その日、俺は世界の命運を、その手に握らされる羽目になった。
唐突に。強引に――。
俺の名前は
ごく普通の、友達が少ない高校生だ。
ここで注意してもらいたいのだが、友達を作らないのではない。
作れないのだ。
……なんか、自分で言ってて悲しくなってきた。
とりあえず、今日は楽しみにしていた漫画の発売日。
ホームルームが終わったら、すぐに教室を飛び出して本屋にやってきたわけだ。
この本屋は小学校の頃から利用しているのだが、ちょっと変わっている。
普通、新刊とかは入り口近くの客の目につくところに置くはずだ。
しかし、この本屋は違う。
なぜかランダムで置かれている。
新刊も旧刊もゴッチャだ。
ジャンル分けもされていない。
見つけ出すだけでも一苦労というわけである。
なので、この本屋は客を選ぶ。
俺みたいに探すのが楽しいという人以外は、リピーターはいない。
……なんで、この本屋って潰れないんだろうか。
そんなことを考えながら本屋を見て回る。
すると、ふとある本が目についた。
なんで、その本が目に入ったのかは、今でもわからない。
無理やり理由をひねり出すとしたら、『オーラ』が出ていたとか、そんな感じだ。
なんとなく、俺はその本を手に取った。
赤いハードカバーの本。
タイトルはなんか読めない文字が書かれていた。
そして、普通はカバーが掛けられているはずなのに、この本はむき出しだった。
何気なく本を開いてみる。
すると――。
「どうも、初めまして。私は燐子と申します」
本の中から現れたのは、不思議なネズミのような生き物だった。
そして、まるで連絡事項を告げるかのように淡々と話し始めた。
「たった今、あなたは勇者に選ばれたのです」
「……勇者?」
「はい。勇者とは魔王と唯一、対等に戦える存在のことです。勇者と魔王はいわば表裏一体の存在で、魔王が目覚めるとき、勇者もまた、目覚めます」
「なるほど。じゃあ、俺は生まれたときから、そんな重要な使命を持ってたってわけか」
「いえ、違います」
それはもうハッキリとキッパリと言われた。
……否定するなよ。凹むだろ。
「あなたは、たった今、勇者になったのであって、生まれたとき……いえ、さっきまではただの人間、つまり凡人でした」
わかっている。
僕が平凡な人間だということは言われなくてもわかってる。
でも、それを他人から言われると、ちょっとなんていうか、泣きそうになるぞ。
「今は勇者になれたのですからいいじゃないですか」
「うーん。確かに、特別な存在っていうのには憧れるけどさ、あんまり重いのは面倒なんだよな」
「いえいえ。そこまで重く思う必要はありませんよ。あなたが負ければ、世界が滅ぶだけですから」
重かった。
とてつもなく。
「選ばれてしまったからには仕方ありません。受け入れてください」
「勇者という宿命を押し付けられるって、こんな気分なのか……。結構、嫌だな。それより聞かせてくれ。どうして俺が選ばれたんだ? やっぱり、血筋とか眠っている力があるとかか?」
「いえ。この本を開いたからです」
「……随分と雑な選び方だな。じゃあ、逆に言うと、俺じゃなくてもよかったのか?」
「本を開いてさえいただければ、誰でも良かったです」
うわー。
それを本人に言っちゃう?
一気にモチベーションが下がったぞ。
「とにかく、選ばれたんですから、張り切っていきましょう。頑張って世界を救ってください」
「そういえば、魔王っていつから目覚めてるんだ? そんな影響とか全然、なさそうだけど」
「影響が出るのはこれからです。なぜなら、魔王も目覚めたばかりなのですから」
「え? そうなの?」
「さきほども申した通り、勇者と魔王は表裏一体なのです。つまり、勇者が目覚めたことにより、魔王が目覚めるというわけです」
「……ってことは、俺が魔王を目覚めさせたってこと?」
「まあ、そういうことになりますね。なので、あなたは魔王を目覚めさせた罪があるので、倒す責任があります」
それって詐欺じゃね?
無理やり金を貸して、利子付けて返せって言ってるようなもんじゃねーか。
……違うか。
「では、能力について説明させていただきます」
「ちょっと待て! 俺の身の安全は保障されるよな? 俺、喧嘩とか弱いんだけど。運動神経ゼロだし」
「大丈夫です」
燐子はドンと胸を手で叩いた。
「最悪、死ぬだけです」
「……」
全然大丈夫じゃねえ。
「いいじゃないですか。どうせ、あなたが死ねば世界は滅ぶんです。早いか遅いかの違いですよ」
「いやいやいや。そんな重いのはマジで勘弁してくれ」
「まあ、正直に言うと、別にあなたに納得してもらう必要はないんですけどね。どうせ、あなたは戦うしかないんですから」
「人間はそれを脅迫と言うんだぞ」
「あなたには私を含めた12の召喚獣を使役して戦っていただきます。それぞれの召喚獣の能力を説明しますね」
「12? ちょっと待った。いきなり全部言われても覚えきれねーよ。ほら、一戦一戦敵と戦いながら、一体ずつ使って覚えるとかさ」
「一戦一戦と言われましても……。最初の相手は魔王ですよ?」
「いきなりラストバトルかよ! クソゲーじゃねーか!」
「敵は魔王だけですからね。仕方ありませんよ」
一人だけって……それ、全然、王じゃなくね?
「そういえばさ、報酬は何を貰えるんだ?」
「……報酬ですか?」
キョトンとした顔をする燐子。
「いやいや、だってさ、世界を救うんだぜ? しかも、自分の寿命を使ってさ。それなりの報酬を貰うのが筋でしょ」
「そうですね……。強いて言えば、使命からの解放、でしょうか」
「……どういうこと?」
「魔王を打ち負かし、封印した後、私はまた眠りにつきます。そうすれば、あなたは勇者という使命が終わり、また凡人に戻れるのです」
「……全然、報酬になってねえ」
「後はそうですね……。世界を救ったという自己満足感でしょうか」
「いらねえよ!」
「我儘な人ですね」
「くそー、こんな本を開いたばっかりに」
「不運でしたね。日頃の行いが悪かったせいですよ」
「お前が言うな!」
「とにかく、あなたは無償で自分の生死を掛けて世界を救ってください」
サラリと凄いことを言ってくる。
ブラック会社も真っ青の条件だ。
「大丈夫ですよ。召喚獣は凄い能力を持った獣ばかりですから。例えば
「強すぎて、逆に使えねーパターンじゃねーかよ」
「他には……」
「ちょっと待った。さっき、お前も含めてって言ったよな?」
「はい」
「お前の能力はなんなんだ? 説明するだけの無能か?」
「私は始まりにして終わりの使徒です。強制的に魔王を眠りにつかせる能力を持っています」
「チートじゃねーか。もう、全部、お前がやれよ」
「それはできません。いくら私が有能と言っても、あくまで使徒なのです。使われることでしか、能力を発揮できません」
「ふーん。ちなみに、お前の能力はどうやって使うんだ?」
「私の能力を使うのは簡単です。無能なあなたでも、すぐに覚えられますよ」
「……いいから早く言えよ」
「本を閉じるだけです」
俺は本を閉じた。
いきなりラストバトルが始まって終わりを告げた。
こうして、世界の平和は守られたのだった。