「なんだって道を間違えるんだ?」
「昨日、あの橋は動いていたんだ」
リリィはそう言った。
都市の川にかかる橋は「機械仕掛け」だ。
時間によって、邪魔にならないように橋は上がっていて、朝には自動でかかる。なのに、今日に限って橋がかかっていなかった。都市部の「遺跡の力で動いているインフラ」は、このように動かなくなることが多々あった。
アキとリリィとシエンは別の道で目的地へ向かう。
「都市には詳しいと、君たちは言っていたはずだ」
「だから迂回ルートを示せるんだよ」と、リリィが悪びれずに言う。
急いで迂回ルートを行く。
都市ではほとんどの人が徒歩で移動する。
自転車や自動車のようなものがこの世界にないわけではないが、石段の多いこの都市で普及することはない。そういうものは「都市の外」砂漠地帯などを移動する時に使われている。巨大な蒸気列車も大陸を縦断しているが、都市レーベルの中で見ることはない。
少し遅れて目的の場所にたどり着く。
「全く。僕は時間を守りたかったのに」
「都市ではこういうトラブルは付き物だ。そんなに怒るなって」
リリィの言葉にムッとしたシエンは無言だ。
目的地「都市レーベルの役所」に到着する。
石で出来た巨大建造物。役所、石を積み上げられた建物に緑色の蔦が伸びている。
この蔦は、この世界では「伝承」があるため、完全に取り払うことはしない。神話の中の英雄はこの植物を取り除いたことが遠因で亡くなった。そのようなエピソードはこの世界でも信じる人が多く「縁起を担ぐのは日本人だけじゃないなな」とアキは思っている。
「結局のところ、遅刻は遅刻だからな」
シエンはまだ不機嫌そうだ。
役所の中へ入り、シエンは窓口で丁寧に要件を伝える。
「市の調査の依頼を承った「ユ・シエン」です。仕事の内容などを打ち合わせたいと考えておりますので担当者「ユノ」様にお取次ぎ願います」
しばらく待つと奥から担当者が出てくる。
「はじめまして。私がこの件の担当者「ユノ」と申します」
シエンの件の担当者と名乗った人間種の彼女は、背は低く赤みがかった髪。
役所の制服を着てシエンの前に立つが子供のようにも見える。シエンは帽子を胸のところに置いて真面目に遅刻を謝罪をする。
「約束の時間に遅れてしまい、大変申し訳ございません。この都市の洗礼を受けていた、と思って寛大に見てもらえると助かります」
「いえ、遅刻どころか早すぎるくらいですが?」
「これは失礼、私の勘違いでしたでしょうか?」
シエンは時計を取り出して時刻を見るも、首をひねった。
「手元の時計では遅刻になります。私の時計が狂っていたのかもしれません。これは、この都市で使えると聞いて購入したものですが」
時計を見て「あ」とアキとリリィは思った。
「そのこと」はすぐにユノからシエンに伝えられることになった。
「その時計は「新時計協会」の定めたクロックのものになります。私が言っている時刻は「大時計協会」の時刻のことです。この街にはいくつもの時計協会があり、それぞれに違う「基準」で時計を作っています」
「時計が一つではない?」
「役所のクロックは大時計協会のものになります」
「は、はあ。では遅刻ではなかったのですか?」
「そういうことになります」
リリィが少し安堵の表情。
その後、仕事の内容の話をシエンとユノさんがしている間、アキとリリィは立って話が終わるのを待つ。打ち合わせと確認、というような話の最後。シエンは「仕事の内容がまとめられた書類」をユノから受け取った。
「こちらが市長グルナッシュからの指示書です。資料は「都市の中央図書館」の本になります。期日は一ヶ月後になります」
「一ヶ月後?」とリリィが言う。
「一ヶ月ってあまりにも短くないか?」
「俺も思った。それで調べられるものなのか?」
「君たちの心配することではない。この期日で構わないという条件が報酬には含まれている。それで問題ないです。それでは失礼します」
役所を出て帰路に着く。
帰りにはシエンの機嫌は良くなっていた。
「しかし、時計協会がいくつもあると言うのは面倒だ」
シエンの言うことはごもっともである。
シエンは左手の時計は「新大時計協会」のものだ。
シエンは役所でユノからもらった「大時計協会の懐中時計」を懐に仕舞うことになる。このように「全く違う時刻が存在する」ことは、都市の住民も面倒で、度々時計を確認することになったりする。
この都市には「時計の基準式」が数種類ある。
世界の各地域では「太陽の基準式」が使われることがほとんどだ。ただ都市レーベルには3つの「時計」が特別な事情で存在する。それは「都市の特性」にあるということに訪れた存在は気付く。都市の遺跡が内部で機械化されていて「決まった時刻になると都市のインフラが起動する」からだ。
ところが「その内部の時計」が3種類存在している。
一つは「太陽の式」大時計協会。
二つは「月の式」は新時計協会。
三つは「基準が現在は分からない」旧時計協会。
何かの動きを基準にしてどのように時間を定めるのかが違ってしまうため「明日の何時に」と言われると、時計が違うのなら、昼間のように面倒なことになる。基本的には自分の属する組織で使われている時計を持ち歩くのだが、中には無数の時計を持ち歩く存在もいる。
分かりやすいのは「太陽を基準にして作られている」大時計協会の時計だ。
しかし、都市のインフラの内部クロックには、どうやら他の二つが使われている。インフラを利用するには、必然的に新時計協会と旧時計協会の時計が必要になる。一般人には不親切だが、都市で暮らすにはその特殊な事情を受け入れるしかない。
「そのこと」を考えているシエンは思案顔。
「どこかに時計に関連するような記述がありそうだな」
「ぜひ調べて。解決をお願いします」
「複数の時計の基準か」
そう言ってシエンが時計取り出すも。
「間違えた。これじゃないな」
そう言ってすぐにその「古い時計」を仕舞う。
「その時計。昨日のトランクの中にあったものだろう?」
リリィは目ざとい。
そうでなければ冒険者としてやっていけないところもある。昨日、シエンの革のトランクの中を見た一瞬で、シエンの時計を覚えたようだ。
シエンは「見世物じゃない」と言った。
「この時計たちは普段使いには全く向かない。特別な時計だ」
「えー? 見せてよ」
「駄目だ。扱いに要注意な代物だ」
リリィが「ケチ」と。
「別に高級な代物ではないんでしょ?」
「高級ではないが、僕にとっては特別な代物であるということは伝えておこう。他人の持ち物に必要以上の視線を向けることは「悪趣味」だろう」
「それはシエンの言う通りかな」
アキは言ったものの。
「そう言われるとなおさら興味を向けてしまうのは人の性だな。昨日、魔獣ケロベロスを召喚したシエンが持っている時計なんて興味しかないな」