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第4話

 暗黒屋台街の「おでん屋」は今夜も営業。


 模擬の日本酒とおでん。屋台には、愚痴やら世間話。

 アキは昼間の荷物運びのバイトが足腰にきて、今夜は椅子に座っていることが多かった。お客さんの話を聞きながら、おでんを提供している。すると見覚えのある人物が屋台へとやってきた。砂漠用のゴーグルと緋色のマントと昼間の革のトランク。

「あ、昼間の!」

 リリィがそう言って指を差す。

「なんだ? 君は屋台の店主だったのか?」

 昼間の学者風の青年と暗黒屋台街で再開することになる。彼も昼間の件もあってアキとリリィのことを覚えていたようだ。

「へい、うちは安心して食えるから、まあ座ってください」

「安心して食える、のは当然じゃないのか?」

 その当然とも言える疑問にリリィが答える。

「暗黒屋台はそうでもないんだよ」

 それが「暗黒屋台が暗黒屋台と言われる理由」である。

 美味い、が「暗黒屋台で何かを食べてあの世へ行ったとしても、責任は持てません」という、非常にヤバイ食地域である。実際に「旨い店がある」と聞いた翌朝に「そこ」に死体があったりもしたことがある、非常識な食地域になる。

 そんな暗黒屋台街において「安心して食える店」として、アキのおでん屋はある程度の信頼と常連客を獲得した。アキがそんな内容をざっくりと彼に伝えると「安全というのならここにしようか」と、彼は屋台の椅子に座った。


 アキが彼に話しかける。

「都市レーベルには仕事で来たのかい?」

「僕は「ユ・シエン」翻訳家で学者だよ」

「へえ、翻訳家か」

 アキがこの世界に来てから初めて出会う職業だった。この世界の本の普及率は「言語統一魔法」によって低い。当然、本に関係する職業人の数も限られる。だが、今も昔も、文献を含めて本を読み解く必要性はどこかに存在する。翻訳家、も数は少ないが存在する。


 リリィが首を傾げてアキに聞く。

「ほんやくか、って何?」

「本に書かれた言語を、別の言語に変える職業ってことだ」

「何それ、本読むだけで楽そう」

「いや、俺の前に居た世界から察するに結構大変そうだよ。直接訳すとおかしくなったり、かといってどこまで意訳していいのかという問題もある。何より重労働と言ってもいいくらいに、頭を常に使う職業だと俺は認識しているな」

 アキの言葉を聞くとシエンがアキをじっと見た。

「あれ、なんか間違ったこと言っちゃった?」

「いや、屋台の店主がそういう風に考えてくれるとは思ってもみなかっただけだ。大体は彼女のような反応をされるものでね」

「まあ、それはそうと。おでん食べてよ」

 アキはそれっぽい日本風の朱塗りのお椀を差し出す。

 模擬ちくわ、模擬昆布、模擬こんにゃく、模擬大根が入っている。見たことない「日本のおでん」を目の前にしたシエンは一言呟く。

「初日から色々あるな。この都市は」

「都市レーベルへようこそ」

 シエンは少し慎重に飲み食いして、その度に一人無言で何度か頷いた。どうやらおでんに害がないことを知って、その味も気に入ったという表情だ。


「だけど「外」から学者さんを呼ぶってことは、都市レーベルに何かあったの?」

 アキのその言葉にリリィが食いつく。

「都市レーベルに危険が迫っているとか?」

「そういうことは、君たちの方が詳しいんじゃないのか?」

「俺たちはただの一般市民なので詳しいことは分からないかな」

 リリィが「分かった」と指を鳴らす。

「市長に頼まれて「遺産」か「謎」を調べるってことか? そうだろう? マニュエストの割に結果が出なくて、市民からも不満の声が上がっているからな。遺産や遺跡の調査を、中央図書館の本から進めていくつもりなんだ。当たっているだろ」

 シエンは「ああ」と言った。

「僕は都市レーベル直々に様々な調査を頼まれてやってきた」

「はは、あんたも安い賃金なのかい?」

 アキとリリィは顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。

「500万ゴールドだな」

『500万ゴールド!?』

 リリィが椅子から立ち上がって怒りの拳を握る。

「あの野郎! 私たちにはたったの15万ゴールドしか示さないくせに、この若い学者さんには500万ゴールドも示すのかよ!」


 シエンはムッとした表情。彼にも「プライド」がある。

「僕は「他人には出来ない仕事にしている」という自負がある。頭脳労働とも言っていい。楽して稼いでいるとは思わないでもらいたいね。実際に、君たちにはこの都市レーベルの古書を読み解くことは出来ないのだろう?」

 アキは「まあ、シエンの言うことが正しいな」と言う。

 リリィがコロッと態度を変える。

「私たち二人を雑用かボディーガードで雇って」

 リリィはそう言ってごまをする。

「私ら、この都市のことは結構知っている方なんだ」

 ダメ元だったが、シエンは意外にも「じゃあお願いしようかな」と言ったため、アキも「俺も、俺も」と申し出た。シエンは、盛り上がる二人に日当を示す。

「一日あたり7200ゴールドでどうだろうか?」

「リーズナブル!」

「別に嫌ならいいんだ。まあ、昼間のような荷物運びより、負担も少なくて「良い仕事」に思えるがね。僕の調査の雑務を手伝うことと、後は何かあった時のボディガードでいい。一日あたり7200ゴールドくらいが適当だろう」

「ああ、労働者の足元見るこの感じ」

 アキが額のはちまきに手を当てて嘆く。

「どこの世界も人件費削減に追われているのね」


 少し考えた後、アキとリリィはその条件で妥協することにした。

 確かに、何の実りもないバイトをするよりかはマシだろうと考えたからだった。それに「役得で都市レーベルの歴史や秘密に近づけるかもしれない」というロマンもある。


 シエンは木製のおでん屋の「お品書き」を見る。

「はんぺん、っていうのはなんだ?」

「魚介類の練り物の一つです。150ゴールド。出汁の染みこんだ熱々のはんぺんは美味しいよ。舌の火傷に注意してください。酒と合います」

「じゃあ、それと適当にいくつか」

 模擬はんぺん、模擬こんにゃく、煮卵と模擬がんもどき。

 模擬日本酒を飲みながら夜は更けていく。

「ふむ。確かにこの店の食べ物は独特で美味いな」

「――どうも。今後もご贔屓に」

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