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第9話 男友達

 あたしは小さい頃から、周りが求める女の子をしていなかった。

 同年代の女の子が人形遊びやお絵描きをしている頃、あたしは男の子と一緒に外で遊んでいた。


 あたしの両親は、年を重ねていけば年相応に女の子らしくなると期待していたようだったが、あいにくこの感覚は高校生になっても変わらなかった。


 女の子同士で好きなアイドルのことやファッションのこと、流行物のことを話すのなんて、興味もなかったし苦痛でしかない。

 中学に入学した時に、周りと合わせようと思って頑張ってもみたが耐え切れなくなってすぐに止めてしまった。

 人間、無理をしてもつらいだけでいいことは何もない。


 中学の頃はまだ男友達に混じって遊んでいられたが、高校にもなればなかなかそうもいかない。

 こっちが望まないのに、異性と接することに対して特別な感情を寄せるようになってきた。

 つるんでいた男のグループの人たち数人から告白されたりもした。

 当然、あたしはそんな気はないので、断っていたが、そのことでグループ内の雰囲気が悪くなり、いつしかあたしは孤立するようになる。

 もちろん、今更、女子のグループに入れるわけもないし、入りたくもない。


 教室内で孤立するあたしは、いつしか学校に行く頻度が減っていった。


 そんなあたしを見かねてか、両親が環境を変えるためと言って、田舎のおばあちゃんの家に行くのはどうかと提案してきた。


 口ではあたしのことを心配しているようにとりつくっているけど、どうせ、世間体を考えてのことだろう。

 登校拒否の娘を抱えていると、近所の評判も悪くなる。


 かといって、あたしは両親に迷惑をかけたいわけでもない。

 だから、あたしはこの提案を受け入れ、田舎のおばあちゃんの家へ行き、学校も転校した。


 どうせ、田舎に行っても同じ。

 あたしは最初、そう思っていた。


「釣りにでも行かね?」


 そう言って誘ってきたのが浩平だった。

 浩平は乱暴な口調や態度をすることが多いためか、クラスでも孤立していた。


 あたしも転校してきた当初は周りが気を使って色々と誘ってくれたが、あたし自身が気を使うのが嫌だったので、興味のないことはドンドン断っていった。

 そのせいか、1ヶ月もしたら、あたしもクラスで孤立した状態になっていたのだ。


 で、そんなあたしに声をかけてきたのが浩平だったというわけである。


 女に対して、最初に誘った場所が釣りというところが、なんだか妙にあたしの中で刺さった。

 釣りはやったことがなかったし、興味があったのであたしは誘いに乗ることにする。


 それからはもう、ほとんどの時間は浩平とつるんでいた。

 お互い、行きたい場所にいき、やりたいことをする。

 あたしと浩平の嗜好が似ていたせいか、大体、行きたい場所ややりたいことは同じだった。


 あたしにとって浩平は気の許せる親友だった。

 多分、浩平も同じだったと思う。

 浩平があたしを女として意識するようなことはなかったし、あたしも浩平が男だからと気にすることはない。


 単に一緒にいるのが楽しいから一緒にいる。

 ただ、それだけ。

 それだけのことなのに、妙に心地よかった。


 そしてそれからあっという間に3年が過ぎていく。


 高校3年のお正月。

 その年もいつも通り、浩平と年を越し、初詣に行った。

 神社でお参りし、甘酒を貰って、酔っぱらったーなんて馬鹿をするのも毎年の恒例だ。


 だけど、浩平がぽつりとこんなことを言った。


「お前とこうやって騒げるのも、今年で最後か……」


 それはこっちに来た時からわかっていたことだった。

 高校卒業後は両親の元へ帰る。

 そんな約束で、こっちに来ていた。

 だから、大学も実家に近いところを受けている。


 なのに、あたしは浩平に言われるまで、そのことに気づいていなかった。


 ……いや、きっと気づかないフリをしていたのだと思う。


 浩平と離れることに現実味がなかった。

 そんなわけがないのに、これからもずっと浩平と一緒にいられると思っていた。

 思いたかった。


 だけど、そんなことはない。

 浩平は地元の大学に行くのだから。


 その日、あたしは家に帰って泣いた。

 泣きに泣いて、泣き続けた。


 そして、あたしはここに来て、ようやく気付いたのだ。


 浩平を好きだってことに。


 随分と勝手な話だと思う。

 あたしはこれまでずっと浩平に対して、異性として意識していなかったし、それを浩平に臨んでいた部分がある。

 異性として見られたくない。

 今のままの関係がいい。

 そう思っていたのだ。


 だけど、あたしは気づいてしまった。

 あたしは浩平を異性として見ていたことに。

 そして、あたしを異性として見て欲しいと思っていることに。


 それから3ヶ月なんて、本当にあっという間に過ぎて行った。

 高校を卒業し、実家に帰る日。


 浩平はあたしを見送りに来てくれた。


「この3年間は、スゲー楽しかった」

「うん、あたしも……」

「お前がいなかったら、俺はきっと、つまらない高校生活だったと思う」

「うん、あたしも……」

「だからさ、お前には感謝してるんだ」

「うん、あたしも……」


 あたしは涙をこらえることで精一杯だった。

 だけど、どうしても聞いておきたいことがあった。


「……浩平。あたしがあっちに行っても、あたしたち友達でいられるかな?」


 あたしがそういうと、浩平は困ったような顔をしてこう言った。


「多分、無理だな。近くにいるからこそ、俺たちは親友でいられたんだと思う」

「……そう、だよね」


 あたしは涙を見られないように、それからすぐに電車に乗った。

 電車が出発する頃には、あたしは号泣していた。


 そして、浩平にさよならを言えなかったことに気づいた。



 あたしが実家に戻って半年が過ぎた頃。

 浩平が言った通り、全くと言っていいほどあたしたちの連絡は途絶えた。


 離れた場所にいれば遊べない。

 そんな状態で友情は続かないのだと痛感した。

 もう、浩平とは友達ではないのだ。


 そろそろ大学で友達を作らないとなと思いつつも、浩平のような人はいないだろうし、入学してから半年が過ぎているのに、ここから友達を作るのは難しいと諦めていた。


 それでも少しは頑張ってみようかな。


 そんなことを思っているうちに夏休みに突入する。

 せっかくの決意がくじかれてしまった状態だ。


 家でゴロゴロとする日々が続く、ある日のことだった。

 突然、家のインターフォンが鳴る。


 出てみるとそこには――。


 浩平が立っていた。


「よお!」


 何事もなかったように挨拶をしてくる浩平。


「え? なんで? なんで、ここにいるの?」

「なんでって、お前に会いにきたんだけど」

「……でも、浩平、言ったよね? 遠くに行ったら友達じゃいられないって」

「ああ、言ったな」

「じゃあ、なんで来たの?」

「友達じゃないから」

「え?」

「離れてたら友達でい続けるのは難しいけどさ……」


 浩平が顔を赤らめながら言葉を続ける。


「恋人なら大丈夫なんじゃないか?」


 あたしの目からは自然と涙が溢れる。


 もう、浩平とは友達ではない。


 今日から浩平とは恋人同士になったのだった。


 終わり。


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