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第二章:占いの始まり

冬の午後、冷たい風が村の空気を切り裂く中、エミルのカフェには静けさが漂っていた。暖炉の火がぱちぱちと音を立てるだけで、客の姿はまばらだった。エミルはカウンターに肘をつき、父が生きていたころの賑やかなカフェを思い出していた。常連たちの笑い声や、父の軽快な冗談。それが今は夢のように遠い。


ドアのベルがかすかに鳴った。エミルが顔を上げると、リナが静かに入ってきた。彼女は肩にショールを羽織り、目の下に疲れの影を浮かべている。エミルは彼女を心配そうに見つめた。


「リナさん、いらっしゃい。寒いですね。温かいコーヒーをどうぞ。」

エミルはすぐに彼女のためにトルココーヒーを準備し始めた。最近練習を重ねたおかげで、コーヒーの泡は前よりもしっかりと膨らむようになっていた。


「ありがとう。」リナは微笑んだが、その顔には心からの明るさは見えなかった。カップを手にしながら、彼女はため息をついた。


「何かあったんですか?」エミルはカウンター越しに静かに尋ねた。


リナはしばらくカップを見つめていたが、やがてぽつりと話し始めた。「最近、何をしてもうまくいかない気がして…。都会での仕事に疲れ果てて村に戻ったけれど、ここでも自分の居場所が見つけられない気がするの。」


エミルはその言葉を聞きながら、ふと思いついた。「リナさん、占いをしてみませんか?トルココーヒーの占いです。」


「占い?」リナは驚いたように目を見開いた。「そんなことができるの?」


エミルは笑顔を浮かべて頷いた。「昔、父がよくやっていたんです。コーヒーの粉が作る模様を見て、未来や気持ちのヒントを探すんですよ。もしかしたら、何か気分が晴れるきっかけになるかもしれません。」


リナがコーヒーを飲み終えると、エミルは慎重にカップを手に取った。そして、カップを逆さにして、底に残ったコーヒーの粉を円を描くように回した。少しの間、模様が定まるのを待ちながら、エミルはリナに微笑みかけた。


「さて、見てみましょう。」カップを覗き込みながら、エミルは父が教えてくれた占いの基本を思い出した。


「ここに山のような形があります。これは困難を示しているけれど、それを乗り越える力もあなたの中にあるということです。」


リナは興味深そうにカップを覗き込んだ。「本当に?」


「ええ、そしてここに太陽のような形があります。それは、希望や新しい始まりを表しているんです。」エミルの言葉に、リナの表情が少し柔らかくなった。


「…太陽、か。」リナは静かに言葉を繰り返しながら、どこか遠い目をしていた。「少しだけ、未来が明るく感じられるかも。」


エミルは彼女の言葉に安心し、心の中で小さくガッツポーズをした。コーヒーの味を超えて、人を元気づけられる方法があるのだと気づいた瞬間だった。


それから数日後、リナの占いの噂は村中に広がり、エミルのカフェには占いを頼む客がぽつぽつと訪れるようになった。


「エミル、俺のカップも見てくれ。」ムスタファが冗談交じりにカップを差し出す。


「お前の未来は明るすぎてまぶしいだろうな。」エミルは笑いながら答えた。その軽口に、カフェには久しぶりに笑い声が響いた。


エミルは思った。父が築いたカフェをただ守るだけではなく、新しい何かを生み出していくこと。それが自分にできることかもしれない、と。


ポットを手に取ったエミルは、改めて村の人々に目を向けた。彼らの笑顔と会話が、父が大切にしていたものだ。そして今、自分がその役割を少しずつ担い始めている。それを感じながら、エミルは新しい一杯を丁寧に淹れ始めた。



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