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第8話 通学路

4月。 


今日から新学期、というか中学生としての生活が始まる。

 小学校のときとは違い、今日からは学ランを着て学校に通う。

 背中にはランドセルじゃなく、手で持つタイプのカバンだ。


 お母さんに頼んで、結構いいカバンを買って貰った。

 選びに選び抜いた、黒い大人っぽいカバン。


 靴だってそうだ。

 スニーカーじゃなくて革靴を履いている。


 髪も、今日は5時から起きてばっちりセットした。

 鏡を見るとそこにはまるで別人のような僕が写っていた。

 なんていうか、一言で言うと大人な感じ。


 というか今日から僕は中学生。

 もう大人と言ってもいい年齢だ。


 ……中学生。

 この日をどんなに待ち望んだことか。


 あの日。

 3年前の今日。

 僕は絶望した。


 だから、僕はずっとこの日を待っていたんだ。

 今日から、中学生になった僕の生活はきっとバラ色になる。


「……それにしても遅いなぁ」


 電柱柱の陰に隠れながら、僕は腕時計を見る。

 7時45分。


 おかしい。

 そろそろ、というかとっくにここを通ってもいいはずだ。


 だって、もう遅刻ギリギリなんだから。


「もしかして、もう通っちゃったとか?」


 いや、そんなことはないはず。

 だって、僕は6時半くらいにはここにいたんだから。


 いくらなんでもそんなに早くは通らないはず。


「それじゃ、ルートが違うとか?」


 いや、それもないはず。

 だって、何度も何度も念入りに調べたから。

 絶対にここを通って学校に行くはずだ。


「……あんた、こんなところで何してるの?」


 時計を見ながら考え事をしていたせいで、声を掛けられるまで全然気づかなかった。


「うわっ!」

「きゃあっ!」

「なんだよ、美希か。びっくりさせるなよ!」

「ビックリしたのは私の方なんだけど!」


 坂下美希。

 僕と6年間ずっと同じクラスだった女の子だ。

 6年も一緒だったせいか、なんだかんだ言って仲が良い。

 というより、あっちからよく話しかけてくる。


 恥ずかしいから止めて欲しいんだけどな。


「……で? なにやってんの、こんなとこで?」

「べ、別にいいだろ。なにしてたって」

「まあ、いいけど、遅刻するわよ?」

「……」

「入学式から遅刻なんて、先生に目を付けられると思うけど」

「……そ、そうかな?」

「そりゃそうでしょ。入学式に遅刻って、どんだけだと思ってるのよ」

「……わかったよ」


 しょうがない。

 今日は諦めて学校に行くしかない。

 美希の言う通り、初日から遅刻なんてことをしたら悪目立ちだ。


 僕が歩き出すと、その横を美希が付いてくる。


「おい、ついてくるなよ」

「何言ってんのよ! 目的地が一緒なんだから仕方ないでしょ!」

「そ、そりゃそうだけど……」

「てか、あんた、随分と気合入れてるわね。もしかして中学生デビュー?」

「う、うるさいな……」


 ニヤニヤしながら美希が僕の顔を覗き込んでくる。


「色気づいちゃって、まあ」

「……おばさんみたいな言い方だな」

「失礼ね!」


 僕の言葉で怒ったのか、美希はむくれて黙ってしまう。


 このまま無言で学校まで行くのはなんか気まずい。

 それに美希は一度怒るとしつこいからなぁ。


「……今日の髪型、いいじゃん」

「え? ホント? やっぱりわかる?」


 急にコロッと表情が変わる。

 本当にわかりやすい。


「うん。網目がいつもより細かくて、手が込んでる」

「うふふふ。そうでしょ、そうでしょ」


 得意げに美希が笑っている。


「どう? 大人っぽいでしょ? これなら男子も放っておかないんじゃない?」

「そうだな……」

「……なによ、その気のない返事は?」


 また不機嫌になる。

 本当にコロコロと変わって面倒くさい。

 お姉さんを見習ってほしいくらいだ。


「……なあ、美希」

「なに?」

「香織さん、覚えてるか?」

「香織さん? ……ああ、幸田香織さん? 覚えてるわよ。昔、よくお世話になったもんね」

「香織さんの家ってさ、大庭公園の近くだよな?」

「うん。そうのはずだよ。それがなに?」

「いや、あそこから中学校まで行くには、ここを通るはずだよな?」


 僕がそう言うと、美希がニヤニヤと笑い始める。


「あー、もしかして、あんた、香織さんのこと待ってたんでしょ?」

「……うるさいな。別にいいだろ」

「なるほどねー。だから、そんなに気合入ってたんだ」

「……」


 くそ。やっぱり言うんじゃなかった。

 凄く恥ずかしい。


「でも、いくら待っても無駄だよ」

「え? なんでだよ?」

「だって、絶対、ここの道、通らないもん」

「なんでそんなこと言えるんだよ!? 僕、ちゃんと調べたんだぞ!」


 すると美希がわざとらしく、大きくため息を吐いた。


「よく考えなさいよ。香織さん、今日から高校生じゃない」

「……あっ!」

「確か、香織さん、緑都高校のはずよ。中学とは真逆だね」

「……真逆」

「残念だったわねー。待ち伏せして、一緒に登校する計画だったみたいだけど、無駄よ無駄」

「うわあああああああ!」


 僕はこの日、3年前と同じ絶望に包まれた。

 これからは香織さんと一緒に学校に行けると思ったのに。


 うう……。

 仕方ない。

 香織さんと一緒に通学する計画は高校生まで持ち越しにするしかないようだ。


 終わり。


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