雲一つない群青色の空は百年の刻が経とうとも変わることはなかった。
小鳥は身勝手に囀りを始め、温かな風が世界を包みこんでいく。
喧騒など全く感じない空気、だが……その下では学園中庭の闘技場は熱気に包まれ激しい戦闘音が止まずに響き続けていた。
「諦めが悪いな、ボクのフィアンセッ!」
【レヴダ・ワイルズ】
・プレイヤーランキング9位__。
・獲得ポイント150000pt__。
秀麗な金髪が目立つ色男。
白銀に煌めく荘厳な装飾が施された剣を司る存在は愛の言葉と共に刃先を振り下ろす。
秀逸な白黒の制服に身を包む彼が持つ美しき武器の正体は人類の最高傑作と称されるリファインコード__。
古代遺跡から発見された汎用性と思念性を持つ魔石、ネオマテリアルの応用から誕生した独自の意志を持つ武器。
人類に多くの繁栄と進化、同時に魔族間との闘争を作り出した厄災でもある産物は男へと強力な攻撃力を付与していた。
一切隙のない剣撃だが鈍く奏でられた金属音と共に空間で相殺される。
「黙れ……私はアンタのフィアンセになったつもりは微塵もないわよレヴダッ!」
【リズ・セフィラム】
・プレイヤーランキング82位__。
・獲得ポイント32000pt__。
激情と共に空間へと靡く黒髪。
透き通るような見惚れる美しさを持つ美女は形相を歪ませながら男の一撃を押し戻す。
剣と銃が一体となった深紅に染まる長身のリファインコードを構える女は大声を肺腑から絞り出した。
正反対な二人だが互いに共通するのは片方の目がリファインコードの使い手を意味する紅の色に染まっている事だろう。
「行っけぇぇッ! そんな女なんか潰しちまえレウダさんッ!」
「こりゃ……今回の
「スゲェ剣撃……流石は国王を超える力を持つ貴族、ナイン・ナイツの子息か」
婚約者同士、それにしては余りにも殺伐で愛なんてものがない両者の激闘。
会場のオーディエンスは凄まじい盛り上がりを見せつけ決着を今か今かと見守っている。
至る所からこのゲームへ好き放題に歓声や罵声が飛び交う中、何処か歪な一騎打ちは時間と共に激しさをより増していく。
「度し難いねリズ・セフィラム、いやリズ・クレイド・スタイナー。ボクの婚約者である麗しき華は常に沈黙した高貴でなくてはならないのだよ。今の君はそうじゃない」
「アンタの理想なんて知るかッ! あと……そっちの名前で呼ぶなって何度も言ってるでしょうがッ!」
言葉と共に乱舞する剣撃の応酬は互いに全く譲らない鍔迫り合いを演出する。
なんとか食らいつくリズは一度身を捻らせると武器を折り畳むことで顕現した銃口で衒学的なレウダの胸元へと魔弾を放つ。
しかし既に予見済みとでも言いたげに彼は笑みを浮かべると巧みな剣捌きで彼女の一撃を弾き返した。
「ハァッ!」
お返しとレウダの剣には凍てつく冷気が纏わりを始め、振るわれた一閃は瞬く間に鋭利な氷塊を発生させる。
咄嗟に相殺として射出された深紅の弾丸はぶつかり合った瞬間に両者の間で激しい爆発と衝撃を生み出す。
空中を舞う煙の中から真っ直ぐに突っ込んだリズは激しく剣を振るい、火花が散るほどの刃先同士の衝突が引き起こされた。
「君では勝てないさ。ボクは生まれながらにして上に立つ権利を神から与えられた。それがボク」
「そうやって……アンタみたいなふざけたクソ貴族を全員ぶっ潰す為に私はアンタに
「相変わらずの威勢だな。ボクらの権力欲しさに娘を勝手に婚約に差し出した
「ッ! あのクソ親父の名を出すなッ!」
激情を露わにするリズ。
殺し合いにまで発展しそうな張り詰めた空気が蔓延する中、盛り上がる観客とは裏腹に一人の男は冷徹に決闘を凝視していた。
特別席に位置する白髪の初老は側近に囲まれながら二人の動向を注意深く観察する。
「予測は?」
「両者拮抗していますが……ほぼ確実にレヴダ・ワイルズの勝利かと。貴方のご心配は無用ですゲイツ学園長」
「……そうか、所詮は奴隷王の娘、奴もまた強者へと挑んだ愚かな無力者とレザヴィクスの名に刻まれるか」
神聖レザヴィクス国立魔法学園__。
レヴィーランズ新王国の中核を担うリファインコード適正者の育成最高機関。
数多の若きエリートが集う学園の長、ゲイツ・マケインはリズの敗北という部下の予測に安堵したような言葉を吐いた。
「彼女が勝利するとなれば我々にも面倒事が降り注ぐ可能性がありますからね。あの男は
「今年はクロニクル・ウォーの終結から
「ご心配なさらず。今回の試合で敗れれば彼女はこの学園から脱落となり、彼の支配に置かれる。それが……フォルトゥナゲームです」
「決闘に負けた者は強制退学のフォルトゥナゲーム……か。では煌めく戦乙女が朽ちていく姿を見届けるとしよう」
ゲイツは畏怖とも取れる発言を漏らしながら激闘の行く末を再び見守る。
繰り広げられる学園長達の不穏な会話を背景にレヴダはリズへと猛攻を仕掛けた。
「君は薔薇だ、美しいが身体には棘が張り巡らせている。ならばボクがよりその棘を抜いてみせよう……オーバーコード」
「ッ!」
瞬間、紡がれた詠唱と共に天へと振りかざす剣へと纏わり始める蒼い冷気。
やがてそれは彼の頭身を大きく超える騎士を模倣した化身を顕現させる。
巨大な氷の剣は幻想の騎士が持つに相応しく美しく装飾された外見を呈しながら圧倒的な存在感を放った。
(オーバーコード……決める気か)
多大な魔力を代償にリミッターを解除することで発動する化身、オーバーコード。
少女を見下ろすリファインコードから誕生した化身は嘲笑うような凍てつく視線を送り、周囲は緊張に包まれていく。
「終わりだよ、ボクだけの薔薇。クォーツブラストの前には敵わないッ!」
あらゆる氷結を支配するリファインコード、クォーツブラスト。
化身から放たれた凄まじい一振りは大地を抉り取り、激しい衝撃と砂煙を巻き起こすと共にリズの視界を覆い尽くす。
(クソッ……速いッ!)
すぐさま反応したリズはバックステップを踏み回避行動を取ったものの、彼女の身体を掠める様に氷の刃が迫ってくる。
何とかその場から離脱できたものの、その衝撃だけで彼女は体勢を崩してしまう。
逃がすまいとレヴダの化身は防戦一方のリズへと絶え間なく剣撃を仕掛ける。
的確に逃げ道を封じる刃は至る所から粉塵を舞い上がらせ、遂には彼女を捉え地を抉る氷河の刃を解き放った。
「グッ……!」
引き起こる衝撃。
破裂したような轟音と共に彼女の肉体を押し潰そうと迫るがリズの剣からは紅に染まる液体が噴射されていく。
忽ち壁のように凝固されていった液は彼女を守り、既で直撃を回避させた。
「エグザム・ディザイア、血液を司るリファイン・コードか。悪趣味だね」
「安心なさい、その自覚はある」
軽口を叩き気丈に振る舞うが首の皮一枚でどうにか堪えている状況にリズの体力は確実に奪われていた。
追撃に備えて体勢を立て直そうとリズは思考を巡らせるが、決着を察したレヴダは下らなそうに吐き捨てながら剣を構えている。
(どうする奴を倒すには……オーバーコードは……いやこれを使えば)
「また悩んでいるのかい?」
「ッ……!」
「オーバーコードを使用するかどうか。君では制御しきれないあの化身を生み出すか。まっ君には出来ないさ、永遠にッ!」
迷える姫を気長に待つこともなく、レヴダは剣先へと魔力の凝縮を始める。
周囲には不穏な風が優しく靡き、空気が徐々に凍りつき始めていく。
(まさか……不味いッ!)
何かを溜めている様子にリズは危険を察知すると即座に回避行動を取ろうとする。
「リファインバースト、ゼロ・ストライク」
刹那、レヴダの周囲に吹き荒れるは全てを凍てつかせんとする絶対の冷気の槍達。
一閃と同時に放たれた槍の雨は容赦なくリズへと全方位から強襲を始める。
威力は凄まじくエグザム・ディザイアの血液の盾をいとも容易く打ち砕き、彼女に肉体へと激しくダメージを叩き込んだ。
「グアッ!?」
夥しい冷気を纏う乱撃はリズへと大きく打撃を与える。
高鳴る熱気、無防備となった彼女へとレヴダは急速に肉薄を始めていく。
「このゲーム、ボクの勝ちだッ!」
(クっ……ソ……!)
勝利宣言に学園の熱気は最高潮に達する。
確実に振り下ろされていく剣先、両者の明暗の別れは着実に迫っている。
近づく二人の決着の時、誰もがそれを疑うことはなかった。
「……ん?」
「えっ?」
しかし冷気に染まる剣は彼女を仕留める前にその動きを止めてしまう。
彼だけではない、リズを含めた周囲もある違和感に疑問を意味する静寂が走る。
強烈な違和感、何かは分からないが歪むような感覚が全員の神経を伝っていく。
理解が追いつかないまま彼女の鼓膜には唐突に轟音が鳴り響いた。
何事かと咄嗟に振り向いた視線の先には
目の前に現れたその歪みは吸い込まれるかのような美しさと禍々しさを持つ。
「おい……あれは何だ?」
「わ、我々にも分かりません」
ゲームを中断してまでも魅入られてしまう突如として現れた眩く不気味な歪み。
ゲイツ達やレヴダも理解が追いつかず場はたちまち騒然と化していく。
「な、何……これは」
最も近くにいたリズは思わず例の歪みへと触れようと手を伸ばし始めようとする。
だがその瞬間、歪みが引き裂かれたと思うと一つの影が彼女の視界へと映り込んだのだった。
「なっ!?」
「何っ!?」
「「「はっ!?」」」
人間__。
白銀の短髪が靡く少年と形容すべき端麗な存在が勢いよく飛び出していく。
脱力した身体で宙を舞う彼はリズと盛大に衝突したのだった。
騒然とする観衆、砂埃が舞うほどの衝撃で飛び込んだ何者かに誰もが目を奪われる。
「い……ったぁ……ここは……?」
聞き覚えのない声が周囲に響き渡ると土煙がゆっくりと晴れていく。
舞い散る中、一同の視線が集まる先には少年が彼女の胸へと飛び込んでいた。
覆いかぶさる形で豊満と称せるほどのぷるんとした色白の乳部へとクッションの要領で顔を埋めている。
「って何だこれ……柔らかな……ん?」
ゆっくりとラッキースケベから顔を上げた美麗な存在は咄嗟に周囲を見渡す。
全方位から注がれる唖然の眼差し、自身の下敷きとなった少女も同じように理解が追いつかない表情を浮かべている。
だが、時間が経つとやがてそれは羞恥に溢れていくものへと変貌し、勝ち気だった顔は赤面に満たされていく。
「あ〜……えっと」
何が起きたかは分からないが一つだけ確実に分かることがある。
あの柔らかさに密着具合から導き出される一つの最悪な答え。
ダラダラと冷や汗が零れ落ちる少年は軽快に危機を脱する言葉を紡いだのだった。
「ごきげんようお嬢さん? 別にわざとやった訳じゃ」
「……な」
が……取ってつけたような弁解の言葉がそう効くはずもなく、全てを聞いた彼女は忽ちさらに顔が真っ赤に染まっていく。
瞳孔が開き始めていく中、嵐の前の静けさのように静かに息を吐いた後。
「何してんだこのド変態がァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!」
スパァン__!
「ぐはっ!?」
視認出来ないほどの速度から放たれる平手打ちが彼の頬を盛大に揺らした。
時すでに遅し、強烈な一撃を食らった少年は勢いよく何回転もしながら吹き飛ぶ。
「な、なんだあの男はッ!?」
「キャァァァァァッ!」
「だ、誰かあいつの捕縛をッ!」
意識が飛んでいく中、視界には数多の人間が騒ぎ散らしながら右往左往する阿鼻叫喚の光景が広がっていく。
少し目をずらせば涙目になりながら胸元を抑える彼女の姿が映り込む。
(何で……こうなっ……た)
今はただ意識を闇に委ねるしかない。
薄れゆく思考の中、突如学園に混乱を齎した元凶はおっぱいの感触を噛み締めながらゆっくりと眠りに包まれる。
その存在が齎すのは破滅か、あるいは祝福か、くすんだ平和が支配するこの世界には一つの衝撃が歪んだ均衡を打ち崩すのだった。