「ゲームね……あのフォルなんちゃらってやつかい?」
「フォルトゥナゲームよ。ここでは良くも悪くもあのゲームが学園に流行して支配をしている。続きは歩きながら話しましょう」
リズに追随する形でシリウスは学園の長廊下を歩いていく。
道中、出会う生徒に手を振りまくる彼を尻目に彼女は事の経緯を鮮明に明かした。
「この学園はリファインコード適正者のみを対象とした育成機関。私達のリファインコードは政府傘下の開発機関からなるべく均衡的に提供されている。まぁナイン・ナイツ勢力は別だけど」
「前に言ってた裏ルートか?」
「そう、ナイン・ナイツはレヴィーランズ新王国の政界にも多大なる影響力を有している。幾らでも贔屓行為は許されるし国立であるこの学園の教師達も……大半は奴らの
『昔と状況が変わりませんねマスター。あの時、あそこまで追い詰められて、ましてや帝国の崩壊まであっても政界にまで進出する程の力を持つとは』
「全くしぶとさだけは一流だな、昔も今も」
過去を知るカリバーやシリウスからすれば今の状況にはため息しか出ない。
互いに呆れにも似た言葉を交わしつつ再び今を知るリズの奏でる言葉へと耳を傾けた。
「故に強権で支配しているのは奴ら、でもそんな状況じゃ他生徒の不満は募るばかり」
「その為に設置されたのがフォルトゥナゲーム」
「御名答、実力主義の学園として一応は公平感を持たせる為の互いにポイントを奪い合ってランキングを競う仮初のゲーム、勝てば勝つほどポイントは上昇してランキング上位へ食い込む」
「それでもナイン・ナイツの支配に変わりはないってことか。ランキングも上位の大半は奴ら」
「……結局ナイン・ナイツの支配に変わりはないわ。一応アンタは100ポイントのランキング最下位からのスタートよ」
【シリウス・アーク】
・プレイヤーランキング1500位タイ__。
・獲得ポイント100pt__。
バトルを含めたあらゆる観点でポイントを競い合うフォルトゥナゲーム。
しかし実力主義の体裁を保つ為だけの不平等なゲームにリズはため息を吐くしかない。
「しかしそんな状況なのに何で学生はここにいるんだ? 君も含めてさ」
「この学園を卒業できたら官職の確約があるからね。三年間を凌げば将来安泰、それに憧れて入る人間も多い。戦うのが好きってイカれたのも結構いるけど。私は……って着いちゃった」
リズが指し示したのは変哲のない教室。
シンプルな内装だが百年前に比べれば遥かに向上している技術にシリウスは辺りを見回す。
そんな彼を既に教室にいた者達は足先から脳天まで興味深く見渡している訳だが。
「ここがアンタのクラス。何かあったら怖いから一応アンタは私の隣の席に申請しておいた」
「えっリズちゃんの隣!? 嬉しいな〜」
「そういうのいいから!? 学問、実技共に私達はこの教室や演出施設でゲームを行う。まっその他諸々は暇な時間に一応これでも見てなさい」
呆れつつもリズは懐から自作感がありながらも小綺麗に纏められた書物を渡す。
彼女の目元には徹夜にまで及んだことを意味する隈が浮かんでいた。
「これは?」
「私なりに作った学園のチュートリアルよ。それがあればある程度の事は理解出来る。フォルトゥナゲームも色々と面倒なルールあるから。ゲーム途中の妨害は原則禁止、とかその他諸々」
その内容は学園規則から各設備に施設にまで。
更にはフォルトゥナゲームのルール全てが網羅されるまでに及ぶのはまさに努力の結晶と言っても過言ではない。
「こんなものまで!? いやぁリズちゃんは優しいね〜! ありがとう!」
「ッ……とにかくそういうことだから、言っておくけどこれからの学校生活ではあんな無闇に女子生徒にナンパは起こさな」
「うわッ!? あの子ちょー可愛いじゃん! よし話しかけてこよ!」
ガシッ__。
「ぐぇっ!?」
早速忠告を無視しようとしたシリウスの首根っこは駆け寄る前に強引に掴まれた。
「聞こえなかった? ナンパを……す・る・な」
「は、はい……すいません」
身の毛もよだつ鬼のような笑顔が背後からシリウスへと襲いかかる。
百戦錬磨も息を呑ませる眉をピクつかせた満面の笑みは場へと静寂を促す。
傍から見れば飼い主と大型犬、不思議な雰囲気を醸し出す二人は着席してると荘厳なチャイムが鳴り響きを始める。
数秒の末にやがては赤髪のポニーテールが靡く妙齢の乙女が教壇へと立った。
「ここの大半の者達は理解していると思うが今日は学園を騒がしている転入生がいるので……私の名はミレス・ソーラ。このクラスの担当教員を務める者だ」
「ミレス先生、この学園の大人じゃ数少ないまだまともな人よ。学園で困ることが何かあったら彼女に聞くといいわ」
コソコソとリズが耳元で補足を囁く。
当の本人は全く耳に入っておらず、リズとはまた違う大人の色気がある容姿にメロメロになって頬杖を付いているが。
「さぁ新入生、ここの者達に一つ挨拶を」
「えっ? 俺?」
「アンタ以外誰がいるのよ、名前と軽い決意表明の無難な挨拶、普通の挨拶で十分だからね」
無難でいい、普通でいいと彼女は万が一に備えて彼へと口うるさく釘を刺す。
不敵な笑みで「オーケー」と放ったシリウスだがリズが打ち込んだ釘は。
「どうも始めましてかわい子ちゃん達? 俺の名前はシリウス・アーク、完璧イケメンの王子様で趣味はかわい子ちゃん探しッ! 誰かこの後、俺とお茶でもしない?」
盛大に弾き飛ばされるのだった。
「「「はっ?」」」
「あんの馬鹿……!?」
教室内の空気は氷点下、ミレスも点にした目をシリウスへと向けるが当の本人は全くの無問題と邪気のない笑顔を振り撒いた。
無個性な挨拶であるならイケメン顔も相まって王子様と黄色い声援が起きても可笑しくないがそれを掠める程の内面に全員がドン引きする。
「えっと……随分と個性的な挨拶だね。まぁ元気があることはいいことだ」
「でしょ? てか先生もどうですか? 俺と一緒にランチとかでも」
「いや遠慮しておこう。ということで、これから皆もシリウス君と仲良くしてやってくれ」
「ありゃ振られちゃった。まぁいいや、よろしくね皆の衆〜!」
無難どころか突飛にも程がある
万が一の展開にリズはふとシリウスが隣に座ることを思い出して全身を震わせたのだった。
「いやぁリズちゃんどうだった? 今の挨拶、完全に掴めたんじゃない!?」
「掴んだどころか握り潰してるわよ……」
「え?」
もう怒る気力もないリズは根っからこういう奴なんだと自分に言い聞かせていく。
飼い主……ではないが飼い主のようになってしまった責任として彼女は一挙一動の警戒を行いながら彼のサポートを行う。
落ち着きがないシリウスに勉学中も面倒事が起きるのではないかとリズは常にヒヤヒヤしていたが意外にも彼は勤勉な一面があった。
「では今日は歴史機械学の続きから。リファインコードはクロニクル・ウォー終結後から三度の技術革新により、サードシリーズにまで成長を遂げました。基本的な総合スペックの上昇、また魔力研究の新解釈によってオーバーコードの出力負荷を」
「はい先生! 魔力研究の新解釈って具体的にゼロシリーズと比べて何が変わったんですか?」
リズから配布された教本を真面目に読み込むシリウスは時折、淡々と進められる講義を遮ると次々と恐れ知らずに疑問を発していく。
普段の振る舞いから不真面目という先入観を抱いていたリズは驚き、周囲の生徒もまた積極的な彼の姿にヒソヒソと声を交わしていた。
彼女含めた優等生でもここまで積極的な姿勢を取る者は滅多にいないからこそ尚更。
「アンタ……意外とそこは真面目なのね」
「こう見えて昔から勉強は好きだったんでね。色んな知識が頭に入るのは楽しいでしょ? 俺は色々と遅れちまってる人間だし」
「遅れてる……?」
何処までも不思議で不可解な男。
遅れてると意味深な言葉を口にした彼にリズは珍獣を観察するかのような視線を送る。
目の前にいるのは本当に伝説の存在か、はたまた偶然の神様が齎した悪戯なのか。
「ではここの第二問目をリズ君頼めるかな?」
「えっ? あっ……すみません、少し考え事をしてしまっていて」
「ほう? 優等生の君が珍しいな、では」
「はいはい! 先生俺にやらせてください!」
普段なら滅多に犯さないミスを無意識に犯してしまう程に彼女の思考は自身の代わりに手を挙げた溌剌な彼に支配されている。
不可思議ながらもシリウスを交えた講義はどうにか穏やかには過ぎ去り、チャイムの音色にリズはようやく考えの巡らせを中断させた。
「ほぉ〜一回でこんなにも新しいリファインコードの情報が得られるとは! やっぱいつの時代も勉強っていいなリズちゃんッ!」
だが、謎めいていながらも一つだけ本能として明確に分かることがある。
このあらゆる思念が複雑に交わうこの学園に彼は良くも悪くも余りに真っ直ぐ過ぎること。
ふざけてるが悪い人間ではない、授業終わりの疲れも感じさせない八重歯が見える笑顔はそう語りかけているようにリズには感じられた。
「そう……なら良かった」
「いいねぇこの学園、まだあまり知らないけど気に入ったよ、リズちゃんこれからも俺に色々と教えてくれ「いや」」
「最低限の事はアンタに伝えた。アンタは多分この学園でも生きられるだろうし私は必要ないわ」
「へっ?」
だからこそ行わなくてはならない。
少しだけ先延ばしされた決戦と自身の計画にこれ以上彼を巻き込んではならない為に。
グイグイと迫るシリウスには唐突に突っぱねるような言葉が鼓膜に響き渡った。
騒がしさを極める教室だが彼女の透き通る声だげが自身の思考に巡っていく。
「ちょっと急にどうしたのよリズちゃん〜! そんな寂しいこと言っちゃって、俺は君のおかげでここにいてこれからも君のことを「私はッ!」」
「これ以上……アンタを巻き込むつもりはない。きっとアンタは悪い人じゃないから。破滅の可能性に自ら向かう痴れ者は私だけで十分よ」
「えっ?」
冗談事ではない口調。
周囲も思わずリズへと視線を向ける。
何処か自暴自棄にも見える彼女にシリウスにも緊張感が走る中、背後からは穏やかな声が忠告を行うように発せられていく。
「リズ君、本当にやるのかい? 彼にまたあのゲームを仕掛けると。まぁやらなくては君にとって不本意な結末になってしまうのだろうけど」
いつの間にか二人の目の前に辿り着いていたミレスはコーヒー片手に彼女を深く見つめる。
信頼できると彼女が発した言葉通り、これまでの教師達とは違う穏やかな表情を前にリズは言葉を紡いだのだった。
「先生……すみません、でも私はやらなきゃいけないって決めたんです。これ以上……歯車の上にいてたまるかって」
「……そうかい、右腕を失ったレヴダ君は大層ご立腹かつ名誉挽回と今日の昼にも君との再戦を望んでいる。最後の準備は今のうちだと思うよ」
「今日……分かりました。いくら引き伸ばしたって何も変わることはない、私は……例え難攻不落でも勝ち続けて
「えっちょリズちゃん!?」
置いてきぼりのシリウスの制止を気にもとめず、リズは忠告に従って足早に教室を去っていく。
辺りからは「またやるのか?」「彼女が勝てるはずがない」と悲観的な声が囁かれる。
今の出来事を忘れられるはずもなく堪らずシリウスはミレスへと疑問を投げた。
「えっと先生? リズちゃんに何があってあんな追い詰められた感じになってるの?」
「彼女から聞かされてないのかい?」
「いや、全く」
「はぁ……レヴダ君の右腕を偶然でも葬り去った君にも相談しないとはやはり彼女は一人で完遂するつもりか。自身の運命を破壊するために」
「運命?」
生徒用の長机へと寄り掛かったミレスは湯気立つコーヒー入りのマグカップを啜りながら語る。
どうしようもなく、そして運命に振り回される彼女が抱いた大いなる決意を。
「彼女は成し遂げようとしているのさ、ナイン・ナイツを全て葬り去る……