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第10話 幼馴染の2人

 美穂ちゃんと圭一くんは私の1歳年上の幼馴染だ。


 私は普段からボーっとしている性格なので、幼馴染というよりはお姉ちゃんとお兄ちゃんという感覚の方が強い。

 いつも私の面倒を見てくれた、美穂ちゃんと圭一くん。

 私はそんな美穂ちゃんと圭一くんが大好きだ。


 美穂ちゃんは私の理想の女の子。

 私が美穂ちゃんみたくなれることは絶対にないだろうけど、それはそれでいい。

 憧れ続けて、なりたいと努力すれば、少しは近づけると思うから。


 圭一くんは私の理想の男の子。

 将来は圭一くんみたいな人と結婚したい。

 そのためならちゃんと頑張れると思う。


「心配だなー、私」


 いつものように3人で下校しているときだった。

 ふと、美穂ちゃんがそんなことを言った。


「なにが?」


 私がそう問いかけると美穂ちゃんが複雑そうな表情をした。


「来年から私と圭一は高校生でしょ? そしたら、こうやって加奈と一緒に帰れないじゃない?」

「あー、それは言えるな。俺も心配だ」


 圭一くんもうんうんと頷きながら言う。


「ちょっとー。私、中学生なんだよ? 大丈夫に決まってるじゃない」

「ホントに? 迎えに行かなくても起きれる? 忘れ物もしない? お弁当も自分で作れる?」

「うっ……」

「ほらぁ~」


 はあ、とため息をつく美穂ちゃん。


 私の家は両親が共働きで、ほとんど家にいない。

 そういう事情もあって、美穂ちゃんや圭一くんは私の面倒を見てくれてたんだと思う。


 それは今もあまり変わっていない。

 私が起きる時間には、お母さんはもうパートに出ている。

 だから、いつも、美穂ちゃんが私を起こしに来てくれるのだ。

 ……私の分のお弁当を持って。


「でもさー。加奈がこうなったのは、美穂が甘やかし過ぎたところもあるんじゃない?」

「えー、私のせい?」

「あれだよ、過保護ってやつ」

「そうかな~? そこまでじゃないと思うんだけど」

「おっと。自覚なしか」

「どういうこと?」

「そのままの意味だよ」

「なによー!」

「あははは」


 3人で笑い合う日々。

 14年間、ずっとこうしてきた。

 私たちの学校は小中一貫校だから、本当に14年間ずっとだ。


 だから、美穂ちゃんと圭一くんがいないなんて生活は正直に言って考えられない。

 2人がいない生活なんて、現実味がないのだ。


「大げさだって。別に引っ越すわけでもないし、永遠の別れでもないだろ。単に登下校が別になるってだけだって」

「それが不安なのよね」

「だから、そういうところだって」


 今は11月。

 あと、半年もしないうちに2人は高校に行き、私は一人で学校に通わなければならない。


(いつまでも、美穂ちゃんに心配かけてたらダメだよね)


 私はずっと美穂ちゃんみたくなりたかった。

 だから、これはいい切っ掛けなのかもしれない。

 圭一くんの言う通り、美穂ちゃんがなんでもしてくれるから、私はそれに甘えていた。


 美穂ちゃんが来てくれないなら、自分でやるしかない。


(やれるだけ、頑張ってみよう)


 次の日から、私はまず、美穂ちゃんが起こしに来る前までに起きて準備をするようにした。

 時々は寝坊することはあったけど、なんとか頑張ることが出来ている。


「それはそれで寂しいのよね」


 美穂ちゃんが寂しそうに笑う。


「それ、完璧、母親目線だろ。美穂の方が子離れできてないぞ」

「なによ、失礼ね」

「あはははは」


 こうやって3人で笑い合っていられるのも、残り2ヶ月だ。



 ちゃんと起きれるようになってからは、お弁当作りにもチャレンジするようになった。

 いつもよりも30分早く起きて、お弁当を作る。


最初は戸惑って、全然完成まで出来なくて、美穂ちゃんに手伝ったりしてもらったけど、1ヶ月もすればちゃんと1人で作れるようになった。


そして、卒業式間近のある日のこと。


「なんて返事するの?」

「んー」


 圭一くんがクラスの女の子から告白されたらしい。

 それを聞いて、私は物凄いショックを受けた。


 勝手な妄想だけど、私はなんとなく圭一くんと結婚してもらえると思っていた。

 というより、この先もずっと一緒にいてくれるものだと思い込んでいた。

 今までそんなフワフワした気持ちだったけど、このときはっきりと自分の気持ちに気づいた。


 私は圭一くんが好き。

 幼馴染としてじゃなく、お兄ちゃんのような存在としてじゃなく、一人の男の人として。


「ヤダ……。私、圭一くんが他の女の子と付き合うなんて、ヤダ」


 物凄い子供じみた台詞だ。

 自分でも嫌になるくらい。


 でも、圭一くんはそんな私の頭を撫でて笑ってくれる。


「大丈夫。断るよ」

「……なんて言って、断るの? 嘘は返って傷つけるからね」

「わ、わかってる。ちゃんと好きな人がいるって言うよ」


 私は凄く嬉しかった。

 圭一くんも私のことが好きなんだって。

 馬鹿なことに、そう思い込んでいた。



 そして、2人の卒業式の日。


 圭一くんが公園で落ち込んでいた。

 どうやら、圭一くんは美穂ちゃんに告白して、断られたんだと言う。


 私はそれを聞いたとき、頭が真っ白になった。

 圭一くんが好きだったのは私ではなく、美穂ちゃんだったんだって。

 考えてみれば当たり前だ。

 美穂ちゃんの方が私よりもずっと魅力的な女の子なんだから。


 私は何も考えずに、勢いで美穂ちゃんのところに行った。


「どうして、断ったの?」

「だって、加奈は圭一のこと好きでしょ?」


 美穂ちゃんは私のために圭一くんの告白を断った。

 私に圭一くんを譲るために。


 それを聞いて、私は美穂ちゃんの頬を叩いた。

 もちろん、そんなことをしたのは初めてだったし、美穂ちゃんが私を叩くことなんて14年間、一度もなかった。


 美穂ちゃんは目を丸くして呆けていた。


「そんな美穂ちゃんは嫌い。圭一くんの気持ち、考えてないでしょ?」

「あっ……」


 美穂ちゃんはハッとした表情をして俯いてしまった。


「私、大丈夫だよ。2人がいなくても大丈夫だから」

「……加奈」

「それにね、圭一くんはお兄ちゃんとして好きなだけだから。だけど、美穂ちゃん以外の人に取られるのは嫌かな」


 私はその日、初めて美穂ちゃんが泣くところを見た。

 そして、その日の夜、私は美穂ちゃんよりもたくさん泣いた。

 今までで一番、たくさん、長く泣いた。


 人ってこんなに泣けるものなんだ?


 そう思うくらい私は泣き続けた。




 4月。

 今日から私は3年生だ。


 いつもより早めに起きて、家を出る。

 歩いていると、遠くに美穂ちゃんと圭一くんが並んで歩いている姿を見つけた。

 2人は手を繋いでいる。


(バイバイ、美穂ちゃん、圭一くん)


 私はこの日、初めて1人で学校へと向かうのだった。


 終わり。

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