「それで、どうするんだ?」
走りながら、アキがリリィに聞く。
先陣を切って街中を逃げるリリィは逃げながら言う。
「そりゃあ逃げられるなら奴らから逃げるさ。ただ、追い詰められる前に抵抗しなきゃまずいだろ。追い詰められた時にはもう終わりだ。だから、追い詰められる前だ。出来るだけ交戦は避けたいけれど「ボディガードとしての仕事」を果たすことにする!」
「ぜひ日当7200ゴールドの価値を見せてくれ」
「安すぎるぜ! もっとくれていいだろ!」
アキは「俺は戦闘向きじゃないんだよな」と小さく呟いた。
「ここだ。この小道へ入るぞ」
リリィが選んで入った小道。
建物が縦に伸びる住宅街の一本道だ。
建物と建物の間には空を覆い尽くすように、無数の洗濯物があらゆる方法で干されている。
「もう走れないわ」と音を上げたのはアキとリリィだった。
「頼むよ。君たちは僕のボディガードだろ?」
アキとリリィが「運動不足だな」と思っていたシエンや「そんなに走れないだろう」と予測していたルナの方がまだ余裕があるという表情だった。アキは日々の夜の屋台の営業、リリィは別件の労働の疲れが残っている。
「労働が憎いぜ」
シエンがこの「狭い一本道」を見てリリィに聞く。
「僕は逃げる時は「広いところへ行く」あるいは「選択肢の多くある道へ行く」ということが基本中の基本だと思っている。だけど「この一本道」は良くないのでは? 騎士団にもうすぐ追いつかれてしまう」
そう言いながらもシエンはまだ表情に余裕が見え、アキは〈まあ、ケルベロスを呼び出すペンダントや、時を操る時計を持っているから、シエンもそれほど追い詰められているような感覚がないのかもしれない。仕込み武器を持っているがゆえの余裕が羨ましいよ〉と思った。
追いついてきた騎士団が四人に迫る。
『居たぞ! 捕らえろ!』
「仕事を頼むよ、ボディガードさん」
「はいはい、任せてよ」と、リリィは銃を取り出して両手で構えた。重そうな鈍く光る「ガン・メタリック」の大きな片手銃が二つ。アキにはとても撃つことの出来ない銃でも、リザードの血を引くリリィなら扱うことが出来る。
この2つの銃こそが彼女の武器だ。
「こういう場所だからいいんじゃねーか、と私は思ったりするね」
「「殺しはなし」で頼むよ」
「知らないねー。状況がこういう状況だからな」
銃を前に怯んだ騎士団を見て、リリィはニヤリと笑ってから両手の銃を、騎士団の「遥か頭上」に連射した。騎士団は鳴り響いた銃声に思わず立ち止まって防御の姿勢を取っていたが、騎士団の誰も被弾していなかった。
「君は一体どこを撃っているんだ?」
「勝利の方向さ。天に向かってだよ」
『下手だが銃を持っている、周りを取り囲め!』
リリィは胸の前で両手に持った銃をクロスさせる。
「頭上にご注意を。お前らにもどうか、神の加護があるように」
信じてもいないのに神に祈ったリリィ。
その口元に小さな笑みが浮かんでいる。
すると直後に「止めていた金具を撃ち抜かれ、洗濯物を干していたもの」が一斉に壊れて、騎士団の頭上に、水分を含んだ洗濯物が大量に落ちていた。幸いなことに死者はいなかったようだが、見事に彼らは洗濯物に潰された。
「神の加護があれば死なないだろう」
シエンは「やれやれだ」と言った。
「洗濯物やら壊した設備の責任を問われる前に行こうぜ。もともと連中が追って来たのが悪いんだから、ここの責任取ってもらう方向で」
アキたちはこの事態の責任を問われる前にさっさと逃げることに。
* * * * *
夕暮れの都市レーベル。
「ここまで来ればもう大丈夫だろ」
石段の多いこの都市、四人は疲れて、人の居ない石段に腰掛けた。この世界の「猫」がリリィにすり寄ってきたが「悪いね、食べ物は持っていないんだ」と伝えると伝わったようで猫はよそへ向かった。
「それで、えーっと?」
リリィが俺に聞いてくる。
「何でアキたちは騎士団から追われていたんだ?」
「そうだ。僕も緊急事態としか認識していない。どういう経緯で騎士団が僕たちが追われることになったのか説明してくれ、アキ。それと……待て、僕は何を言おうとした? 君と彼女と、誰かもう一人居たような気がするんだが」
少し目を離したうちにルナの姿は消えていた。
アキは〈探しても見つからないだろうな〉と思った。それに事の説明を求める二人にまず説明しておく必要もあると感じていた。
アキは「ルナ」のことを二人に説明した。
ルナという女の子が居たこと。彼女が騎士団や教会に都合の悪い真実を知っていたから追われていたこと。要点だけを簡潔に。
「彼女「ルナ」は、どうやらこの世界の住人の記憶に残らないようなんだ」
「アキはどうして覚えていられるの?」
「俺は異世界から来たからか、記憶系の魔法やらが効かないんだ。シエンの秘密の魔法も効かなかった。彼女「ルナ」も効いてなかったと感じた」
「騎士団はどうしてその女の子を覚えていられる?」
「紙に情報を書いて、魔法で頭に直接インプットしている」
「なるほど。それは賢いやり方だ。感心するよ」
「シエンはさっきもそう言っていたよ」
「記憶に残らないのか。だが、どうにも奇妙だな」
シエンは何か予言めいた言葉を言う。
「何かもっと別の「大きな別の問題」から、副次的に引き起こされた小さな問題のような気がする。これは僕の予感だが、彼女「ルナ」や、それと都市に現れている「マギー」は、根本は同じ問題が引き起こしている可能性もある」
暗くなっていく都市のレーベルに明かりが灯る。
「僕は、それは都市レーベルの問題と繋がっていると思っている」