朝の冷たい空気がカフェのガラス窓を曇らせていた。父アリがいなくなって初めての朝。エミルは、小さなキッチンに一人で立ち、銅のポットを手に取った。その手は震え、ポットの冷たさが指先に伝わる。父のようにうまくできるだろうか。自信はなかったが、村人たちが訪れる前に何とか準備を整えなければならない。
ポットの中に冷たい水を注ぎ、棚から極細に挽いたコーヒー豆を取り出した。父が残した古い缶には「最高の香りを届けること」と手書きで書かれていた。エミルはその言葉をじっと見つめ、深く息を吸った。
「父さんならどうしただろう?」
小さくつぶやきながら、豆を慎重に測り、砂糖を一さじ加えた。そして、火をつけると、弱火でじっくりと熱を伝えていく。泡ができ始める瞬間が、トルココーヒーの命だと父は言っていた。だが、その泡はすぐにしぼみ、予想以上に薄い香りしか立たなかった。
「これじゃ、父さんのコーヒーにほど遠い…」
エミルは肩を落としながら、ポットを持ち上げ、カップにコーヒーを注いだ。褐色の液体がカップを満たしたが、その表情には満足感はなかった。
カフェのドアが開く音がした。朝の冷たい風が吹き込む中、最初の客がやってきた。彼は農夫のムスタファ。冬の仕事帰りに立ち寄るのが習慣だった。
「おはよう、エミル。」ムスタファは慣れた手つきで椅子に腰を下ろした。「今日は父さんはいないのか?」
エミルは一瞬口ごもった後、笑顔を作りながら答えた。「父は…いないんです。でも、僕がコーヒーを淹れますから。」
ムスタファは目を細めて、エミルをじっと見つめた。「そうか。じゃあ一杯頼むよ。寒さが身に染みるからな。」
エミルは緊張しながら、準備したコーヒーをムスタファに差し出した。彼がカップを手に取り、慎重に一口飲むと、エミルの心臓は早鐘のように鳴った。
「どうかな…?」
ムスタファは眉を上げた。「うーん、まだ若い味だな。」そう言って笑った後、カップをテーブルに置いた。「でも、初めてにしては悪くない。これからだろう。」
その言葉にエミルは少しほっとし、椅子に腰掛けた。父のように完璧な味には遠かったが、村の人々が暖かく見守ってくれるのだと感じた。
その日の昼下がり、常連客のアナがカフェにやってきた。彼女はエミルのコーヒーを味わい、「香りはいいわね」と言って、励ましの笑みを浮かべた。
「父さんのコーヒーにはかなわないけど…僕、頑張ります。」
エミルの言葉にアナはうなずきながら言った。「父親のやり方をそのまま真似する必要はないわ。あなたらしいコーヒーを作ればいい。」
その言葉は、エミルの心の奥に深く響いた。「僕らしいコーヒー…」
アナが帰った後、エミルはカフェの中に一人残り、父のポットを見つめた。その表面には父が長年使い続けた証拠のように、無数の小さな傷が刻まれている。手で触れると、不思議と温かさを感じた。
「明日は、もう少しうまくできるかもしれない。」
そう思いながら、エミルはまたポットに水を注ぎ、静かにコーヒーを淹れる練習を始めた。ポットから立ち上る湯気が、明日に向けた小さな希望のように見えた。