目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
『蝶の誕生』END

 一方、ウルス村の中央広場では様々な怪物たちの骸の中心でマルコフは佇んでいた。

 そして、骸は一斉に灰になって朽ちると風と共に消えていった。


 襲撃の相手に歯応えがあるやつが居なかったな。


 オルガナたちと合流するため、槍の上に黄色の魔法陣が浮き出ると強く握り、再び空を飛ぶ。


 何だ?この嫌な予感は……。オルの方から微かに闇の魔術の気配を感じる。


 マルコフは険しい表情を浮かべる。

 無事で居てくれよ……。



 再びオルガナに向かって突進するナルバ。それを跳び箱のように跳んで避けると、体を捻り背中を斬りつける。

——カンッ!

 ナルバには傷一つ付かない。それどころか甲羅のように筋肉で守られた体に直剣の刃が弾かれて、オルガナは後方に吹っ飛んだ。振り向いてオルガナを満足そうな顔で眺める。


「ハハハ! 俺の体は鉄より固い!」

「チッ……」


 脇腹を抑えると、オルガナから発せられている白い光が弱まる。


 あんまり時間が無い。


「このままじっくり痛めつけてやる」


 光が弱まり、オルガナを見下ろすナルバの顔は勝利を確信して笑みを浮かべていた。

——ガチャッ。

 オルガナが義手の手首をねじって外す。すると、義手の二の腕からレバーが出てくる。義手を地面に向け、レバーを引く。

 手首からは灰色の球体が発射され、地面に着弾すると同時に辺りを煙幕が出てくる。そして、たちまち辺りは煙で包まれた。


「畜生! 見えねぇ!」


 ナルバは辺りを見回すが視界には一寸先も遮断する程の濃い灰色の煙以外見えなかった。

——グシュ!

 肉をえぐる音が聞こえ、音の方を見るカタスト将軍。


「ぐぁぁぁぁぁ!」


 そして、野太いナルバの悲鳴にも似た叫び声が響き渡る。

 咄嗟にカタスト将軍は手を横に大きく振る。

 突風が吹き、煙幕が晴れるとナルバの両目がえぐり取られていた。


「何処に居やがるぅぅッ!」

「ここだ」


 ナルバの後ろに宙を浮いて居るオルガナはそう囁くと、耳の穴から剣を刺す。

——ブッチャァァァァァ!

 ナルバは顔のあらゆる場所から血を吹き出し倒れる。

 オルガナは着地すると血みどろの直剣を引き抜く。


「次はお前だ」


 直剣を右手で持ち、カタスト将軍に向けて突き出す。


「生きの良い小娘だ。まぁ、いつまでその減らず口を叩けるかな?」


 カタスト将軍は両手を横に広げると、手のひらが禍々しい紫色に発光し始める。


「この先、世を支配するのは闇だ」


 両手をオルガナに向ける。紫色の光は魔法陣に変わり、そこから蠍のような虫が大量に出てくる。


「!?」


 虫はオルガナへ一斉に飛びかかり、カタスト将軍は不敵な笑みを浮かべる。


「お前の能力の制限時間はもうすぐ限界であろう。では時間切れまで待つまでだ!」




×  ×  ×




 ボロボロな姿で倒れ込んでいるオルガナ。そして、それを囲むように虫の骸がある。


「ようやく大人しくなったか」


 カタスト将軍は手のひらをオルガナに向ける。

——バインッ!

 オルガナに向かって四つの紫色に光る輪っかを発射する。

 輪っかはオルガナの手足に飛んでいき、輪っかはくっついて手錠と足枷のように拘束する。

 そして、オルガナに近寄ると髪を引っ張り持ち上げる。オルガナは自身の力の未熟さから来る苛立ちとゼノを失った時感じた自分の未熟さを思い出し、悔しさが滲んだ表情でカタスト将軍を睨みつけた。 

 すると、オルガナの額に手を向ける。

——カサカサカサ。

 不気味な足音を立てながら袖から蠍のような虫が一匹出てきて、カタスト将軍の手の甲に登るとヨダレに塗れた横に広がる口器をパクパクとさせる。


「では、お前も人形になってもらおう」

「ちくしょう……」


 オルガナが今にも消えそうな声で言ったその時だった。

 強烈な光の矢がカタスト将軍の胴体めがけて飛んで来る。

——ズシャンッ!

 状態を逸らして矢を何とか避けるが左肩を貫く。

 矢が飛んできた方向を見ると、そこには宙に浮いたマルコフが居た。


「チッ……もう戻ってきたのか」


 槍から複数の光の矢を出して再びカタスト将軍に向けて放つ。

——ブシャァ。


 手の甲にいた虫は矢に当たり、血を噴き出しながら破裂して粉々になる。カタスト将軍は矢を手で弾きながら自身も宙に浮きマルコフの方へ向かう。


「ぬぅあ!」


 そして、右手から紫色に光る球体型のエネルギー波をマルコフの顔面にむかって放った。

——グゥワンッ!

 マルコフがエネルギー波を槍で真っ二つにすると後方で大爆発が起きる。


「人質を取るとは卑怯な」


 オルガナを見るマルコフ。

 そして、辺りにある大量の虫の死骸を眺める。


 なるほど。魔法ではなく虫を脳神経に繋ぎ命令していたから気付かなかったのか……。


 ボロボロのオルガナを見て悔しそうな表情を浮かべる。


「大切な弟子を返してもらうぞ」


 マルコフを睨むカタスト将軍。両手を合わせ、広げると巨大な漆黒の鎌が出現し、鎌が紫色の炎を纏う。

 槍を構えるマルコフの額には汗が流れていた。


「闇の力、とくと味わうがいい!」


 電光石火如くマルコフに向かって斬りかかる。

——バァギィィン!

 マルコフは槍で鎌を受け止めるも衝撃波と共に吹き飛ばされる。よろめきながらも、体制を整え、槍をカタスト将軍に向ける。

——ブワァァァン!

 まるで稲妻のように鋭く、激しい黄色い光線を地響きと共に発射する。


「ハァ!」


 カタスト将軍は大きく振りかぶると、フルスイングで黄色い光線に向かって鎌を振る。

 鎌の擦れる音と共に、光線は紫の炎に飲まれると消滅した。


「カァァァ!」


 すかさず、鎌を大きく振ると炎で出来た斬撃波がマルコフに向かって飛んでいく。それに対して、槍を前方で回転させて黄色のバリアを張り、斬撃波を防ぐ。


「切り刻んでやる!」


 連続で飛んでくる斬撃波をバリアが受け止めると、マルコフの顔が段々と歪んでいく。

——ピキピキッ。

 そして、とうとうバリアにひびが入る。


『ボァァッ!』


 罅から入った紫炎がマルコフの腕に引火する。


「うっ……」


——バリィィンッ!

 マルコフが怯んだ途端にバリアが割れて斬撃波が襲う。槍を使って防御するも手足に当たり、被弾箇所を炎が更に蝕む。


「この炎は痛かろう! 俺が死ぬか貴様が死ぬまで炎は消えない!」


 凛とした表情を浮かべるとマルコフは再び槍を回転させる。

 すると、矢尻に光のエネルギーが球体状になって蓄積されていく。


「終わりだ!」


 大きく仰け反りながら振りかぶり、斬撃波をマルコフに目掛けて放つ。


閃光矢フラス・べロス!≫


 斬撃波に合わせてマルコフは蓄積されたエネルギーを巨大な矢にして放った。

——バシュュュュンッ!

 矢は斬撃波を打ち消し、カタスト将軍の左肩から脇腹までを吹き飛ばす。


「うがぁぁぁぁ!」


 痛みで震える顔で吹き飛ばされた自分の体を見る。


「そんなバカなッ……」


 カタスト将軍は顔が引き攣った。


「これで終わりだ!」


 光の矢を慌てるカタスト将軍に向ける。

すると、カタスト将軍は目を見開いて不敵な笑みを浮かべた。


「それはどうかな?」


 オルガナに向かって右手から魔法陣を出し、虫たちを飛ばすカタスト将軍。オルガナは目を見開く。

 マルコフは急いでオルガナに槍を向けて矢のエネルギーを変化させ、黄色のバリアを張る。そして、虫はバリアに当たり、跡形もなく消滅した。


「よそ見したな?」


 斬撃波がマルコフの胴体をとらえ、傷口から炎が噴き出すマルコフ。


「マルコフ!」

「これで貴様も終わりだ!」


 すかさず光の矢で反撃するも紫色のバリアでガードされる。


 そして、マルコフに急接近するカタスト将軍。

「くたばりやがれぇぇぇ!」

「止めろぉッ!」


 オルガナは絶望感が滲む顔を浮かべるしかなかった。

——グシュァッ!

 マルコフ腹は鎌でえぐられる。そして、口から大量の血を吐く。

——ニタァ。

 マルコフの腹部から溢れ出る血を見ると満面の笑みを浮かべるカタスト将軍。

 そして、マルコフは槍から手を放し、地面に落下した。


「これで鍵の使いはこの世から居なくなった!」


 槍は空中で静止している。カタスト将軍は満足そうに主人が居なくなった槍を眺める。

——シャキッ。

 空中で静止していた槍はオルガナに矢尻を向ける。


 「何だ?」


——シャアァァン!

 槍は閃光と共に飛んでいく。

——パキン!

 槍はオルガナを拘束している輪っかを瞬く間に切断すると、オルガナの前に突き刺さる。怒りに満ちた表情でオルガナは槍を握った。


「まさか!」


 槍が黄色く発光し、光がオルガナを包み込む。すると、槍は神々しく光る鍵に変形する。

——ヴァギィィン!

 音を立てながら鍵は更に発光すると、徐々に剣へ変形していく。

 そして、蝶の羽の様な曲剣型になるとオルガナに光のオーラを送り込んだ。


ペタルナ光子フォトニオ


 まるで黄金のように神々しい光を纏ったオルガナが涙を流しながらカタスト将軍を睨みつける。


「ブッ殺す!」


 カタスト将軍は口を開けて只々オルガナを唖然と見つめていた。


「鍵の使いがもう一人だと!?」


 急いで傷口に向かって紫の魔法陣を出す。

——グチュグチュグチュ。

 魔法陣から身体部位が出現し、カタスト将軍の欠損部分へ結合していく。


「まあ良い。お前も消すまでだ!」


 新しい腕で鎌を握ると空気を切り裂いて、巨大な斬撃波をオルガナに向け放つ。

 しかし、斬撃波を右手だけで蝶の羽剣ステラシフォスを振り上げると、いとも簡単に真っ二つにしてしまう。


「ば、馬鹿な……」


 口を開けて動揺するカタスト将軍は再びオルガナに向かって連続で斬撃波を放つ。

 すると、足に光を溜めて地面を蹴り、跳びながら斬撃波を斬り進んだ。


「こいつ、先程までと明らかに動きが違う!」


 気付くと目の前にオルガナが居る。慌てて鎌を振ると、オルガナは羽剣で鎌を切断する。

 目の前で起きている状況が信じられずに怯むカタスト将軍の隙を突いて地面に蹴り落すオルガナ。


「うぅぅぅ……」


 カタスト将軍は震える体を何とか起こし、立膝を付くとオルガナに向かって魔法陣を出す。


「奴を殺せぇぇ!」


 魔法陣から飛び出した大量の虫たちがオルガナに襲いかかる。すると、オルガナは手足に光を集中させた。

——グワシッャアァァァ!

 虫たちは閃光のように加速したオルガナによって一瞬で切り刻まれる。

——シャンッ!

 オルガナは一瞬でカタスト将軍の目の前に移動した。


「く、来るなあぁぁ!」


 オルガナはカタスト将軍の腹に羽剣を突き刺すと、そのまま上に振り斬る。体は下半身の上から真っ二つに裂けて血が噴き出した。

——ブシャァァァ!

 オルガナは雨のように降り注ぐ返り血を浴びると、カタスト将軍の首を跳ねた。

 そして、カタスト将軍の体は灰になって朽ちる。オルガナは灰を確認すると倒れ込んだまま動かないマルコフの所へ急いで駆け寄った。

 マルコフに付いていた紫の炎が消える。


「マルコフ!」


 オルガナはマルコフを仰向けにすると抱きかかえる。


「すぐに村へ連れ帰るからな!」


 マルコフはオルガナに優しく微笑む。


「無駄だ。も、もう俺は助からない……」


 マルコフの傷を確認すると傷口は深く、急所をえぐっていた。オルガナの頬に涙が流れる。


「諦めるなよ! 助けてみせる! こんなところで……」


 マルコフの体は段々と冷たくなっていく。


「俺がアイツの人質にならなかったら……」


 震える手でオルガナの頬に触れる。


「泣くな。お前は立派になった。これで俺の意思を託せる……。聞いてくれ」

「なんだよ……」

「俺たちのやるべきことはパンドラを倒して世界を魔物の居ない元通りにすることだ」


 羽剣を見るマルコフ。


「この鍵が唯一パンドラを倒すことが出来る武器だ」


 オルガナは羽剣を見る。すると、マルコフはオルガナの額を触ると、手が白く発光する。


「!?」


 オルガナの脳内にマルコフの音声と共にビジョンが流れてきた。


『昔、人類は五つの文明に大きく分かれ、その中でも強大な精神世界を重んじる光文明フォースと科学による人類の進化を重んじる闇文明スコターが長年いがみ合い争っていた。

 そんなある時、光文明は光の力を増大させるため人工的に作られた光を生み出すことが出来る少女、闇文明は光を吸収してエネルギーを生み出す人工知能兵器を生み出した。

 少女は全ての希望という意味を込めて名前はパンと名付けられ、人工知能兵器には知恵の結晶という意味でドーラ―と名付けられた』


 オルガナは目を見開く。


『この世には[球の書]という文書が存在する。

 その中にはある言い伝えがあり、二つの文明は信じていた。

 それは[光を生み出す者と知恵の結晶が調和する時、人類は叡智を手にするだろう]というものだ。

 両文明はこれこそ天の教えだと信じ、これを取り合う光文明と闇文明の魔術戦争が起こった。戦いは闇文明が優勢になり、光文明は闇文明にパンを奪われてしまった。そして、闇文明はパンとドーラ―を融合させた。

 しかし、人類の力に対する底知れない欲を目にしたことによって穢れたパンがドーラ―に触れたことで激しい闇の光を放ち、出た闇の煙が辺りを覆いつくした。煙に触れた闇文明の民たちは化け物に変貌し、光文明は化け物に変貌した闇文明の民たちにより滅ぼされた。

 そして、融合して闇の化身に変貌したパンドラは生き残った兵たちを闇の煙で自らの僕にした。

これによって暗黒の時代が始まった』


 オルガナの瞳を見つめるマルコフ。

 震える手で胸ポケットから手帳を取り出し、オルガナに渡す。


「俺の名前はマルコフ=ルシナ=テール」

「えっ?」

「お前は俺の姪だ……」


 険しい表情を浮かべるオルガナ。


「何でそんな大事な話を今まで黙っていたんだよ……」

「すまなかった。出来れば愛するお前にこんな十字架背負わせたく無かった」

「謝んなよ……」

「俺はお前を普通の子として育てなかった……無理やり魔物と戦う運命に引きずりこんでしまった」


 マルコフは血を吐き出す。


「そんなの恨んじゃいないよ!」

「ありがとな……」


 笑みを浮かべるとマルコフの目から光が消える。


「おい、おい! 行かないでくれ!」


 泣き叫ぶオルガナ。そして、冷たくなったマルコフを力いっぱい抱きしめた。



 血まみれ姿でマルコフとイスルの亡骸を背負いながら、よたよたと歩くオルガナ。

 そして、ウルス村の正門前まで辿り着く。門の前には三人の案じて佇む村人たちの姿があった。


「オルガナさんだ! マルコフさんを担いでいるぞ!」


 声を張る門番の声を聞き、急いでアルケ村長は正門前に駆けつける。


「そんな……」


 アルケ村長たちはオルガナの背に担がれた血だらけのイスルとマルコフを見て悶絶する。


「お前ら手伝え!」


 アルケ村長は声を掛けて村の男たちを集める。



 中央広場で村人たちはマルコフとイスルの火葬を行い、その火は漆黒の夜空を明るく照らした。

 オルガナはその光景を目に焼き付けるようにじっと見つめる。


「すまねぇ……」


 オルガナは蝶の羽剣を握りしめながら崩れるように泣き叫んだ。




×  ×  ×




 すっかり夜は明けて村の見晴らしが良い丘の天辺にある墓に朝日が差す。オルガナはマルコフの墓の前で手帳を開く。


『パンドラが産み落とした十三の魔物を倒し、闇球の断片を集めるとパンドラが住む神殿への扉を開くことが出来る』


 オルガナは墓に向かって微笑むと語りかける。


「必ず成し遂げて戻ってくるよ」


 オルガナは凛とした表情で荷物を持ち上げる。


「行くのかい?」


 アルケ村長とその後ろに居る村人たちはオルガナを心配そうに見つめる。


「ああ。やらなきゃいけない事があるからな」


 村人たちは心配させまいと作る笑顔を見ると、とても止めることは出来なかった。


「そうか……ワシらに出来ることはこれくらいじゃ」


 村長たちはオルガナに食料と剣を入れる革製の鞘を渡す。


「ありがとう。みんな……」


 オルガナは皆んなに深くお辞儀をした。

 オルガナに村人たちは笑顔で語りかける。


「氣を付けるんだよ」

「死ぬんじゃねぇぞ!」

「また会いに戻ってきてね!」


 そして、アルケ村長はオルガナの手をぎゅっと握る。


「なんか困ったらいつでもここに戻ってきなさい!」


 オルガナは涙を堪えながら深く頷いた。


「それじゃあ、行ってくる!」


 決意を決めた表情を浮かべ、オルガナはパンドラを倒すための旅に出る。


 もう、これ以上誰かが悲痛に苦しまない世界を取り戻すために……。



第一章「蝶の誕生」 end

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?