目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
『蝶の誕生』10

 川の土手で寝転んでいるオルガナ。空は晴れ、川の近くで子供たちが楽しそうに土手を走り回るのを穏やかな視線で眺めている。

——ビュゥゥゥッ。

 風が吹き、右腕の古傷から来るズキズキとした痛みで顔が歪む。


「チッ」


 舌打ちをしながら自分の右腕を眺める。

 すると、右腕は甲冑の様な義手で銀色に輝いており、オルガナの顔が歪んで写っている。

 その時、オルガナの脳内には兄がパンドラに連れていかれるのに何もできなかった自身の幼少の姿がフラッシュバックしていた。

 また、嫌なもん思い出しちまった。

 オルガナは自身の腰に装備している直剣のグリップを左手で力強く握る。

 そして、再び義手に反射する自身の憂い顔を見つめる。


「いけねぇ」


 無理やり口角を上げて義手を太陽に向かって伸ばす。


 もっと強くなってやる! もう誰も失わないために。


 オルガナは心の中で強く誓う。 

——ザッザッザッ……。

 足音が聴こえ、音がする方を見ると茶色いフードローブ姿の男が土手に向かって来る。

 あまり客人が来ない村という事もあり、オルガナは立ち上がると興味深そうに男を見る。

 男はオルガナの前に立つと訪ねて来る。


「村長はどこだ?」

「あぁ。そこの村で一番大きい家に居ると思うぞ」


 オルガナは土手の下にある赤煉瓦で出来た大きな家を指さす。


「ありがとう……」


 男は家に向かって歩き出す。

 オルガナは男を注意深く見つめる。


「村長に何の用だ?」


 オルガナはそっとグリップに義手を掛けて尋ねる。


「帰ってきたことを報告しに行く」

「この村の出身か?」

「まぁな。アンタも此処の出身か?」


 男に向かって顔を横に振る。


「いや、俺は移住してきたんだ。此処で衛兵をやっている」


 オルガナの姿を下から上へ眺める男。そして、義手を見つめる。


「衛兵は一人か?」

「いや、他にもいる」


 オルガナは男への警戒心から人数は言わなかった。


「なるほど。アンタたちが居てくれたお陰で村が無事だったみたいだな」


 男は土手の下にある村人の活気にあふれた美しい村を見渡すと笑みを浮かべる。


「俺はイスルだ。村を守ってくれてありがとう」


 そう言うとオルガナに左手を差し出す。男の気遣いに気付いたオルガナも左手を出し、二人はぎゅっと握手をする。


「俺も付いてって良いか?」


 男の目を見ながら訪ねる。


「分かった」


 男が返事するとオルガナは手を放す。そして、オルガナは男の後ろに付くと二人は土手を降りて村長の家に向かった。



 家の前に辿り着くとドアを男はじっと見つめている。後ろでその姿を見ながらオルガナはいつでも直剣が抜けるように義手でグリップをしっかり握る。

——ドンドン!

 男がドアをノックすると、家の中から足音が聴こえ、音は近寄ってくる。


「はーい」


 ドアの向こう側から声が聴こえ、ゆっくり開くとアルケ村長が出て来る。笑顔で迎えるアルケ村長は男の顔を見るなり驚きを隠せない表情を浮かべた。


「イスルか……」


 イスルは涙目になり、笑みをこぼす。


「ただいま……」


 口をポカンと開き、涙を流し喜ぶアルケ村長。二人の反応を確認するとオルガナはグリップから手を放す。


「イスルが帰ってきたぞぉぉぉ!」


 アルケ村長が大声で叫ぶと、その声で村人たちがぞろぞろと集まって来る。


「イスルだって?」

「あいつはたしか、三年前に……」


 村人たちは唖然としながらイスルを見つめている。

アルケ村長はイスルの両肩を握りしめて微笑みかける。


「よく戻ってきてくれた! 今日は宴会だ!」

「村長、イスルは何者なんだ?」


 オルガナに満面の笑みを向けてアルケ村長は答える。


「コイツはワシの孫です! 怪物たちに連れ去らわれたので、てっきりもう……」


 アルケ村長は目に涙を浮かべる。

 オルガナは驚きを隠せなかった。今まで連れ去られた者が生きていたなんて聞いたこともなかったからだ。


 もしかして、兄貴も……。


 オルガナは希望に満ちた明るい表情になり、イスルへ駆け寄る。


「なあ! 連れ去らわれた後の話、詳しく聞かせてくれないか?」


 キラキラした眼をさせるオルガナに申し訳なさそうにイスルは答える。


「すみません。今は疲れていて……後にしてくれませんか?」


 イスルはアルケ村長と同じようにオルガナに向かって敬語で答える。

「分かった……」


 残念そうな表情を浮かべると嬉しそうな村長や村人の邪魔にならないように後ろへ下がる。

 村人たちは宴会の準備を始め、気付けば日が落ちていた。

 綺麗な服に着替えたイスルがテントに向かって歩いている。


「おう! よく休めたか?」


 イスルに向かってオルガナが大きく手を振ると微笑んで会釈を返す。オルガナはゼノの肩を組む。


「じゃあ飯食いながら話聞かせてくれ!」

「は、はい」


 困惑しながら答えるイスルを裏腹にオルガナは満面の笑みを浮かべる。



 村の中央広場では幾つもの大きなテントが設置され、中ではイスルが帰ってきたことを祝う宴会が始まっていた。

 その中で、一番大きなテントが張られた円卓に休養をとったイスルとオルガナが入ってくる。テントには既にマルコフとアルケ村長が立っている。


「よう!」


 二人に向かってオルガナは陽気に義手を挙げて手を振り挨拶をする。


「おい! 村長に向かってもう少し敬意を払え」


——ゴンッ!

 マルコフはオルガナに向かって拳骨をする。


「痛ってぇ……」


 オルガナは涙目になって頭をスリスリと撫で回す。


「お前がこの先、生き抜くためにも礼儀は必要な作法だ」


 オルガナは渋々アルケ村長を見ると挨拶をしなおす。


「こんばんは。村長さん」

「全然気にしなくて良いんですよ」


 村長はオルガナとマルコフに向かって微笑みかける。

 そして、イスルを中心に左隣にアルケ村長、右隣にマルコフとオルガナが座る。 円卓には次々に村の主婦たちが作った手料理が運ばれて来る。そして、オルガナの目の前に大きな鳥の丸焼きが置かれ、幼子の様な眼差しで目を光らせる。


「なあ! これ食って良いか!?」


 前のめりになり、よだれを垂らしながらアルケ村長を見つめる。


「おい! はしたないぞ!」


 マルコフがオルガナを叱りつける。


「だって、もう腹減っちまってよ……」


——ぐぅぅぅぅ。


 オルガナの腹が鳴り、マルコフが顔を赤くして恥ずかしそうに俯く。


「ハハハハハ!」


 オルガナを見ながらアルケ村長は豪快な大笑いをする。


「すみません……」


 マルコフがアルケ村長に向かって謝る。


「良いんですよ!腹が減るのは健康の証拠です」


 満面の笑みを浮かべるオルガナ。


「よっしゃ! いただきます!」


 手を合わせて、食材に対しての感謝を言うと、オルガナは丸焼きにかぶりつく。すると、幸せそうな表情を浮かべ、夢中で食べた。


「おいおい……お前の宴会じゃないんだから少しは遠慮しろよ」


 オルガナは口満帆に鶏肉を詰め込むと、まるでハムスターのように頬が膨れている。


「〇*+?¥#$!」

「口の物が無くなってから喋ろよ!」


 オルガナを見て微笑むイスルにアルケ村長は笑顔を向ける。


「本当によく生きていたな!」

「ああ。三年前、怪物たちに連れ去られた時はどうなることかと思ったよ」


 マルコフは嬉しそうに話すイスルを眺めている。


「他の連れ去らわれた村の人たちは?」


 マルコフの一言でイスルは悲しそうに俯いた。


「ほとんどが死んでしまいました。生き残りは居ても、化け物になってしまった。ここまで逃げて来られたのは俺だけです……」

「そうか……すまない」


 申し訳なさそうにマルコフが謝るとイスルは首を横に振った。


「いえ、あの方・・・が居なかったら、きっと俺も怪物になっていたでしょう……こうやってみんなに再会出来て本当に良かった」


 オルガナは口に入った鶏肉を一気に飲み込み、嬉しそうに俯いたイスルの方を見る。


「あの方?」


 イスルはオルガナの顔を見ながら笑みを浮かべた。


「はい! ゼノ・・という方が討伐軍を率いて囚われていた私たちを解放してくださったのです!」


 目を見開き、唖然とするオルガナとマルコフ。


「あの方が居なかったら、私は再び村のみんなとこうして食事することは二度と出来なかったでしょう。本当に感謝してもしきれません」


——バンッ。

 机に手をついて立ち上がるとイスルにオルガナは迫る。


「そいつの名前はゼノ=ルシナ=テールだったか!?」

「は、はい。そのような名前だった筈です!」


 義手の拳を強く握りしめると歯を食いしばりながら笑みを浮かべる。


「ゼノが生きてる……」


 嬉しさのあまり、興奮を抑えきれないオルガナのことをマルコフはじっと見つめる。


「ゼノは今どこにいる!」

「確か……ここから数キロ離れたアトロスク荒野の奥地にある基地に居ます。ですが、明日の朝には移動すると言っていました」

「じゃあ早く合流しないと……」

「オルガナさんとゼノさんはお知り合いなんですか?」


 冷静さを取り戻すためにオルガナは深く深呼吸した。


「俺の兄貴なんだ。七年前にパンドラが連れ去った……」


 オルガナの言葉に目を見開いて驚きを隠せないイスル。


「何たる偶然! まさか命の恩人の妹さんが俺の故郷に居るなんて!」


 マルコフは驚いた様子で俯く。それは、七年の時が経って居ると考えるとゼノが無事であるとは到底考えられなかったからだ。


 まさか、あの子が生きていたなんて……。でも、もしそうだとしたら!


 マルコフは立ち上がるとイスルに近寄り、額に向かって手を伸ばす。


「すまないが確認させてもらう」


 額に触れると黄色く手のひらが黄色く発光する。


「え、なんだ!」


 手のひらの光が消えると心配そうにマルコフを見つめるイスル。


 魔術の形跡は無いか……。


 マルコフはイスルの顔を注意深く見る。


「すまない。考え過ぎだったみたいだ」


 険しい表情のマルコフをオルガナが見つめる。


「今からゼノの所に向かおう!」


 オルガナはソワソワして居ても立っても居られない様子だ。


「ああ。彼が仲間に加わってくれたら大きな戦力になる」


 マルコフの一言でオルガナの表情が曇る。


「五年前のこと忘れた訳じゃねぇよな?」

「忘れる訳がない……」


 オルガナから気まずそうに顔を反らすと、マルコフを睨みつける。


「飯さっさと食って出発するぞ」

「ああ……」

「二人とも少し待たれ!」


 二人はアルケ村長を見る。


「アトロスク荒野までの道は複雑ですじゃ。この土地にゆかりのある者でないと、とてもたどり着けませぬぞ。しかも、あそこには怪物たちがうじゃうじゃ居る……」


 すると、アルケ村長をじっとイスルが見つめると俯いた。


「俺が案内します」


驚愕きょうがくした表情でイスルを一同が一斉に見つめる。


「いや危険だ。君を連れて行くわけにはいかない」


 心配そうにマルコフが語り掛けるとイスルは首を横に振った。


「この命はゼノさんに救われました。なので、少しでも恩返しがしたいです!」


 オルガナたちにアルケ村長は頭を下げる。


「どうぞ、こいつを使ってやってください」


 アルケ村長を見つめるオルガナとマルコフ。


「分かりました。イスル君よろしく頼むよ」

「はい! 任せてください!」


 イスルは嬉しそうに笑みをこぼす。


「よろしくな!」


 オルガナはイスルの肩を叩くと微笑みかけた。


「よろしくお願いします!」


 イスルもオルガナに爽やかな笑顔を返した。



To Be Continued…

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?