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第11話 レインボー

「ごめん。雫とは友達でいたいんだ」


 もう何度目になるだろう。


 人を好きになり、仲良くなる努力をして、告白して、フラれる。


 まるでテンプレートのように辿る一連の流れ。

 いい加減止めればいいのに。


 何度も何度も、自分に言い聞かせた。

 それなのに、自分の意思とは無関係に私の心は恋をする。

 フラれるために、傷つくために、私は恋をするのだ。


 美夜からは「ドMなの?」と笑われたこともあった。

 そのときはムッとしたものだが、改めて考えてみれば、なんとも言いえて妙だ。

 でも、私は傷つきたいと思っているわけじゃない。

 ただ、単に傷つくという結果になるだけだ。


 傘を持っていないときに雨に降られるのと同じだ。

 決して濡れたいわけじゃない。

 けど、どうやったって濡れてしまうのだ。

 そして、天気は私の意思じゃ変えられない。

 受け入れるしかない。


 私の恋はまさにそんな感じだ。



「告白しなきゃいいのに」


 昼休み。

 机を向かい合わせにしながら、いつも通りに美夜とお弁当を食べる。


「……それって意味ある?」

「少なくてもフラれないよ」


 私のお弁当からタコさんウィンナーを摘まんで、口に入れる美夜。


「それだと友達で終わるじゃん」

「傷つくよりはマシじゃないの?」

「今回は成功するかもしれないのに?」

「そう言って、成功したことあった?」

「……」


 私は美夜のお弁当の中のハンバーグを箸で突き刺し、口の中に入れる。


「ああっ! 私のハンバーグ!」


 美夜のお母さんは料理上手。

 冷凍食品じゃなく、ちゃんと手作りのハンバーグだ。

 毎日、こんな料理を食べられるなんて、美夜は幸せ者だ。


 それなのに、本人はそのことをわかっていない。


「けどさ、雫は凄いと思うよ」

「なにが?」

「普通はフラれるかもしれないって思ったら、なかなか告白はできないよ?」

「……私だって、勝算もなく突っ込んでるわけじゃないよ」


 いい雰囲気だと思うから、もしかしたら相手が私のことを好きかもしれないと思うから、告白している。

 地雷原に特攻してるわけじゃ、決してない。


 たとえ、雨が降りそうな天気でも、晴れ間が見えているから飛び出しているのだ。


「雫は無駄にコミュ力高いからね。男子からしても話しやすい異性って感じよね」

「無駄にって何よ。私だって努力して、仲良くなろうとして必死でやってるんだけど……」

「あー、ごめんごめん。でも、そのせいだとも思うんだよね」

「なにが?」

「一気に近づき過ぎじゃないかな。だから、恋人っていうより友達の感覚になっちゃうのかも」

「……」


 いつも告白した相手から言われる、定型文。


「雫とは友達でいたい」

「雫を女って目で見てなかった」


 いつもそうだ。

 晴れ間を信じて飛び出して、土砂降りに合う。

 それが私だ。




「いや、あれはただの比喩だったんだけどなぁ」


 学校の帰り道。

 突然の土砂降りに遭遇して、定休日のお店の軒下に避難したわけである。


 全く止みそうにない。

 かといって、この中を特攻する気にもなれない。

 せめて、お店が開いていれば中に入って時間を潰せるのに。


 そんなことを考えていると、私と同じように男の子が軒下に向って走ってくる。

 見覚えはないが、制服を見る限り同じ高校だろう。


「……まさに、人生の土砂降り。って、それは比喩だっつーの!」


 軒下に入った男の子は不機嫌そうにつぶやく。


 ……私と同じようなこと考えてたんだ。


「ふふ」


 思わず声を出して笑ってしまった。


「……」


 男の子が私に気づいて、気まずそうに顔をそむけてしまった。

 おそらく、誰もいないと思ったんだろう。

 順番が逆だったら、私が同じ目に遭っていたと思う。


 ザーッという雨の音だけが辺りに響く。

 なんだか、気まずい。

 とりあえず、場を和ますために話しかけてみよう。


「天気予報じゃ降らないって言ってたのにね」

「え? 90パーセントって言ってたよ?」

「そ、そうなんだ……」


 適当なことを言ったらダメだね。

 天気予報なんて普段見ないからなぁ。


 ……って、あれ?


「それなら、なんで傘持ってないの?」

「あ、いや……。逆に言うと10パーセントは降らないってことで」

「随分と低いオッズに賭けたね」

「結果はこの通りだけどね」


 男の子ははあ、と大きくため息を吐く。


「まあ、でも、その気持ちはわかるかな」

「え?」

「10パーセントも希望があれば、賭けてみたくなる」

「……そう、なんだよなぁ」


 男の子は遠くを見るような目をする。

 そして、まるで独り言のように呟く。


「どんなに確率が低くても、0じゃないなら賭けてみたくなる」

「……」

「で、無理して肘を壊して、結果、可能性が0になるってね」


 笑えねー、と言いながら苦笑する男の子。

 肘を壊す……。

 おそらく野球部員かなにかだろうか。

 確か、うちの学校は野球の強豪校だったっけ?


「チャンスを信じて頑張った結果がこれなんてさ。そりゃ、人生土砂降りって感じだよ」

「私のことと同じって言ったら失礼かもしれないけど、私も同じだな」

「……?」

「好きになって、振り向いてほしくて、わずかなチャンスを信じて頑張ったのに、いつもフラれる。……私も、人生、土砂降りって感じかな」

「……もしかして、フラれると降られるを掛けた?」

「違うから! やめて、私が滑ったみたいじゃん!」

「あはは。ごめん」


 男の子が初めてこっちを見て、そして笑った。


「でもさ、俺、思うんだ。ダメだと諦めてたら、絶対に前には進めない。雨に降られたからこそ、良いことがあるんじゃないかって」

「……そうかな?」


 私も一時はそう思っていた。

 だけど、そんなことは一度もなかった。


「あ、止んだ」

「え?」


 男の子の声で、雨が止んでいることに気づいた。


「ホントだ」

「じゃあ、行くか」

「うん」


 なんてことはない。

 話の流れで一緒に歩き出しただけだ。


 なんとなく、並んで歩いていると……。


「お! 見ろよ!」


 男の子が空を指差す。

 そこには綺麗な虹が出ていた。


「……綺麗」

「な? 良いことあっただろ?」

「え?」

「雨が降らなきゃ、虹は出ない」

「……そうだね」


 そして、男の子は少し照れたような表情をする。


「それに、雨が降らなかったら、こうやってお前と話すこともなかった」

「……うん。そうだね」


 こうして、私たちは他愛のない話をしながら、一緒に帰った。


 終わり。

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