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第7話 刻が奪いし純潔のエレイソン

 この世界の王子様は少し変わっている。 


 その王子様はとてもかわい子好きだ。

 その王子様は姫の胸に飛び込む変態だ。

 その王子様はビンタをされて気絶した。

 そして、その王子様は……とても魅力的だ。


「ッ……」


 窓越しに差し込む青白い光。

 羽毛のベットに広がる黒髪に包まれながら少女は静かな朝に目を覚ます。

 寝癖が立つ髪を直しながら目を擦り、新たな夜明けの光景へと視線を向けた。


「夢……じゃないわよね。私の幸せな夢じゃ」


 リズ・セフィラム。

 またの名をリズ・クレイド・スタイナー。

 どの方位からだろうと相手を魅了するであろう秀麗な容姿を持つと見做せる存在は未だに夢見心地なあの出来事を思い出す。

 顔を洗う時も、髪をセットする時も、重めの朝食を口に運ぶ時も、常にあの出来事が。

 何処かでは自分が見た都合の良い王子様の夢ではないのかとも考えている。


「ねぇ、今日正式に決まったって話よ、あのレヴダの腹心撃破したって子! しかもあのヴィルドの白薔薇と偶然同じ名前って話だし!」


「勝ったら学園に入れてやるとかそういう条件でゲームが始まったって流れだったっけ? いやマジで勝つとは思わなかったわ……」


「それな! てか腹心と言えどあぁいうのに勝っちゃうとか快挙でしょ! 気になるなあの子!」


「貴方は顔目当てなだけでしょ」


 だが女子寮から出た途端に鼓膜に響いた学生達の興奮に塗れる会話が彼女が体験したアレが夢ではないことを裏付けていく。


(そっか……やっぱり現実だったのよね)


 一夜が明けてリズは揺るがない現実へと再び引き戻されていく。

 彼女の思考は無意識にあの決戦が終わった直後へと回想を始めた。


「えっ……はっ……?」


「何が起きて……?」


「ケララを撃破しただと……!?」


 騒然とする会場。

 誰もが勝敗を疑わなかった場面はたった数十秒の出来事によって見事に覆される。

 出来レースと貶したって異論は出ないゲームの結末は周囲へと静かなる驚嘆を誘う。


「はっ……? えっ何、これどういうことだよ、あり得るわけがないだろ……?」


 特に現実を受け入れられないのは他でもない。

 弱者との対決という好条件故に選出した右腕であるケララが目の前で倒れ伏せている。

 到底認められない事実にレヴダは髪を掻きむしりながら審判の役目を放棄して取り乱した。


「何をしてるケララッ! 早く立て、奴を完膚なきまで叩きのめせッ! ボクが言っているんだぞ、さっさと立ち上がれッ!」


 どれだけ語気を強めようと満身創痍のケララはただ深手を負った事に苦しむだけ。

 素人が見ようと今の彼が再起不能であることは周知の事実であった。

 番狂わせの結末に周囲は騒がしさを極め、オーディエンス達は混沌の一途を辿っていく。


「このゲームもらっ……あっヤバっ」


「ッ! シリウスッ!」


 笑顔を絶やさないシリウスだが万全でないのに加えて満身創痍の追い打ちに肉体はとっくに限界を迎えており、真っ直ぐに倒れ始める。

 反射的に身体が動いたリズは観客席から飛び降りると地につこうとしていたシリウスを華麗に抱き留めた。


「あれ……リズちゃんやっほ〜」


「ちょっとアンタ大丈夫!?」


「おやおや……疲れ果てた王子様がお姫様に抱き留められるなんてとんだお笑い話だね」


「そんな冗談言ってる余裕ないでしょ!?」


 ここに来てもまだ軽口を放つ姿勢に額面通りに受け取れるはずもなく、間髪入れずにリズはツッコミを奏でていく。

 冷静に見えるが彼女自身も勝利に歓喜するべきか、彼の潜在的な強さに畏怖すべきかで内に眠る感情は様々な要因によって入り乱れていた。


「起きろッ! 起きろって言ってんだッ! それでもこのボクの右腕だっていうのかッ!?」


 尚もまだ声を荒げ乱雑な足蹴りをしてでもケララを起こそうとするレヴダ。

 会場は最早ゲームの事を忘れてしまう程に混沌へと進み続けていた。

 リズは辺りを見渡しながらシリウスに代わって必死に思考を巡らせる。


(落ち着け……どうする、このカオスに包まれたゲームを切り抜けるにはどうすればいい)


 瞬間、脳裏に過る一つの方法。

 やるしかない、彼の道筋に光を灯すために。

 慌ただしさによってこの結末がうやむやに曲解、歪曲の末路を辿らないように。


「レヴダッ!」


 リズのよく響く声は全体を沈黙させる。

 静寂が支配する空間に彼女は混乱する状況を直ぐ様、元の軌道へと乗せ直す。


「さっさとゲームの結果を言ったらどう? 審判役を務めているのは貴方なのよ」


「ッ……リズ、君はッ!」


「五分以内の決着、アンタの右腕は再起不能、これはフォルトゥナゲームの勝敗条件に成立する。まさか右腕だからってゲームの敗北を認めないことなんてないわよね?」


 この場で自分がなすべきこと。

 それはフォルトゥナゲームの成立。

 改めて観衆へと勝敗の存在を認知させることで混沌へと逃げ道を作らせない。


「それともまさか……調子乗ってゲーム仕掛けて都合が悪くなったら取り消しなんてそんな情けない事をナイン・ナイツがするつもり? 男なら自分の始めた物語はケリを付けなさい」


「貴様……! このボクに指図をッ!」


「感情論だけじゃない。フォルトゥナゲームの結果を捻じ曲げればどうなることか、それはアンタも理解しているはずよ」


「ぐッ……!?」


「認めなさいよアンタが条件を出した彼の無罪を。彼がこの学園に参加する権利を。ゲームの勝者には報酬が付き物よッ!」


 高らかに発せられた反撃の言葉。

 暫くは忘れないであろうその光景を最後にリズは校舎を前に立ち止まりながら回想していた思考を現実へと再び呼び戻す。


(何忘れてんだか……自分で色々やってるのに。アイツのことを夢の中の王子様と思うなんて)


 あの場にてリズに出来た最善の策。

 いくらナイン・ナイツだろうとここでの否決は自らに対するイメージの悪化を齎しかねない。

 ましてやゲームの結末を理不尽に変えることはこの学園では認められず、それでも押し通すとなればを払うことを意味する。 

 だからこそ彼女は認めさせたのだった、オーディエンスの目の前でゲームの勝者と敗者を。


(上手くいったけど……問題があり過ぎる……ゲームの流れで学園に入る事になっちゃったしアイツ)


 とは言うもののこの状況は勝ったとはいえ薄氷の上にいるようなもの。

 悪く言えば彼を延命させたその場しのぎでしかなく、彼女にとっても彼にとっても前途多難な状況にいることに変わりはない。

 この普通とはかけ離れたイカれたゲームが支配する学園ならば尚更どうにかしなくてはならない、だが今はそれよりも。


(アイツは何者……? レヴダの右腕を撃破してしまうなんて……まさか本当にヴィルドの白薔薇? 確かクロニクル・ウォーで消息不明になったって)


 未知数を極めるあの男の存在。

 シリウス・アーク、かつて最強とも言われ戦争の終結に至った伝説のリファインコード使い。

 与太話と一蹴していたがあの戦いで生じた事実はそう安々と判断してはいけない程に信憑性を格上げしていた。


 ゼロシリーズと呼ばれる百年前付近に製造された骨董品とも揶揄される現代のサードシリーズとはまるで違う旧式のリファインコードを所持。

 腐ってもナイン・ナイツの右腕ポジションに就けるほどの実力者であったケララ・ヴァイスから形勢逆転による一方的な勝利。

 更には彼が現れたあの歪み、ただの不審者と断定するには余りにも強大で余りにもイレギュラー過ぎる。


「まさか……いやでも、アイツがヴィルドの白薔薇であるなら」


 大戦後に消息を絶ち、骨一本の遺体すらも見つからなかったとされるシリウス・アーク。

 理由は分からないが彼をあの伝説と同一人物と 仮定すればある程度の筋が通ってしまう。

 段々と疑念は加速し、自分はとんでもない存在といるのではないかと畏怖にも似た感情が根底から湧き始めながら歩を進めていく。


「ヘイそこの可愛いお嬢さん! 俺ちゃんと少しお茶でもしないかい? おっそこの青髪がキュートな子猫ちゃんも一緒にどう!?」


「……はっ?」


 だが、そんな思いも目の前に映り込んだ光景によって直ぐにも吹き飛ぶのだった。

 あの時の姿は何処へやら、リズの視界に広がるのは学園中庭にて可愛い子を見つけてはナンパを繰り返すシリウスの姿。

 身に纏う制服も相まって秀麗な容姿はまさに王子様だが今はどうでもいいと蹴り飛ばせるくらいの彼の行動にリズはあんぐりと口を開ける。


「えぇ〜? お誘いは嬉しいけど……でも私、彼氏いるからごめんなさい!」


「えっ彼氏いるの!? んだよ先越されてるじなねぇかよ〜!」


 ケララ戦の勝利によって変態不審者というレッテルが少しばかり軽減したのもあるだろう。

 中身や経緯はともかく顔は満場一致のイケメン故に女子達も彼からのナンパに満更でもない。

 前からいたのではないかと錯覚するくらいに順応している上機嫌なシリウスは次々と女子生徒へと果敢に声を掛けていた。


「ん? あっリズちゃんおっはよ〜!」


 一頻りの女子達への猛アタックを終えた末に死んだ目で見つめるリズを発見したシリウスは満面の笑みで駆け寄る。

 懐いてるかのように駆け寄る様は思わず大型犬とつい錯覚してしまう程だった。


「……アンタ何してんの」


「えっ? ナンパ」


「えっ? ナンパじゃないわよ!? 初日から女の子にアタックするとか何考えてんの!?」


「だって可愛い子がいっぱいるんだもん、そりゃしたくなるってもんよ! てかこの制服めっちゃいいな、俺のカッコよさを際立たせてる!」


「アンタねぇ……学園長から正式な入校手続きの書類は受け取ったの?」 


「ん、何それ? あっそこの子猫ちゃん俺と少しお話しな〜い?」


 キョトンとした顔で首を傾げたと思うと直ぐにもまた彼はナンパというゲームを始めていく。

 一瞬にして押し寄せた呆れがあまりに強く彼女は返す言葉を失うのだった。

 本当にケララを脱落させた人間と同じなのか、堪らずリズは立ち眩みをしてしまう。


「だぁぁぁもう! 行くわよッ! ナンパするにしてもやることやってからやりなさい!」


「えっちょリズちゃん!? そんな強引な〜!」


「強引じゃなかったらアンタいつまでもナンパするでしょうが!?」


 これ以上はシリウスのペースに流されてしまうとリズは強引に腕を掴みながら彼を引きずる。

 無視しても良かったがこれ以上この犬を放置したら面倒なことになると自分に言い聞かせたリズは学園内へと足を踏み入れた。

 学園として最新鋭の建築技術が施された内部は歩くだけでも満足出来る作りだろう。

 当のシリウスはそんなことよりも変わらずかわい子ちゃんへと声を掛けていくが紆余曲折の末にようやく二人は学園長室へと辿り着く。


「へぇここが学園長室なのか、立派だね!」


「立派なのは見栄えだけよ……中身は何もない」


「えっ?」


「いや何でもない、入るわよ」


 流れるように愚痴を漏らしたリズは深呼吸の末に荘厳なる扉を徐々に押していく。

 骨董品、彫刻、数多の美術品が置かれた絵に描いたような豪華絢爛な空間にシリウスは瞬く間に目を奪われる。

 暫く堪能した後に視線を戻した先には何とも言えない感情を向ける大人達が彼を凝視していた。


「ようこそ、シリウス・アーク君、私がこの学園の学園長であるゲイツだ。まっ君と直接関わることはあまりないだろうがね」


 腕を組みながら威圧感を与えようとする姿勢は何処か除け者を扱うような印象を与える。

 歓迎はされていないと察したシリウスは周囲を見るが付近の教師達もまた面倒な存在が入ってしまったと嘆くような反応を漏らしていた。


「あいつか? ナイン・ナイツの右腕を脱落させたっていう男は。名前もあの伝説と同じ名って」


「どうせ偶然倒せたとかそういう話だろう。奴のリファインコードは旧式中の旧式。既に落第生ワーストプレイヤーなんて言われてる奴が実力であの男を撃破したとは到底思えん」


「勘弁して欲しいわね……そういう私達にもいらぬ面倒事を作りそうな存在は」


 裏付けるように次々と落第生、旧式とシリウスへの陰口は瞬時に拡散されていく。

 重苦しい空間の中、ゲイツは深いため息と共に言葉を発する。


「全く……しかしナイン・ナイツの一人でもあるレヴダ君からの直々の要請だ、ならば我らはその運命に従うとしよう」


 分厚い書類、つまりは入校手続きへのサインを終えたゲイツは渋々シリウスへと明け渡す。


「おめでとう、これで晴れて君はこの神聖レザヴィクス学園の生徒となった。教師一同、君の入学を祝福するとしよう」


「ふ〜ん……ありがとね、学園長ちゃん?」


「馬鹿! 敬語くらい使いなさいよ!」


「いだだだ!? ちょ頬抓ないでッ!?」


 陰口を言う者達に敬意など持てるはずもなく、シリウスは気のない感謝の言葉を放つが即座にリズからの咎めが襲いかかる。

 無理矢理頭を下げさせるとリズは焦り気味に切り抜けようとその場からの退室を図った。


「申し訳ありません、彼にはよく言い聞かせておきますので」


 だが、取っ手へと手をかけた瞬間に投擲されたゲイツの冷酷な言葉は彼女の動きを制止させる。


「言い聞かせる……か。王家から離反し、愚かな計画を未だに実行しようとしている野蛮な君が果たして出来ることなのかね?」


「ッ……!」


「奴隷王の娘か、その肩書らしく大人しく彼の下で裕福な生活を送ったらどうかな? 我々としてもそれこそが最善策だと考えている」


 ゲイツの鼻で笑いながら発せられる提案に周囲からも笑い声が漏れていく。

 奴隷王の娘、実態は分からないが馬鹿にされていることは理解したシリウスは眉を顰めるが力強い声が嘲笑を遮断させた。


「……ナイン・ナイツに媚びへつらうだけのうす汚い大人なんかに言われたくはありませんよ」


「何だと?」


「私はッ! 何を言われようとも己の意志でこの道を選んだッ! 決して……止まるつもりはありません。失礼します」


 全員を怯ませるほどに腹の底から声を張りあげた彼女は扉を叩きつけるように退室していく。

 幾らシリウスだろうと今がふざける時間ではないことは分かり、歯痒く頭を掻いた。


「な〜んか……感じ悪かったなあの人達、リズちゃん大丈夫?」


「私は構わないわよ、貴方こそ色々と陰口言われてたけど《》大丈夫なの?」


「問題ナッシング! そういうのは慣れてるから俺への気遣いは無用だよリズちゃん」


「……そう」


 変わらぬ爽やかな笑顔を浮かべるシリウスについリズも口元が緩みそうになる。

 お陰で昂っていた感情が鎮火された彼女は力強い頬を叩くと彼をサポートしなくてはならないと気を入れ直す。


「もう色々分かってると思うけど一応、私からもようこそこの学園へ。ここは全員が敵で全員が味方、そして生き残る方法はただ一つ」


 ピッと人差し指を天へと向け、リズは堂々と宣言した。


「ひたすら……ゲームに勝つことよ」

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