市長「グルナッシュ」は、アキが知っている数少ない「政治家」の一人だ。
屈強な獅子の半獣人で「市長として、レーベルの遺産の謎を解き明かし、それらを正しく活用して市民の暮らしを良くします」と言っている。その分かりやすいマニフェストで市長に当選した。今のところ人々の暮らしは良くはなっていない。
都市レーベルは「太古の遺産。遺跡」を元に作られている。
遺跡の多くに「都市を支える仕組み」が存在している。ただ、今はその詳細な情報は現在は失われてしまい、今ではその機能の半分くらいしか動いていないと言われている。確かに都市の遺産を解明出来たのなら暮らしは良くなると考えられる。
都市レーベルには「機械的なもの」が多く存在する。
都市のシンボルマークは「歯車」だ。
街は「機械で出来た機関」が動く。このメトロポリスの中央街。有機物と無機物の融合した風景、それらは太古からの遺産マテリアルと、緑で出来ている。
「失われた技術」も数多く存在していると聞く。遺産や遺跡は現代の技術よりも高度であるとも言われているが、不明だ。
「本」もこの都市の象徴になっている。
本はこの世界にそれほど普及していない。
考えられる一つの要因に「言語統一魔法」が関わっているのだろうとアキは推測している。この世界では「異なる言語でもお互いに理解し合える魔法」が世界全体にかかっている。異世界からきたアキが生きていける要因の一つだ。
発せられた言葉は自動統一される。
ただ「文字」には効かない。
それでも「都市レーベル」で近年に出版業が栄えた。
本というものはそれまで「知識」あるいは「高尚な教え」を書いたもので、堅苦しく、一般人には馴染みの薄いものだった。それが印刷技術の向上と「規制緩和」によって「娯楽のための本」が許された。すると、都市に「物語」「予言本」「娯楽本」というような商業としての本が生まれた。その新しい娯楽物は人々の興味を惹いた。
今では「本の都市」とさえ呼ばれている。
* * * * *
太陽の下、今日のアキとリリィのバイトは単純明快な「荷物運び」だ。
荷札の付いた荷物を。これをまずは自動トロッコに載せる。これが地味にきつくて、荷物の量も多いためバイトの仕事が存在している。
「昼間もバイトのかけもち、か」
「仕事があるだけマシ」
「それはそうなんだけどさ」
「さっさと運んで終わらせよう」
リリィはリザードの血を引いているだけあってアキよりパワフルだ。
石段の階段やら、段差の多いこの都市の荷物運びはきつい仕事でもある。アキは足腰がガクガクになっていた。体力的にアキは優れているわけでもない。
「俺はマジでスペックが低い。パワータイプが羨ましいよ」
こういう時にどこかに特化している存在は強い。
「荷物はこれで全部か?」
「後は、向こうで荷物を引き渡して終わり」
リリィはトロッコに乗り込む。
「……少し整理してから行くか」
トロッコの上は確かに「積み荷の印象」が良くない。
リリィは荷物を少し見栄え良くしている。
アキは「ふう」と一息吐いて、別の方向を見ていた。
不意に「ドサッ」と音がした。振り向くと地面に「革のトランク」が一つ。積み忘れか、それともリリィが落としてしまったのか。アキがその革のトランクまで荷台に乗せる。
すると近く立っている青年がアキに声をかけてくる。
『待て。それは僕の荷物だ!』
青年は学者のような良い仕立ての黒い服と、分厚い緋色のマント。見た限りでは「都市の外から来た人間」のようだ。砂漠用のゴーグルが見える。
『落ちたのはこっちのトランクだろう?」
死角に、別のトランクがもう一つあった。彼の言う通り、確かに荷札はそのトランクに付いている。アキの勘違いであることは明白で「あ、悪い」と彼に謝る。すると彼は「そういうわけで回収させてもらう」と身軽に荷台へ飛び乗った。
トロッコの上。事情を知らないリリィが身構えた。
「なんだ、あんた盗人か?」
「それは僕のトランクだ、君たちが勘違いしたんだ」
「これのこと?」
「ああ。貴重で大切なものが入っているんだ」
リリィが革のトランクを開く。
「待て! 何で分かっているのにトランクを開けた?」
「そんなに言うなら大層なものか高級品が入っていると思ったから。だけど特別「これ」というものはなさそうだな」
アキは「リリィの対応も割と酷いものだな」と呟く。
「仕方ない。少し痛い目を見てもらおう」
「おっと、ひょろいのに私に勝てると思うのかい?」
青年はポケットから銀色のペンダントを取り出し「契約を果たせ」を言った。
古代文字が宙に浮かび上がった。かと思うと「赤い炎を纏った巨大な三つの首を持つ魔獣」がこの場に姿を現した。思わずアキとリリィは腰を抜かす。魔獣があまりの迫力と威圧感だったからだ。魔獣は青年には懐いているようだ。
思わず青ざめたリリィに青年は冷たい笑み。
「ご存知ないだろう「魔獣ケルベロス」と言うんだ」
アキは「ゲームの中でお目にかかったことはあるけれど本物は迫力が桁違いだ」と、激しい炎を常にまとった魔獣ケルベロスを見る。
「わ、悪かった! 返す、返す、返すから!」
「ああ、僕も君たちを殺したくはないさ」
リリィが慌てて皮のトランクを返す。
青年は、ケルベロスに「ご苦労だった」と伝えるとケルベロスは銀色のペンダントへと「送還」された。彼は何事もなかったかのように「それでは失礼する」と言って、革のトランクを回収してさっさと都市の中央へと歩き去って行く。
「びっくりした。何者だ? あいつ?」
アキも驚きつつも「やば、リリィ、仕事の時間!」と時計を見た。アキもリリィも仕事に戻ることに。自動トロッコは荷物とリリィを乗せて、目的地に向けて動き出す。アキも、自動トロッコの行く先へ、歩いて向かった。
その後は特に何の問題もなく仕事は完了した。
日暮れ前に日当7200ゴールドを受け取る。
「はぁ、湿気てんなぁ」
リリィの言うことも確かで低賃金だ。
「いつも現金ニコニコ日払い。当日にその額がもらえることはありがたいんだけどさ。だけど、もっと実りのある仕事がしたいよな。お金だけではなく精神的にも「意味のある仕事なんだ」的なものが良いよな。やっぱりさ」
アキたちは帰路につく。
「さて、おでん屋を今日も営業していきますか」
「後で行くよ。アキ」