじゃん」
「傷つくよりはマシじゃないの?」
「今回は成功するかもしれないのに?」
「そう言って、成功したことあった?」
「……」
私は美夜のお弁当の中のハンバーグを箸で突き刺し、口の中に入れる。
「ああっ! 私のハンバーグ!」
美夜のお母さんは料理上手。
冷凍食品じゃなく、ちゃんと手作りのハンバーグだ。
毎日、こんな料理を食べられるなんて、美夜は幸せ者だ。
それなのに、本人はそのことをわかっていない。
「けどさ、雫は凄いと思うよ」
「なにが?」
「普通はフラれるかもしれないって思ったら、なかなか告白はできないよ?」
「……私だって、勝算もなく突っ込んでるわけじゃないよ」
いい雰囲気だと思うから、もしかしたら相手が私のことを好きかもしれないと思うから、告白している。
地雷原に特攻してるわけじゃ、決してない。
たとえ、雨が降りそうな天気でも、晴れ間が見えているから飛び出しているのだ。
「雫は無駄にコミュ力高いからね。男子からしても話しやすい異性って感じよね」
「無駄にって何よ。私だって努力して、仲良くなろうとして必死でやってるんだけど……」
「あー、ごめんごめん。でも、そのせいだとも思うんだよね」
「なにが?」
「一気に近づき過ぎじゃないかな。だから、恋人っていうより友達の感覚になっちゃうのかも」
「……」
いつも告白した相手から言われる、定型文。
「雫とは友達でいたい」
「雫を女って目で見てなかった」
いつもそうだ。
晴れ間を信じて飛び出して、土砂降りに合う。
それが私だ。
「いや、あれはただの比喩だったんだけどなぁ」
学校の帰り道。
突然の土砂降りに遭遇して、定休日のお店の軒下に避難したわけである。
全く止みそうにない。
かといって、この中を特攻する気にもなれない。
せめて、お店が開いていれば中に入って時間を潰せるのに。
そんなことを考えていると、私と同じように男の子が軒下に向って走ってくる。
見覚えはないが、制服を見る限り同じ高校だろう。
「……まさに、人生の土砂降り。って、それは比喩だっつーの!」
軒下に入った男の子は不機嫌そうにつぶやく。
……私と同じようなこと考えてたんだ。
「ふふ」
思わず声を出して笑ってしまった。
「……」
男の子が私に気づいて、気まずそうに顔をそむけてしまった。
おそらく、誰もいないと思ったんだろう。
順番が逆だったら、私が同じ目に遭っていたと思う。
ザーッという雨の音だけが辺りに響く。
なんだか、気まずい。
とりあえず、場を和ますために話しかけてみよう。
「天気予報じゃ降らないって言ってたのにね」
「え? 90パーセントって言ってたよ?」
「そ、そうなんだ……」
適当なことを言ったらダメだね。
天気予報なんて普段見ないからなぁ。
……って、あれ?
「それなら、なんで傘持ってないの?」
「あ、いや……。逆に言うと10パーセントは降らないってことで」
「随分と低いオッズに賭けたね」
「結果はこの通りだけどね」
男の子ははあ、と大きくため息を吐く。
「まあ、でも、その気持ちはわかるかな」
「え?」
「10パーセントも希望があれば、賭けてみたくなる」
「……そう、なんだよなぁ」
男の子は遠くを見るような目をする。
そして、まるで独り言のように呟く。
「どんなに確率が低くても、0じゃないなら賭けてみたくなる」
「……」
「で、無理して肘を壊して、結果、可能性が0になるってね」
笑えねー、と言いながら苦笑する男の子。
肘を壊す……。
おそらく野球部員かなにかだろうか。
確か、うちの学校は野球の強豪校だったっけ?
「チャンスを信じて頑張った結果がこれなんてさ。そりゃ、人生土砂降りって感じだよ」
「私のことと同じって言ったら失礼かもしれないけど、私も同じだな」
「……?」
「好きになって、振り向いてほしくて、わずかなチャンスを信じて頑張ったのに、いつもフラれる。……私も、人生、土砂降りって感じかな」
「……もしかして、フラれると降られるを掛けた?」
「違うから! やめて、私が滑ったみたいじゃん!」
「あはは。ごめん」
男の子が初めてこっちを見て、そして笑った。
「でもさ、俺、思うんだ。ダメだと諦めてたら、絶対に前には進めない。雨に降られたからこそ、良いことがあるんじゃないかって」
「……そうかな?」
私も一時はそう思っていた。
だけど、そんなことは一度もなかった。
「あ、止んだ」
「え?」
男の子の声で、雨が止んでいることに気づいた。
「ホントだ」
「じゃあ、行くか」
「うん」
なんてことはない。
話の流れで一緒に歩き出しただけだ。
なんとなく、並んで歩いていると……。
「お! 見ろよ!」
男の子が空を指差す。
そこには綺麗な虹が出ていた。
「……綺麗」
「な? 良いことあっただろ?」
「え?」
「雨が降らなきゃ、虹は出ない」
「……そうだね」
そして、男の子は少し照れたような表情をする。
「それに、雨が降らなかったら、こうやってお前と話すこともなかった」
「……うん。そうだね」
こうして、私たちは他愛のない話をしながら、一緒に帰った。
終わり。