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第9話

〈聖人の真実が違っているとなると、教会の信頼は失われる。教会の教えが、間違っていた、正しくないというのなら教会は権力を失う。事実、様々な権力は今も教会から認められているという事実の下で生まれている〉


 事の重大さはアキにも伝わっていた。

「どうする。シエン?」

 アキがシエンにどうするかを問うと。

「えっと。アキ。この子は誰だ?」

 アキが言葉の意味が分からずシエンに聞く。

「この子は、ってルナさんだろ?」

「アキ。君は僕にこの子のことを説明したか?」

 その予想外のシエンの問いに、アキは動揺しながら「ああ、説明したよ」と答えた。アキにもシエンの言葉の意味は分からなかったが、ここで騎士団に見つかることだけは避けたくて、シエンに逃走を提案した。

「それよりここは一先ず逃げよう、シエン」

「何のために?」

「何のためって、騎士団に捕まるわけにはいかないだろう?」

「騎士団だって? この子は一体誰だ?」

「ええ? シエン、どうした?」


 記憶を失ったかのようなシエンにアキは驚く。

 アキのその表情を読み取ってシエンがアキに状況を聞いてくる。

「君は、僕にこの子のことを説明したか?」

「ああ、そしてシエンが聞くのは二回目だ」

 シエンが「僕にも分からないが」と苦い表情でアキに伝える。

「アキ。僕には彼女の記憶を維持することが難しいようだ。もしかすると「彼女のことを記憶出来ない理由」があるのかもしれない。魔法か、あるいはそれ以外の理由かは分からないが。アキ、君は何故、彼女を覚えていられると思う?」

 アキは一刻も早くこの場を立ち去って逃げたかったが、答えなければシエンは動いてくれないだろう。少し焦りながらも、要点を絞って答える。

「俺は異世界の存在だから一部の魔法が効かないみたいなんだ。特に記憶に関しては上手く魔法がかかった試しがない。というか、今の状況はそんなことを悠長に話していていい状況じゃないんだ。彼女が騎士団に追われていて」

「何故だ?」とシエンが説明を求めだしていると、この場に騎士団がやってきて見つかってしまう。彼らはマントを着て剣を携えている。


『我々は「バロウズ騎士団」だ。その者を我々に引き渡してもらおう』

「どうして彼女を追っている?」

 シエンが彼らと会話をする。

『その存在は「この世界」に存在していてはいけない者だ』

 シエンは今「別のこと」が気になっていた。

「君たちは何故、彼女を記憶に留めておくことが出来る?」

「我々は彼女の存在を「紙に書き留めて自分に物理的に入れている」と伝えておく。魔法によって彼女の情報を入れてそれを読んでいる」

 彼らは丁寧に頭から「紙」を取り出して見せた。

 その紙に、彼女「ルナの情報」が書かれていることをシエンはすぐに理解して「それはとても賢いやり方だ。感心する」と言った。

「なお、君たちも危険分子ということで捕らえさせてもらう」

「あいにく、僕は拘束されることはこの世で一番嫌いだ。その時間は何も知識を得ることも出来ない時間だからだ。抵抗するよ」

 シエンが懐から懐中時計を取り出す。

『動くな――その者を取り押さえろ!』

 騎士団が動くより先にシエンが懐中時計のボタンを押す。


 * * * * *


 その瞬間に世界が止まった。

「シエン、何をしたんだ?」と止まったアキが聞く。

「この懐中時計は、時間をほんの少しだけ操ることが出来る。使用者の僕が決めた対象だけが「時の中を動くことが出来る魔法」だ」

「動くって、ほぼ動けないんですけど?」

 かろうじて話すことは出来るが体は動かない。

「動くといっても「身動き」という意味ではないからね」

 アキもシエンも、ルナも含めて動かない世界。

「アキ。この状態で体を動かすことはほとんど不可能だ。時を止めた世界の中を動くというのはまた違う魔法になる。だが、この時計で「時間軸」を少しだけ動くことが出来る「少し過去に移動する」移動した後は僕の記憶は失われるだろう。君に記憶の魔法が効かないのなら、おそらく君の記憶は残るはずだ。上手くやってくれ」

「ええ? マジかよ?」

「ああ、上手く頼むよ」

 ――懐中時計の針が逆に動き出し、過去を示した。


 * * * * *


「――アキ、彼女は?」

 アキは、ちょうど「シエンがルナのことをアキに尋ねている場面」に戻ってきた。アキはシエンとルナを見る。どうやらルナも記憶が残っているようでアキを見る。

〈シエンに詳しく説明していると騎士団がこの場に来ちまうな〉

「アキ、この子は誰なんだ?」

〈シエンにどう伝えればいい?〉

 アキは一瞬で答えを出した。

「シエン「懐中時計を使った」騎士団がここへ来ることになっていて捕まれば俺たちも宗教裁判だ。ここを急いで離れよう。話はそれからだ」


 シエンはアキの言葉ですぐに懐から懐中時計を取り出し、その目で「止まっているはずの懐中時計の針が動いている」ことを見る。シエンも緊急事態ということを察した。

「なるほど。事情は分からないが緊急事態なようだな。君に任せるよ」

 説明することを避けて三人は街を走り出す。

「アキ。どこへ逃げるつもりだ?」

「騎士団から逃れられそうな場所がいいよな?」

 そう言いながらもアキが走った先は路地ではなく大通りだった。その意図がシエンに伝わらず「ここは大通りだが」という言葉になった。

「残念ながら、俺はそんな場所思いつかないよ」

「じゃあ、どうするんだ?」

 アキは「探していた人物」を見つける。

「詳しい人物に頼るべきだ。7200ゴールドで」


『――お、何やってんの?』

 アキは「昼メシを食っているリリィのもとへ」向かっていたのだった。

 リリィは街中の大衆レストランの外に置かれたテーブル席に座って、大盛りのパスタのような食べ物を食べている途中だった。

「今、まさに騎士団に追われている!」と単刀直入にアキが言う。

「は? 何をどうやったら私が昼メシ食っている僅かな間に「騎士団に追われている」なんて状況が出来上がるんだ?」

「とにかく捕まったらまずい」

 4人の前に騎士団が現れる。

「我々はバロウズ騎士団だ、その者を引き渡してもらおう』

 答えるより早く騎士団は剣を抜こうとした、が。

 リリィが連中を突き飛ばしてこの場を走りだす。

 走りながらリリィが叫ぶ。

「騎士団から追われる仕事の日当が7200ゴールドは、絶対に割に合わねえ! 私に着いてこい、早く来い、こっちだ!」

 その言葉でアキとシエンとルナは、リリィに続く。

 街の中を逃げることになった。


 * * * * *


 リリィの立ち去ったテーブル席の前に羽根の着いた黒い帽子の男。

 着ている服はシックな黒の貴族が好んで着るスーツのような服だ。

『――あの者たちは何者だ?』

「バロウズ公爵」が部下に聞く。

「バロウズ公爵」はバロウズ騎士団の団長を努めている貴族になる。

「分かりません、我々の情報にない者たちです」

 バロウズ公爵は顎に手を当てる。

『彼女のことを記憶が出来ないはずの一般人が、何故、彼女に親身になって助けようとしている? 分からないが、少なくとも我々の味方ではないようだ。別に無傷でなくともいい。その者たちも一緒に捕らえておこう』

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