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第2話 お気に入りのぬいぐるみ

 優美香の家は両親が共働きで、いつも家の中では一人だった。

 物心ついたときには、その状態だったので特別寂しいとは思わなかった。


 その理由の一つとして、優美香は5歳の誕生日にクマのキャラクターのぬいぐるみをプレゼントされたことがある。

 当時は抱きしめられるくらいの大きさのぬいぐるみは優美香の心の隙間を埋めた。


 優美香はそのぬいぐるみがあれば、一人でもまったく寂しくなかった。


 そして、それから15年後。



「お疲れ様。明日も11時からコンサートのリハだから、今日は早く寝ろよ」

「えー。それじゃ、5時間も寝れないじゃない」

「……なんで、明け方まで起きてる前提なんだよ。さっさと寝ろよ」

「ねえ、雅之。1時からにしてくれない?」

「……マネージャーって言えって言ってるだろ」

「2人なんだから、いいじゃない」

「ダメだ。マネージャーって言う癖をつけておかないと、外でつい出たら終わりだぞ」

「はーい」


 優美香はアイドルになっていた。

 小さい頃、家で一人だった由依香はテレビでアイドルを見てから、歌やダンスの練習ばかりやっていた。

 その甲斐もあり、17歳の頃にアイドルグループとしてデビューし、今はグループから卒業してピンで活動している。

 アイドルの中ではかなり人気がある方だ。


「……そろそろ、この家も変えないとな」

「え? なんで?」

「ここだと、セキュリティ面に不安がある」

「セキュリティ面?」

「結構、ストーカーに近い奴も出てきてるからな。それに、この前雑誌で買い物してるときの写真出ただろ? あのときに大体の家の場所の予想を建てられてるんだよ」

「引っ越しかー。めんどいなァ」

「だから、いつも、物は持たないように言ってるだろ」

「だってぇ……」


 雅之は歩いて、棚の上のクマのぬいぐるみを見下ろす。


「なあ、このぬいぐるみ、そろそろ捨てたらどうだ? もう、原型の色、残ってないだろ」

「だーめ。それだけは絶対に捨てれないの」

「なんでだよ?」

「だって、私にとっては親代わりだから」


 優美香は5歳の誕生日に買ってもらったクマのぬいぐるみを、まだ大切にしていた。

 今ではもう、そのぬいぐるみがないと眠れないくらいになってしまっている。


「よくわからないけど、大切なら仕方ないか」

「どんなにボロボロになっても、手放す気はないかな」

「そっか」


 その日、雅之は優美香に引っ越しに向けて物を整理しておくように言って帰った。


 そして、その数週間後に雅之の嫌な予感は当たってしまう。


 ある日、優美香が家に帰るとなんというか、とにかく違和感があったらしい。

 なんというか空気が違うというか、いつもの部屋の臭いが違ったというような、そんな微妙な違和感。


 そこで部屋を見ていくと窓が一ヶ所、鍵がかかっていないところを見つけた。

 優美香はもしかしたら、鍵を閉め忘れたかもしれないと思う。

 さらに盗られた物が何一つなかったことから、今後はしっかりと戸締りをするということで、警察には届けるようなことはしなかった。


 しかし、その日から明らかに異常なことが起こり始める。

 以前から、優美香のところにファンからプレゼントが届いていたのだが、部屋の中で欲しい物や食べたいものを言ったものが、ピンポイントで送られるようになったのだ。


 そこで優美香と雅之が思いついたのが『盗聴』だった。


 すぐに盗聴器を調べる機器を購入し、部屋の中を調べた。

 するとクマのぬいぐるみから反応が出た。


 とりあえずぬいぐるみの表面をくまなく調べたが、盗聴器らしきものは見つからなかった。

 さらに、今の盗聴器はかなり小型化してることもあり、ぬいぐるみの中を調べてみたが見つけることはできなかった。


 優美香は悩みに悩んだ結果、ぬいぐるみを処分することにした。

 親同然とさえ思っていたぬいぐるみでも、中に盗聴器が入っている可能性があるのなら持ち続けるわけにはいかない。


「俺がぬいぐるみを処分するよ」

「……お願い、マネージャー」


 雅之はぬいぐるみを受け取り、スタッフを数人、家に呼び家の周りを見張らせた。

 盗聴器が見つかったことで犯人がどう出るか分らなかった為だ。


 そして、次の日。

 部屋の中には優美香と雅之の2人だけ。

 そこで雅之は優美香に今日から違う部屋に行くように指示する。


「とりあえず、すぐここに行ってくれ」

「あれ? ここって、雅之の部屋の隣じゃん」

「……マネージャー!」

「ああ、ごめんごめん。でも、いいの?」

「とりあえずだよ。噂が立つ前にちゃんとした場所を見つける」

「そっか」

「荷物は全部処分するぞ」

「うん、いいよ」


 優美香にとってはあのぬいぐるみが無くなった今、他には大切な物はなかった。

 雅之から鍵を受け取り、変装をして家を出た。

 尾行に気を付けながら、雅之の部屋の隣に到着する。


 鍵を使ってドアを開け、中に入る。


 用意されていたソファーに座り、被っていたウィッグを取る。

 ふう、と深いため息をつく。


 すると、ふと目の前に何かが現れた。

 顔を上げると、そこには見知らぬ40代の男が立っている。


「裏切り者!」


 男は手に鉄棒のような物を持っていて、それを振り上げる。

 優美香は突然のことで頭が真っ白になり、悲鳴一つ上げることができない。


 ――ドン。


 頭に今まで受けたことのない、強い衝撃を受ける。

 気づくと前のめりに倒れていた。


 目の前に自分の血が広がっていく中、優美香は「え? どうして?」という言葉が頭の中に浮かび上がり、そして、意識が遠のいていったのだった。


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