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第7話

 翌日。朝に図書館へ来るも、扉は固く閉ざされている。

「あれ? 午前中は閉館になっているな?」

 リリィも来ていない。

「知らなかったの俺だけか。無駄に早起きしちまったな……」


 アキは「今日は少し都市を歩くか」と一人で歩く。

 今夜、屋台を営業するかどうかはまだ未定だった。毎日屋台を構えて営業するのも体力気力がいることで、時には休まないとアキの体と心が持たない。

「ああ、良い日だ。暑くもなく寒くもなく空気も美味しい」

 アキは特に何をするわけでなくとも街を歩いて安い食べ物を食べて飲み物を飲む。ぶらぶらと都市レーベルの中を歩く。

 路上で歌われている歌を聴く。

 街中の花屋には色鮮やかな赤と黄色の花が見える。

 都市レーベルは治安は悪くない。犯罪がないわけでもないが歩いていて殺されるということはほぼない。それは、時代とともに飢饉を防ぐ技術や魔法によって飢える心配がなくなり、社会が成熟して法整備が整った。現状「選ばなければ仕事もあるにはある」からだった


「このあたりは来たことなかったな」

 狭い小道を歩くことに。

 建物の影で日陰になっている石で出来た道を歩く。

 前に立っていた黒髪の女の子が、向こうから歩いてきたガラの悪い男とぶつかって、その場に尻もちをつくように倒れた。ぶつかった男は見てみないふりをしているのか、助けないでアキの横を通って歩き去っていく。

〈注意するには少し怖い奴かもな〉

 ガラの悪そうな半獣人だ。

 間違いなくアキよりは腕っぷしは強いだろう。

 因縁をふっかけられることを恐れ、アキはその男に何も言わなかった。アキは彼女に「大丈夫?」と声をかけて、手を差し伸べる。彼女は長い黒い髪、黒い服。スラリとした体で、その指でアキが差し出した手を掴んで立ち上がった。

 彼女は「ありがとう」と言った。

「いいってことよ。怪我はない?」

 彼女は服を手で直した。

「俺は「宍戸秋敏」アキっていうんだ」

「……私はルナ」


 この街では出会った人と会話をする文化がある。

 それは「お互いに敵意がなく友好的である」ということを示し合うためだ。アキははじめ、その文化に戸惑ったこともあるが、今では「それは良い文化だ」と思っている。そして、アキも自分から積極的に話しかけていくようになった。

「このあたりの住人? 俺は暗黒屋台街の近くに住んでいるよ」

「……そんなところ」

「最近はどうだい? 何か面白い話題はある?」

「特に何もないわ」

 彼女、ルナからアキに話しかけてくる。

「君が好きなものは?」

「え? なんだろう?」

 アキは言われて少し考えてから答える。

「今は「この都市」かな。来たばかりの頃はあまり好きじゃなかったけれど、今は好きだよ。ここは人々も優しいし、大きな争いもないしで、良いところだと分かったからね。石段の階段も、古い遺跡も、慣れれば好きになったよ」

 アキの言葉は嘘ではないが、そう言った理由は、都市の住人の前で都市の悪口を言わない方がいいという、経験からだった。よそ者だったアキが都市の住人と話をするのには「ここが好きだよ」と言うことが無難な話の切り口だと。

「君もこの都市の住人なら都市のことは好きでしょ?」

 ただ、ルナの反応は予想と違っていた。

「――全部、嫌いだよ」


 アキは「何かごめん」と苦笑い。

 時折、事情を抱えて都市が嫌いな住人も居るには居る。

「遠い過去には、私も好きだったよ」

「今の都市レーベルに不満があるの?」

 アキが〈もしかすると、彼女も今の市政に不満を持っているのかもしれない〉と考えた。彼女は寂しそうに空を見上げた。

「昔と変わってしまった。その記憶も失われて、誰も元の夜空すら知らない」

「元の夜空? 今と何か違うのか?」

 彼女が答えずに少しの沈黙。

「ルナさん?」

 ルナはどういうわけかアキに名前を呼ばれたことに驚いた様子だった。

「あなたはどうして私の名前を知っているの?」

「どうしてって、さっき君が名乗ったじゃないか」

 ルナはアキを疑わしく見る。

「――あなた、この世界の住人?」

 少し困惑しながらもアキは丁寧に答える。

「いや、実は俺は異世界からやって来たんだ。よく気付いたね。ある日に突然別の世界からこの世界に飛ばされてきて、戻れなそうにもないからこっちで暮らしているよ。おでん屋をやっているんだ。暗黒屋台街に店を構えているよ」

「なるほど。どうりで」とルナは一人納得したような表情。


「――アキ、こんなところで何やってんの?」

 アキが振り返るとリリィの姿。

 手には焼き鳥、午前中はぷらぷらしていたと思われる。

「何って、見ての通り彼女と話しているんだ」

「彼女? 誰か居るの?」

「誰か居るのって、ここに……」

 アキが振り返るとどこにもルナの姿が見えなかった。

〈幽霊か?〉とアキは思った。

 幽霊はたまに存在する。悪さをする幽霊も居れば、そうでない幽霊も居る。悪い幽霊を見つけた時には役所か警察に報告するように喚起されている。時には退治しなくてはいけないからだ。


〈まあ、悪さはしてなかったから報告はしなくていいか〉

 アキはリリィに「何でもない」と伝えた。

 アキは不意にルナの言っていたことを思い出す。

「なあ、リリィ」

「ん? 何ー?」

「昔と今って「夜空が変わっている」のか?」

「え? さあ、どうだろう? 微妙に変わっているのかもしれないけれど、私には分かんないな。シエンに聞けば? イメージだけど、そういうことは学者は詳しそうじゃん。夜空の星とか月とか、一般人よりは知っているんじゃないか?」

「それもそうだな」

 アキは伸びをしてリリィに伝える。

「今夜はおでん屋は休み、たまには休まないとな」

「飲食業も大変だね」

「そうだな、どこの世界でも同じく自営は大変だ。さあ、午後からシエンの雑用兼ボディーガードをやっていこうぜ」

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