「学園破壊計画?」
物騒さを極めるパワーワード。
かつて数多の死線を潜り抜けた彼でさえも、その言葉が有する真っ直ぐ過ぎる恐ろしさを前に身体を強ばらせる。
「まっ詳しくは授業後に話そう、その書物があれば彼女が不在でもやっていけるだろう?」
中断を後押しするように学園のチャイムは再び鳴り響くと会話を弾ませていた者達は直ぐ様席へと次々に着席を遂げていく。
リズの書物を頼りに彼女の言葉に従って授業へと身を投じるが当然のように集中出来るはずもなく、シリウスには空虚な時間が流れた。
一種の苦行とも言える歯痒い時間だがようやく終わりの合図は全体へと響き渡り、生徒達は昼休憩と散り散りになる。
「やぁ、待たせたねシリウス君」
飛び掛かる勢いで近づいたシリウスへとミレスは語るようにコーヒーを口にし、羨望の眼差しを向ける彼を前に続きの言葉を吐き出した。
「リズ・セフィラム、本名はリズ・クレイド・スタイナー、レヴィーランズ新王国の国王レルド・クレイド・スタイナーの娘が彼女の正体さ」
「ふ〜ん……えっリズちゃんお姫様!?」
「彼女が普段使う名は偽名、と言っても周囲には普通にバレてるから尚も偽名を貫くのは彼女なりの自己暗示ってところかな」
全く察せなかったと言えば嘘になる。
世話焼きかつ庶民的ながらも彼女の所作からは何処か貴族らしさをシリウスは薄々感じていた。
しかしそれでも王女とまでは予想が至らず、ましてや偽名を使用していることに彼は驚く。
「と、言ってもその経歴は彼女の足枷にしかなっていない。結論から言えば今の国王、彼女の父はナイン・ナイツ勢力の言いなりだからね」
「言いなり?」
「国王はあくまでも形だけ、政界などの権力はナイン・ナイツのブランドが支配してるも同然で王はただ彼らの意志を肯定するのみ。まっ使い勝手のいい傀儡ってとこかな」
(またナイン・ナイツが暴れてるのか、全くまるで懲りない奴らだねぇ)
『歴史は繰り返されると言いますが……こうも綺麗に我々の努力は無駄となりましたか』
明かされてく未来の実態にカリバーは深い深いため息を吐き、シリウスは憤りを意味するツッコミを内心で木霊させる。
「ついた蔑称は奴隷王、娘である彼女にも奴隷王の娘という蔑称が与えられた。幾度も娘を振り回して挙げ句の果てには権力欲しさに国王はワイルズ家のレヴダ君との婚姻関係を結んだ」
「そういや……麗しき薔薇とかよく分かんないこと言っていた気が。しかし婚約者とは」
「まぁでもあくまで政略結婚。肉親同士の話し合いでリズ君はレヴダ君はとの婚姻関係を結ばれたのさ。ワイルズ家の妻になるという形で。彼女の意志は無視された」
明かされていく戦乙女の実態。
背景が鮮明になる度に何処か焦り気味で何処か大人嫌いでもあった彼女の一面はより具体的なものへと化していく。
「その対抗手段として考えたのが国家の中核を担う学園にてナイン・ナイツを残滅する計画。フォルトゥナゲームに勝つことで学園からナイン・ナイツを脱落させ、パワーバランスを崩壊させようとした。幾ら彼らでも色んな事情からゲームの結果とポイント操作は出来ないのを武器にね」
「それが学園破壊計画ってこと?」
「正解、まっ……大人から言わせてもらえば無謀という評価が相応しいかな。兵揃いの奴らに一人で挑むとは勝算を感じられない。担当教師として陰ながら彼女の未来を応援はしてるけどね」
「勝算……ね」
「だが彼女は止まらないだろう、その先に例え破滅が待っていようとも。まぁ君も穏便な生活を望むなら彼女には干渉しないことだね。これ以上」
そう告げたミレスはコーヒーを飲み干すと颯爽と教本を小脇に抱えた。
聞いた情報を整理していくシリウスに一言残すと彼女もまた教室の外へと足を向かわせる。
波風を立てない生活を送りたいのならこの計画への介入は止めろという忠告と共に。
「カリバーちゃん、君が思う最適解は?」
『我々はまだまともな基盤を築けず、社会の仕組みも理解が出来てない状況です。ここでこれ以上目立つのは悪手と言えるでしょう。彼女の意志を尊重して勝利を大人しく祈るのが最適解です』
「素晴らしい正論だね〜まっ、そういうのが必ずしも正しいって限らないのは」
『勿論……熟知しております。静観していましたが今の彼女は理性的とは言えない。予想に過ぎませんがあのまま感情任せにゲームへ突き進めば』
間違いなく敗戦するかと__。
「やっぱ、そう考えちゃうか」
容赦なく発せられたカリバーの見解。
言葉を選ばぬなら自暴自棄と言ってもいい振る舞いはシリウスに不安を抱かせる。
生死に関わる戦いの地で数多の兵士を見てきたからこそ多少は人よりも彼は敏感だった。
(俺なんかより遥かにしっかり者……けど色々と抱え込みすぎてる、あれじゃ本来の戦いってやつを見失うも同然だ)
本能的な勘が心の底から激しく訴える。
そんな内に蠢く不安を更に煽るようにシリウスの背部からは不敵な声が鳴り響いた。
「おやおや、か弱きお姫様のお荷物くんはこんなところでぼっちか」
「あん?」
彼女と入れ替わる形で向けられる殺意。
振り返り、視線を合わせた瞬間、両者の間には直ぐにも殺伐とした緊張感が齎される。
目の先にいたのは壁へと寄りかかりながら蛇蝎の嘲笑を浮かべるレヴダであった。
「シリウス・アーク、麗しき乙女達に介入したりと随分と下品な暴れをしているみたいだな。この学園に似つかわしくない下劣な男だ」
「これはこれは……ワイルズ家の坊っちゃんじゃないか。いつも引き連れてる沢山のお仲間はどうしたんだい?」
「あんな無能共は追放したよ。ボクに大いなる恥をかかせたケララ以下の実力しかない奴らなんてボクの聖域に置くはずがないだろう? ボクは所持する駒も高貴でなくてはならないんだ」
「変わんないね〜昔からそういう直ぐに仲間を切り捨てるとこ、血筋ってのは凄いんだな」
瞬間、軽くあしらっていたシリウスの胸倉にはレヴダの手が素早く伸び、のしかかるように壁に押し付けられる。
「相変わらず……虫唾が走る。舐めるなよ? 旧式の
「お得意のナイン・ナイツマウントか。その脅しが本当か、今ここでゲームしてみるか?」
「フンッ……いずれ貴様も潰す、しかし今は下民と戯れている暇はない。ボクはもう直ぐ今度こそ麗しき薔薇を我が物にするのでね」
パッと手を離したレヴダはその言葉通り、レヴダの視線にはシリウスの姿など映らず自分の世界に陶酔するように彼は虚空を睨みつける。
ミュージカルのように大袈裟な動作を交えながらどこまでも独りよがりにリズへの跳梁跋扈な妄執を語っていくのだった。
「あの女の権利はボクが獲得したんだ。貴様のような下劣な人間ではない。しかしあの薔薇は刺々しくてね……中々忠誠になろうとしない。だからこそ今回のフォルトゥナゲームで彼女の棘を全て抜き取る。彼女もゲーム開催に同意した」
「婚約者なら棘まで愛したらどうだ? そんな扱いするからかわい子ちゃんに嫌われてんじゃん?」
「貴様……ハッ、まぁいいさ、このゲームに勝てば彼女はボクの妻となる。あの美しさはボクが支配するに相応しい。ワイルズ家の存在感は他のナイン・ナイツを凌いで成長するッ! 貴様に塗られた穢らわしい泥も全て帳消しとなるだろう」
(他のナイン・ナイツ……未来でも奴らの仲は相変わらず悪いのか)
ここが百年前ではないかと錯覚するくらい代わり映えのしない事実にシリウスはため息を吐く。
頭を掻くしかない彼を気に留めることなく、レヴダは勝利の祝福に悦楽へと勝手に浸る。
「故に貴様は邪魔な存在なのだ、麗しき薔薇を誑かす不届きの野蛮人め。しかしそんな存在に深入りする彼女もまた愚か者だな」
視線を移したレヴダはシリウスの為に徹夜をかけて製作したリズの書物へと目をやる。
返答を待つ前に強引に手に取った彼はパラパラと事細かながら端的に学園のルールについてを纏めたそれを見下していく。
「こんな男の為にわざわざ下らないものを、全く度し難いねェッ!」
怒号を発し、眉間にシワを寄せるレヴダは穢らわしい書物だと地面に叩きつけようと盛大に振りかぶろうとする。
だが彼の腕はバシッという音と共に突如伸びてきた何者かによって阻まれる。
正体は他でもない、激しい剣幕を浮かべるレヴダを凝視しながらシリウスは引き起こされようとしていた行為を強引に制止させた。
「ッ!?」
「そいつはリズちゃんの努力の結晶だ、雑に扱うのは俺が許さないよ」
「貴様その汚らわしい手を離せッ! ボクだけの薔薇に触れる不埒な男が!」
「八つ当たりで物に当たる人間に不埒とは言われたくないねぇ〜」
「クソがっ……!」
またも思わぬ反撃を食らったレヴダは強引に掴まれた腕を引き剥がすと直ぐにもリズの書物を付近の机へと放り投げた。
白銀の王子様と金色の王子様、互いに美麗ながらもまるで違う両者の衝突。
不快そうに握られた部分の袖をはたいたレヴダは今にも嬲り殺しそうな勢いで睨みを効かす。
「フンッ……やはり君のような男はあの麗しき薔薇に相応しくはない。獲得するのはボクだ」
激昂し、額がぶつかりそうなほど顔を近づけたレヴダはシリウスを鼻で笑う。
「いずれ貴様もボクがこの手で引導を渡す。だが今日は行われるフォルトゥナゲームで精々彼女の今際の無意味な抗いをとくと堪能するがいい。場所は第一闘技場、盛大な展開を期待し給え」
捨て台詞を残したレヴダは、嘲笑を浮かべながら教室の外へと歩いていく。
迫りくる二人の決戦、死闘のゲームを暗示するかのように靡いたそよ風に埃が宙を舞う。
足早な男の去り際を見送ったシリウスは彼が乱雑に触れたリズの書物を丁重に手に取り、熱意が込められた一頁一頁を凝視していく。
「なるほどね……なぁカリバーちゃん、一つだけ俺ちゃんのわがまま聞いてもらえるか?」
『えぇマスター、貴方の意志は言わずとも理解しております』
「そっか、そんじゃ行くかッ!」
やるべきことは今ので確定した。
今回ばかりは彼女の願いを拒絶する。
これがどう未来に作用するかは後で考える、今はただ己の思う本能に従うのみ。
書物を懐へとしまい込んだシリウスは教室の外へ足を向かわせ、その足取りに迷いはなかった。