――崩壊の序章は、静寂の中で始まる。
ナハト古代遺跡の中央エリア。
広大な空を覆う闇、血のように赤い月が照らし、燃え盛る炎の海が辺りを包む。
地獄という言葉も生温い世界はこの戦争が悪夢である事を物語っている。
地へと目を向ければ幾度もの醜態、または屍となったリファインコードを司る戦士達が屈辱感を形相に滲ませていた。
「こんな……化け物に……!」
血反吐を吐きながら膝をついたのは、歴戦のリファインコード使いの一人。
彼の手に握られた戦斧マグナストライクはすでにひび割れ、役目を終えたかのように痛々しく沈黙している。
「もう終わりか? 戦士達よ」
漆黒の魔力を纏う男――魔人エクリプスは心のない冷笑を浮かべ、目の前の戦士達を見下ろしていた。
その背後には、次元を歪めるほどの圧倒的な魔力が渦巻かせながら純黒に満たされる狂刃の剣を手にする。
「人類の最高傑作リファインコード、人間風情には勿体ない素晴らしい叡智。我らこそがこの力を持ち、昇華させるに相応しい」
戦士達が力強く握りしめるのは最強の武器リファインコード__。
血塗られた現場は死闘を物語り、同時に絶望を生々しく描いていく。
たった一人、優雅な漆黒の意匠に身を包む美しき魔人によって死に物狂いで得た力は簡単に覆された事実に顔を歪ませる。
「卑怯だぞ……手薄な背後からの奇襲など」
「下らん負け惜しみだな。直にこのクロニクル・ウォーも終わりを迎える。人類は死に絶え魔族は華を咲かす、運命に則った結末になるだけだ」
「ふざけるな……貴様がァッ!」
亡骸を抱えていた一人の男は昂る激情と共にエクリプスへと特攻を仕掛ける。
だが非情なる現実は奇跡を起こさず地面へと顕現した魔法陣は満身創痍の男を軽々と天上へ瓦礫と共に弾き飛ばす。
「ゴハッ……!?」
「愚かな、己の無力を認め大いなる死の安らぎに身を委ねよ」
断罪するかの如く荘厳に、だが何処か安らかに吐かれた命令は抗いの灯火を吹き消す。
虚ろな世界は広がり、遺跡を包む魔族達をただ見つめることしか出来ない。
最早使い物にならない亡骸が持つリファインコードを拾い上げたエクリプスは敗北を暗示するように刃先を握り潰した。
「所詮人間は運命を変えられなかった。死に損ないを甚振る趣味はない、ただ我々の知略を見抜けなかった無力を呪い、終わりの始まりを見届けよ」
反撃の意志が完全に断ち斬られた空気に魔族の王はその場を立ち去る。
軽蔑を意味する薄笑いを口角に広げながら終局の始まりを彼らに与えゆく。
「さらば、リファインコードの戦士達」
最後に吐かれた決着の言葉。
いや、そうなるはずだった言葉。
終わったと歩を進めていたエクリプスは突然に立ち止まると勢いよく振り返る。
「……何だ?」
一拍遅れて生き残るリファインコード使いも後方から迫る威圧に瞳孔を開く。
一人が指差した方向には青い閃光が魔族を次々と駆逐していた。
縦横無尽に疾駆する脅威はやがてはこちらへと襲い掛かるように迫り、盛大に砂埃を舞い上がらせる。
「ッ……!」
言わなくても分かる存在感。
その勢いと神経を揺さぶる脅威の感触にエクリプスは眉を顰める。
耳を切り裂くような轟音と共に落下した存在はやがてその姿を露わにしていく。
「いやいや、全く派手に遊んでくれたね〜魔人族のお坊ちゃん?」
場に全く見合わぬ軽快な言葉遣い。
エクリプスをお坊ちゃんと称するふざけた内容を吐く相手は同じ美しき青年だった。
対極的な銀髪を靡かせ、白銀に煌めく洗練された剣を握る異質な存在。
完全に砂埃が晴れた先にいる悪魔は双方に衝撃を与えていく。
「ヴィルドの白薔薇……!?」
「ど、どうしてここにッ!?」
死体も同然だったリファインコード使いは彼の登場に一気に瞳に光を取り戻す。
青き左目とは対照的なリファインコードを司る者を意味する朱き右目は煌めく。
ゆっくりと振り返った少年は不敵に笑みを零して言った。
「逃げな、今はそれだけに集中しろ」
飄々とした態度を取るヴィルドの白薔薇と称される最強は戦士達を軽快な言葉で逃がしていく。
瞬く間に二人だけとなった空間で不敵に笑みを浮かべるシリウスへとエクリプスは苛立ちを隠せなかった。
「ヴィルド帝国最強のリファインコード使い……何故だ、貴様は帝国の前衛で正面の大軍と交戦していたはず」
「胸騒ぎってやつ? あの大軍は陽動で本当はこの遺跡経由で帝国の裏からドーンと挟み撃ちの奇襲攻撃ッ! 大正解?」
「チッ……何処までも虫酸が走る人間が」
「手薄な後ろから襲い掛かってボコボコか、随分とフェアじゃないな。卑怯な男」
「戦いはゲームじゃない、死を巡る戦いに作法など不要だシリウス・アーク」
「えぇそんなロマンないことを!? まっ、君の気持ちも分かるけどね〜!」
シリウスと称された最強は何処までも軽快で舐めた口調を崩さない。
魔族の王を前にしても普段通りな姿は最早一種の恐怖を感じるほどの雰囲気であった。
瞬時に場の空気を彼に奪われたエクリプスは深呼吸の末に目の前へと肉薄を行う。
「気に食わないな、貴様のような人間が最強を得ているなどッ!」
手元へ出現した魔法陣からは剣が引き抜かれ喉元を掻っ切ろうと盛大に振り被る。
少しの乱れもない完璧な剣撃だが奏でられた金属音と共に先手は軽々相殺された。
「何……?」
「それでも強いんでね」
享楽的な言葉とは裏腹、手に持つ剣で攻撃をいなすシリウスは蹴撃を腹部へ叩き込む。
その衝撃は体勢をぐらつかせエクリプスは咳き込みと共に片膝を地に付ける。
思考を吹き飛ばす程の威力が神経を伝う中、容赦なく喉へと迫ろうとする追撃を咄嗟に振り上げた剣で弾き返し間合いを取った。
誰も介入を許されない高速に交わう剣撃。
拮抗状態は続くがやがては息切れと共にエクリプスの肉体には傷跡が刻まれていく。
「小癪なッ!」
天へと掲げられた両手から放たれた魔法陣は空間を軋ませる。
手元に生成された無数の光弾は意思を持つかのように螺旋を描きながら強襲を始めた。
幾度もの爆発を引き起こし容赦なくシリウスを叩き潰す猛攻。
「オーバーコード」
だが、次に煙が晴れた光景はリファインコードの最強と称される所以を痛烈に映した。
瞬間、周囲を吹きばす突風が吹き荒れエクリプスは大きく体勢を崩す。
奏でるように放たれた詠唱は眩い青白い閃光と共に強烈な威圧感を生み出していく。
「化身、カリバーリベレイター」
目の前に顕現したのは一つの化身。
彼の頭身を大きく超えた道化師の仮面を被る美しき機械仕掛けの四枚羽を持つ白装束の騎士はシリウスを加護するように後方に佇む。
リファインコードが持つ唯一無二の能力、オーバーコードと名付けられた使用者との共鳴によって武具から生み出される化身。
「クッ……化身形態に突入したかッ!」
これこそがエクリプスをも魅入られてしまったリファインコードの真の姿であった。
引導を渡さんと駆けだす彼だが不敵に笑うシリウスは瞳に激情の闘志を宿す。
「準備オーケー? カリバーちゃん」
『えぇマスター、心は一つです』
シリウスの相棒、カリバーリベレイター。
言葉を交わした両者は呼吸を合わせるようにエクリプスへと特攻する。
刹那、視認すらも難しい速度に身を包むシリウスは眼前で跡形もなく消失する。
「何ッ……!?」
背後を振り返った瞬間に走る衝撃。
頭上で交差させたシリウスの剣とエクリプスの剣が火花を散らしながら重なる。
さらに勢い任せに連撃を放つ両者だが拮抗した状況は長く続かず打ち負けたのはエクリプスであった。
地面へと叩きつけられた痛みを理解する暇もなく瓦礫が舞う中で次々と連撃は肉体へとダメージを染み込ませていく。
神速の勢いは止まることを知らず、エクリプスはただ絶対的な速度の前に苦悶の表情を浮かべるしかない。
シリウスとカリバーの双撃の前に髪は乱れ、跪きながら胸元を押さえる様子は魔族の王には不相応の姿を極めている。
「何故だ……何故貴様はそこまでしてあの帝国を、人類を守ろうとする……? 貴様はあの国の……
「あそこにはかわい子ちゃんがいる」
「はっ……?」
「魔人ちゃんが世界取ったらかわい子も皆殺しだろ? それって辛いじゃん、俺かわい子が大好きなんだから。それだけでもこの世界は守る価値がある」
「そんな理由のために……?」
「そんな理由って失礼だなッ!?」
『無駄です魔人エクリプス、彼はこういう人間であり、そして私は彼に惹かれ貴方へと刃を向けている』
理解できない動機に唖然とするエクリプスへとカリバーは追撃の言葉を放つ。
紳士ながらも確固たる意志を醸し出す力強い言葉はエクリプスをさらに怒りと混乱の渦へと陥れる。
「そ〜ゆ〜こと! だからここで止める」
「ふざけるな……崇高に到底及ばない不埒な動機で私を止められるとでもッ!」
無数に生成された漆黒に包まれゆく魔法陣は天を覆い尽くす。
無尽蔵に展開される閃光の嵐が空間を絶望という色に染め上げた。
莫大な魔力が込められた一撃、この遺跡ごと吹き飛ばす勢いはトドメを刺そうとするエクリプスの現れでもある。
「朽ち果てろッ!」
降り注ぐ光線の集合体。
逃げる場所などない正面からの魔力の強襲は並の人間、いやリファインコード使いだろうと対処は至難を極めるだろう。
もし、目の前にいる白銀の存在もまた並の相手であったらの話だが。
「リファインバースト」
刹那、瞳へと蒼き閃光を走らせたシリウスは静寂に身を包ませながら剣を構える。
優しくも力強い風が舞いを始め、詠唱は爽快に奏でられていく。
「リベリオンブラスト」
一閃に込められた蒼の閃光。
放たれた剣撃と共にカリバーの化身は神速と共に宙を駆け、光線を瞬時に切り裂く。
勢いは止まらぬことを知らずエクリプスの胸へと十字の傷を刻み込んだ。
「ガ……ッ!?」
リファインバースト__。
魔力凝縮を行うことで放たれるリファインコードが有する強力なる切り札。
化身と共に直線上の相手を切り裂く技、リベリオンブラストはエクリプスを地面へと密着させる。
「馬鹿……な……!」
零れ落ちる鮮血。
肉体は震え、生気は消失を始める。
素人が見ようとも彼の息が長くないのは周知の事実と言えるだろう。
二人の死闘を見届けていた周囲の魔族達は絶対的指導者の敗北という凄惨な結末に憤り、各々が逃げ惑っていく。
「ハッ……ハハッ……これがリファインコード最強の力か。だが只では朽ち果てん」
直ぐ目の前にあった勝利が消え去ったエクリプスは壊れたように口角を上げる。
血に塗られた形相は一種の狂気を演出し、伸ばした両手からは殺意に満ち溢れた禍々しい魔力が放出されていく。
全身全霊、全てを使い果たしたと言っても過言ではない力はやがて空の全てを包み込むほどの魔法陣を顕現させた。
「グランドエンド……さぁ最強、貴様はこの窮地を……どう切り抜ける……?」
嘲笑うような言葉と共にエクリプスの肉体は灰となりて宙へと消え去る。
残されたのは終焉を告げるかのように針の筵に満たされる世界を見下ろしながら空間を歪ませていく魔法陣。
空や木々は紅の細胞に分解されていき、美しくも残酷な光景が広がりを見せる。
「うぉ……何だこれはカリバー?」
『まさか……なるほど、どうやら随分と面倒な置き土産を残してくれましたね。全てを破壊しに来ましたか、若き王よ』
理解が追いつかないシリウスとは裏腹にカリバーは面倒臭そうにため息を吐く。
これまで聞いたことのない深刻な口調に彼にも緊張が走る。
『グランドエンド、半径五百キロに及ぶあらゆる概念を原子レベルに高速で消滅させる上位種族の魔人に伝わる最強の魔法。多大な魔力故に行使すれば使用者も強制的に死ぬ禁忌の技かつ魔人族でも行使出来るはエクリプスだけでしょう』
「それは……つまり?」
『あと五分で、この世界は消滅します』
「えっめっちゃヤバいじゃん!? あと五分で俺達は!?」
『死に絶えます』
「世界中のかわい子ちゃん達も!?」
『勿論、死に絶えます』
軽々しい口調とは裏腹に告げられた真実にシリウスは内心かなり慌てていた。
まさに断崖絶壁、あと五分で世界崩壊という状況にとんでもない事を最後にやりやがったなと銀髪を乱雑に頭を掻く。
「マジかよ……まっ、魔族の王様がそう安々とご退場ってこともないか」
嵐の前の静けさ。
直ぐ目の前まで迫る終わりの中でシリウスは小さく深呼吸を行う。
僅かな沈黙の末、瞳に決意の宿った彼は勢いよく自らの両頬を引っ叩いた。
「止められるのか?」
『一つだけ神速の力を使い、我々ごとあの魔法陣を別次元へ転移させられれば。しかしあのリファインバーストは貴方にもどんな影響を齎すか「カリバー」』
「決めたはずだ。あの日から俺達はかわい子ちゃん達の為に死んでも世界守るって」
『……フッ、そうでしたね。この先は私にも想定が尽きません。何処へ向かい、どの時代に向かうのかも、宜しいですね?』
「あぁ、全部抱きしめて愛してやるよッ!」
この間にも刻々と時間は過ぎていくと共に空間の歪みは加速し、世界終焉のカウントダウンは着々と進む。
二人は覚悟を決めた表情で頷き合うと剣先を天高くへと掲げた。
「リファインバースト、ローゼンブリッジ」
震える息を抑えながらシリウスは奏でるように詠唱を唱えていく。
刹那、剣先に宿る蒼き閃光は魔力は急激に上昇を始めながらグランドエンドへと裂帛の気迫と共に上空へと疾走を開始する。
神速を超えた速度はやがて彗星のように輝き魔法陣へ捨て身の特攻を仕掛ける。
「行くぞカリバァァァァァッ!」
「えぇマスター、命懸けですッ!」
これはある英雄の終わりの物語__。
そして、まだ見ぬ始まりの物語__。
激情を轟かせた二人は世界を包み込む絶望へと剣先を振り下ろしたのだった__。